102.転売屋は砂糖を売る
『ホワイトアスカールの結晶。サッカロンの近くに住むホワイトアスカールからのみ採取できる希少な結晶。サッカロンの蜜を体内で凝縮する過程で体外に結晶化したと考えられている。甘みは強いが雑味はなく毒もない。現在様々な観点から調査研究が進んでいる。別名蟻砂糖。』
エリザが摂ってきた結晶を手に取ると新しい鑑定結果が表示されるようになった。
そもそも鑑定スキルとはどういう仕組みなんだろうな。
まるでクラウド上に辞典があってそこから結果を引き出しているような感じだけど・・・。
まぁその辞典は無事更新されたみたいだし、世界の理を調べる気もない。
便利ならそれで良いじゃないか。
「これでおしまいっと、あ~疲れた。」
「ご苦労様でした。」
「ギルドはなんて言って来てる?」
「今のところ好きな値段で買い取っても構わないみたいだけど、この流れから察するに定額買取品になるだろうだって。」
「まぁそうだよなぁ。」
あの後必要数を集めた俺達はホワイトアスカールの結晶についてギルドに報告した。
実物を提出し採集方法を提示、それをギルドが確認して情報が世に出る事になった。
出るまでに色々と大変な事があったようだが、その辺は俺達の知る所ではない。
結果だけいえば、砂糖よりも甘くそして使いやすい。
マスターもイライザさんも驚いていたし、十分実用で使えるとのお墨付きも貰った。
そして情報が出た翌日から、この間の宝石宜しく冒険者がダンジョンに殺到。
巣が空になるまで狩り続けられたそうだ。
「何もないこの街で急に砂糖が取れるようになったんだもん、混乱しないほうがおかしいわよ。」
「ですが今回のように乱獲すれば居なくなっちゃいますよ?」
「その辺は心配ないわ。ダンジョンは魔物を産むのが仕事だから狩りつくしてもまたすぐ復活するから。」
それが凄いよな。
そもそもダンジョンがどういう原理で動いているのかは知らないが、同じような場所に同じような魔物が生まれるんだろ?
それこそゲームみたいに。
ときどき変なのも混じるみたいだが、それで飯を食っている冒険者からしたらありがたいことこの上ない。
宝箱だって何時の間にかひょっこり現れるらしいし。
一体何なんだろうな。
「ですが・・・。」
「今のところ結晶化するまでにどれだけ時間がかかるかは分かっていない。今回狩りつくされた事によってギルドが介入して生態調査に乗り出すことは確実だろう。そうなれば結晶は当分世に出なくなる。一時は供給された品が枯渇したらどうなると思う?」
「需要と供給のバランスが崩れ一気に値上がり。特に話題に聡い貴族はこぞって買い求める事でしょう。」
「それを分かって私にしこたま集めさせたんだから。当分蟻は見たくないわね。」
「その分の報酬は払っただろ。一体につき銀貨5枚もな。」
「でもそこから取れるのはもっとでしょ?」
今日までの金額は一キロ銀貨3枚。
一体からおおよそ5キロ取れるのでそこそこの儲けになる。
最初はちょっとしか取れないと思ってたが、ところがどっこい巣の中には全身真っ白の蟻が山ほどいたって訳だ。
さすがホワイトって名前がつくだけあるわ。
最初に名づけた人はコレを見て名前をつけたんだな。
それ以降なんで白いのかって疑問に思った人は山ほどいたんだろうけど、今回のように推測から答えまで導き出せた冒険者は居なかったようだ。
しかし、砂糖の代わりになるとはいえ高いなぁ。
普通の砂糖がキロ銀貨1枚だから三倍だぜ?
