101.転売屋は代用品を探す
向かったのはいつもの図書館。
勿論頼るのは子供司書アレン君だ。
まぁ本人にこんなこと言おうものなら手伝ってくれないどころか口も利いてくれないだろうけど。
「砂糖になる魔物の素材ですか。」
「あぁ、バターは生乳があれば何とかなるが砂糖はなぁ・・・。」
「ちょっと待ってくださいね、思い出して見ます。」
某少年探偵、いや『どうでしょ~』が口癖の刑事のような仕草で考え事を始めた。
このままどれだけ待てば良いんだ?と思い出した頃、ハッと顔を上げる少年刑事もとい司書。
「あります!」
「本当か!」
「かなり古い記述なので本当かどうかは定かではありませんが、砂糖と同じ成分を持った魔物がいるようです。」
「どの本だ?」
「えっと、確かこの辺に・・・。」
いつもは積みあがった本の塔から探すのだが、今日は別の場所のようだ。
図書館の奥の奥、誇りまみれの木箱の中にお目当ての本は眠っていた。
古ぼけた赤い表紙の本。
所々装丁が傷んでいるが読めない事は無さそうだ。
「随分と古い本だな。」
「100年以上前に書かれた本ですから。」
「そんなに古いのか。」
「この街が出来る前ですからねぇ、情報がかなり古いので本当かどうかは分かりませんよ。」
「だが可能性はあるんだろ?」
「この中に魔物の背中に付着していた白い粉が甘かったと書かれています。それとは別に植物系の魔物を煮たら甘い汁が出たというのもありますね。」
うーむ。
砂糖を一から作るのはかなり大変だった気がする。
何回も圧力をかけたり冷やしたり遠心分離機にかけたりとしたはずだ。
そんな手間は掛けたくない。
というか、かける時間は無い。
ならば魔物の背中にあった結晶から当ってみると良いだろう。
いざとなったらイライザさんやマスターから料理用の砂糖を分けてもらうさ。
「借りても良いか?」
「それはもう古くて処分を考えていた本ですから、差し上げます。」
「いいのか?」
「そのかわりもし成功したらお菓子を持って来てください。甘いものには目がなくて。」
「美味いかどうかはわからないぞ。」
何せ作るのは俺じゃない。
お菓子作りは分量が大切って言うからな、俺みたいな適当料理人には向いていないのさ。
とりあえず貰った本を持って店に戻る。
中では三人がまだあーだこーだと話し合っていた。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「蚤の市が近くてバターも砂糖も売り切れだそうだ。」
「えぇ、バターと砂糖がないお菓子なんてお菓子じゃないわよ。」
「生乳は手配できたからバターは何とかなるだろ。冷却用の魔装置あったよな?」
「製薬用のものでよければ。」
「なら明日一晩寝かせれば出来るだろう。作り方のメモもアレンから貰ってる、コレを読んで作ってみてくれ。」
スマホがあれば一発だが、残念ながらそんな便利なものは無い。
なので作り方をちゃんと調べておいた。
さすが俺、かゆい所にも手が届くってね。
「でも砂糖はどうするのよ。」
「そこでお前の出番だよ。」
「私の?」
「ほら、コレ読んでみろ。」
「古い本ねぇ・・・。」
ブツブツ良いながらも読む辺り性格良いよな。
最初は不満たっぷりの顔をしていたが見る見るうちに表情が明るくなってきた。
「なにこれ!」
「よく知らんがこういう魔物が居るらしい、知ってるか?」
「シュクールバックなんて聞いた事ないわよ。」
「マジか?」
「うん。背中が白い魔物は何匹か居るけど、そんな名前じゃないもの。」
ぐぬぬ、エリザなら知ってると思ったが・・・。
当てが外れたか。
「冒険者ギルドに行けばわかるか?」
「行っても同じだと思うよ。」
「だよなぁ。」
「シュクールバック、そう仰いましたか?」
残念な空気に包まれたその時、神妙な面持ちでミラが声を発した。
「あぁ、そういう魔物らしい。」
「ホワイトアスカールのことでは無いでしょうか。」
「アスカールってあの?」
「確かアレン様に教えていただいた魔物図鑑にそのような名前が描いてあったかと、ちょっと待ってください。」
パタパタと小走りで店の裏に移動し、複写した図鑑を持って来る。
パラパラとめくったページをみんなで覗き込むと、確かにホワイトアスカールという魔物の横に小さくシュクールバックと書いてあった。
あれだな、ミラって絵も上手いんだな。
図鑑に描かれているのと同じクオリティじゃないか。
さすがだな。
「蟻だな。」
「蟻ね。」
「ホワイトって事は白いのか?」
「そんな事ないわよ。どっちかっていうと黒っぽいかも。」
「にもかかわらず名前がホワイトなのか?」
「そんな事私にいわれても知らないわよ。」
「だよなぁ。」
「先程の本から察するに白い粉・・・恐らく砂糖と思われる物が付着している事からそういう名前になったのでは無いでしょうか。そうでないとそんな名前が付くとは思えません。」
まぁそうだよなぁ。
理由もなしにそんな名前が付くとは思えない。
「どんな魔物なんだ?」
「草原に蟻塚をつくって群れているわ。そういえば他の魔物を襲っているところを見たことないわね。」
「普段戦うのか?」
「たまに興味本位で蟻塚を壊す冒険者も居るけど、後が大変だからあんまり手を出さないかも。素材らしい素材もないし。」
「まさに未知の魔物って感じだな。」
「なにか砂糖の原料になるものを食べているんでしょうか。」
ん、原料になるもの?