何処の和牛だよって話だが、それも昨日までの話だ。
枯渇して手に入らなくなった明日以降は今の二倍、いや三倍の値段が付く事だろう。
エリザが今回狩ってきたのはざっと百匹分。
しめて500kg分になる。
一人だと大変だからダンとバカ兄貴を呼び出して店まで何度も往復させた。
あの量の魔物を無傷で倒しきるとかエリザだからこそ出来た荒業だな。
最後の方は自棄になって巣をぶっ叩いて誘き出したらしい。
体長1mの蟻が大量に巣から出てくるとかホラー以外の何ものでもない。
「砂糖の確保は出来たわけだが・・・バターの方はどうだ?」
「今最後の工程です。ホエーと分離させて成形すれば完成です。無塩のほうが良いと聞きましたので塩は入れません。」
「これでなんとか菓子作りに間に合いそうだな。」
「あと三日ですから明日から頑張れば何とか。」
「この二日は店を閉める、頑張って作ってくれ」
二日も休むのは初めてだがたまにはいいだろう。
なんせ例の砂糖を使ったお菓子と銘打って販売するんだ、客が殺到するぞ。
それこそお金を持ったお貴族様とかな。
ちなみに普通の砂糖をマスターとイライザさんから交換してもらったので、お安いお菓子も作る予定だ。
そうじゃないとお子様達が買えないからね!
今回はただの蚤の市、住民が楽しめないとやる意味がない。
「シロウはどうするのよ。」
「俺は俺でやることがあるんだよ。」
「販売先探しですね?」
「探さなくても向こうから来るだろうが、恩は売っておきたいからな。」
「そうやってまたお金を集めるのよね。」
「当たり前だろ、それが俺だ。」
金は集めて何ぼだからな。
オークションで散財してしまった分をここでしっかりと回収させてもらおう。
あと六ヶ月で金貨200枚。
仕込みもまだあるし大丈夫だとは思うが、金はあればあるだけ良いからな。
稼いで稼いで稼ぎまくるのが俺の楽しみだ。
蚤の市まで休業する張り紙を出してから大通りへと繰り出す。
明後日には蚤の市が始まる。
周りの店もその準備に追われているようで、所々うちと同じように店を閉めている様だった。
ちなみに裏通りも参加するのでルティエ達も通常業務とは別の作業に追われている。
ご苦労な事だ。
そんないつもと違う街の雰囲気を感じながら向かったのはギルド協会だ。
目的の相手はもちろん、羊男である。
「お待ちしておりました、シロウさん。」
「今日は玄関先まで出迎えかよ。」
「それはもう、大切な商談相手をお待たせするなとのアナスタシア様からのお達しですので。」
「うげ、あの人も来てるのか?今日呼んだのってレイブさんだけだよな。」
「どこで嗅ぎつけられたのかは存じませんが、随分と楽しみにしておられますよ。」
「困ったなぁ、どんだけの量要求されるんだ?」
「さぁ・・・。」
こりゃ想定外だ。
恩を売るために売りに来たはずがその逆になってしまう。
あの人には涙貝の恩があるからなぁ、あまり強気に出れないんだ。
言われるがままいつもと違う場所を通り大きな部屋に案内された。
「やっときましたわね。」
「お待ちしておりましたシロウ様。」
「お待たせしてすみません。」
どうして謝らないといけないのかは謎だが、つい謝ってしまうのは何故だろうか。
こっちの方が立場は上・・・。
いや、なんでもないです。
「では皆さんお時間もありますので早速始めましょうか。」
「忌々しい魔物がまさかあんなに素晴らしい物を持っているとは思いませんでしたわ。」
「しかも長年その生態について検証されていなかったとは。もしかするとこのような魔物がもっといるかもしれませんね。」
「魔物の素材については今でも研究が続けられていますが、ギルド協会としても引き続き冒険者ギルドと連携を取って対応していきます。ではシロウさん、後お願いしますね。」
羊男が俺に話題を振ってくる。
まぁその為に来たんだしこのメンバーなら挨拶は不要だ。
「今回融通できるのは150㎏。ある程度はまだ在庫しているが値上がり必至の品をここで一気にばらまきたくない商人の気持ちも察してくれ。だが、ここにいる面々にはいろいろと縁もあるので今回優先的に卸させて貰う事になった。で、どうする?」
「ここは公平に50kgずつじゃダメかな。」
「それじゃ足りないわ、せめて半分は融通してもらわないと。色々と問い合わせが多いのよ。」
「それはさすがに多すぎでしょう。ギルド協会としても関係各所に融通する分がありますから半分は欲しい所です。」
「そうなると私の分が無くなってしまいますね、それは困りました。」
三者三様。
それぞれの思惑が絡み合っているようだ。
本来であればレイブさんと羊男だけなので公平に分けて終わるはずだったんだが・・・。
まったく困った人だよ。
「レイブさんは何に使うんです?」
「奴隷業なんてしているとね、ここ以外の場所で色々な縁が出来るんです。ホワイトアスカールの結晶は今の所この街だけの特産ですからねぇ、話題になっているんですよ。」
「よそにばらまく前に街で消費するべきだと私は思うわ。」
「そうはいってもレイブさんがこの街に落としてくださるお金はかなりの量ですから。そういったところにも必要という考えはわかります。」
「じゃあギルド協会が減らしたらいいじゃない。」
「そういうわけにはいかないんですよねぇ。」
「私だってそうよ。この街にいながらその富を享受できないとなれば他の貴族から反感を買うわ。分け隔てなく分配するためにもこれだけの量が必要なの。」
つまり誰も引くつもりはない。
俺としては売れるのはありがたいが・・・。
喧嘩のタネを持ってきたわけじゃないしここは俺が譲歩するべきだろう。
商売とは時にこういう駆け引きも重要だ。
「ではこうしましょう。追加で30キロ出しますから一人60㎏で手を打つというのは?」
「その分値下げしてくれるのよね?」
「いえ、それはできません。聞けば三人共それぞれの思惑があるようですが、振り分ける量を考えれば十分に足りると私は判断します。ここは私の顔を立ててそれで納得していただけませんか。」
「うーん、まとまった量を持っているのはシロウさんだけですし、減らされないために妥協も必要という事ですね。」
「私が儲かれば街も儲かる、そうでしたねアナスタシア様。」
「・・・そうね。私達から稼ぐよりも他所から稼ぐ方が貢献度は高いわ。」
よしよし、頭の回転がいい三人だからこそ話が早い。
「レイブさんが外で出稼ぎ、私は中で稼ぐ。その金は巡り巡ってこの街の税として納められる。誰も損をせず、この富を享受できる。悪い話ではないはずだ。」
「シロウ様のおかげでこれだけの量が手に入るわけですしね。わかりましたそれで手を打ちましょう。単価はいくらですか?」
「キロ銀貨10枚・・・と言いたい所ですがキロ銀貨7枚でいいですよ。」
「金貨4.2枚、経費としては高いですが何とかしましょう。」
「それぐらいならあの人に言わなくても何とかなるわ。足りなくなったら優先的に回してよね。」
「今後冒険者ギルドから供給される可能性もありますから、様子を見てご連絡させて頂きます。」
前の巣は冒険者が壊してしまったが今後自然発生する可能性は十分にある。
次回以降は冒険者ギルドが供給をコントロールしてくれるだろう。
この特需もそれまでの話だ。
「では交渉成立という事で。」
「代金は商品と引き換えで結構です、後で馬車を回してください。」
三人が大きく頷くのを確認してから俺は立ち上がった。
これにて商談終了だ。
代金はしめて金貨12.6枚。
その金を明後日の蚤の市に全部ぶち込むというわけだ。
そしてそれが新たな富を生む。
笑いが止まりませんなぁ!
ホクホク顔で部屋を出てから小さくガッツポーズを一つ。
砂糖で金を稼ぐとかいつの時代だよって話だが、実際稼げているのでいいじゃないか。
まさかお菓子作りがこんな富を生むとは思っていなかったが、それはそれ。
さぁ明後日は蚤の市だ。
しこたま仕入れさせてもらおうじゃないか。