それってもしかして・・・。
「ミラ、さっきの本に煮詰めると甘い汁が出る植物系の魔物について書いてあったな。」
「はい、御座います。」
「甘い汁の出る植物・・・。それってサッカロン?」
「なんだそいつは。」
「見た目は竹っぽいんだけどね、群生してて近づいたら一斉に細い枝で襲ってくるの。体液が甘いから砂糖竹って呼んでるわ。」
「そいつだ!」
恐らくそいつを食べるかなんかして糖分を回収。
それが結晶化したものが体外に出てくるんじゃないだろうか。
蜜を集める蟻が居ると記憶している。
可能性は高い。
「まさかそいつから砂糖を集めるの?」
「冒険者ならそっちの方法で集めるほうが面白いだろ?」
「でも蟻よ?」
「お前ジャイアントビーの幼虫食べるだろ?」
「うん、甘くて美味しいもん。」
「蜂がいけて蟻が駄目な理由があるのか?」
「そ、それは・・・」
「しかも食べるのは本体じゃなくて体外の砂糖だ。いいじゃないか、魔物由来の原料を使ったお菓子、良い宣伝になるぞ。」
自分で言っといてなんだがそれは食べたくないな。
よし、前言撤回だ。
他所には黙っておこう。
「ではサッカロンが群生する場所の近くに巣をもつアスカールを狙うのですね。」
「あぁ、巣を壊す必要はない。出てきた奴を確認して身体が白くなってるやつだけをしとめろ。」
「えー、めんどくさい。」
「たかが蟻だろ?」
「シロウは現物見てないからそんなこと言えるのよ。体長が1m越えてるのよ?それが群がってくる恐怖わかる?」
「う、それはちょっと・・・。」
「コレもお菓子作りのためですエリザ様お願いします。」
「そう・・・よね。私頑張るわ。」
ムンと気合を入れるエリザ。
果たして体長1m越えの蟻から見事砂糖を回収することは出来るのだろうか。
「他の冒険者に依頼を出しますか?」
「砂糖ってそれなりの値段で取引されていたか?」
「甘さにもよりますが、上質な物はそれなりの値段で取引されています。」
「まずは様子見だな。エリザの持ち帰った物を見て、売るに値するならば募集しても良いだろう。もしかすると砂糖の代用品になるかもしれん。」
「もしそうだとしたら大発見ですよ。」
大発見かもしれないが、それと需要はまた別問題だ。
蟻だからなぁ・・・。
「じゃあ行ってくるわね。」
「宜しくお願いします。」
「無理するなよ。」
「コレも砂糖のためだもん。頑張ったら褒めてくれるのよね?」
「あぁ、褒めてやるさ。」
それで満足するなら安いものだ。
その後夜遅くにエリザは店に戻ってきた。
とても満足そうな顔で。
「すっごい甘いの!」
「本当ですね、雑味もなく普通の砂糖よりも後味が良いです。」
「これが蟻の背中に?信じられません。」
「私だって信じられないわよ。いくつか巣を回ってみたけど、本当にサッカロンの近くに巣を作ってるやつだけ背中が白かったわ。」
どうやら俺達の仮定は正しかったようだ。
全部が全部サッカロンの近くに巣を作るわけじゃないので、今まで確認される事がなかったのだろう。
加えて蟻の背中だ。
好んで味見をする奴がいなかった。
だから今の今まで甘いって情報が伝わらなかったんだな。
だが、100年前にあの本を書いた人はそれを試したと。
凄い精神力だ。
「これなら料理にも使えると思います。凄い発見ですよ!」
「この純度でしたら製薬にも使えるかもしれません。あの薬を甘くすることが出来れば飲む時の苦痛からも解放されますね。」
「よし、まずは必要数の確保だ。それから少しずつ市場に流して需要を確認するぞ。まずはマスターとイライザさんだな。」
「という事はまた行かないとダメ?」
「いや、今日は休め。風呂沸いてるから入って来い。」
「よかった~。」
「だが明日は必要数確保するまで戻ってくるなよ。」
「えぇぇぇぇ!」
新しい商売が出来るかもしれない。
それにしても魔物から取れる砂糖か・・・。
ま、魔物を家畜化している世界だし全然ありだよな!




