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34、改装された聖堂

 戻ってみると、聖堂は一気に様変わりしていた。

 以前は殺風景な石造りのがらんどうとした空間だったのに、石床には上等な絨毯が敷かれ、高価そうなカーテンで仕切られたいくつもの部屋ができている。


「これ……全部メルトがやったのか?」


 いまだ目覚めない女神クリスをお姫様抱っこしながら、俺は呆然と呟いた。


「ふふん、そうよ。驚いたでしょ」


 得意気なドヤ顔をしながらメルトが駆け寄ってくる。


「あっちに私達の部屋を作ったから、とりあえずクリスを寝かせてきなさいよ」


 メルトに案内されるまま、女神達の寝室へと向かう。

 さすがに全員一緒の部屋ではないらしく、四つの部屋が並んでいた。アルティナ、メルト、今助け出したクリス、そして最後の一室はカレンと呼ばれる女神の物だろう。


 さすがに内装はまだ簡素な物で、ベッドしかない。それでもないよりは大分マシだ。柔らかなベッドの上に、クリスの体を預けた。

 これで後は目覚めるまで待てばいいだろう。


 すると、アルティナがやってくる。


「クリスの様子は私が見ています。リック様も変化した聖堂の様子が気になるでしょうし、メルトに紹介してもらったらいかがでしょうか?」

「しょーがないわね~。しかたないわ、案内してあげる。ほら来なさい」


 アルティナに言われるまでもなく、最初から模様替えした聖堂内を自慢するつもりだったのだろう。メルトはしかたないとばかりに肩を竦めながらも、どこか楽しげに跳ねるような足運びだった。


 俺としても変化した聖堂はかなり気になるところだったので、おとなしく付いていく。


「まずここ! お風呂場よ!」


 最初に案内されたのは、聖堂の片隅に用意された風呂場だった。


 女神だけあって、マナさえあればある程度の物が作り出せるのか、浴槽にシャワーまで付いている。軽く汗を流すのはもちろん、肩まで湯につかり疲れを癒すことも可能だ。


「しかも入浴剤まで作ったわよ! 良い匂いでリラックスできるほか、あんた用の特殊な入浴剤も作ってあげたわ」

「俺用の? 女神用と人間用で入浴剤に違いがあるのか? ……匂いとか?」


 首を傾げると、メルトが指を立ててチッチと振った。


「バカね~。そういうことじゃないわよ。一時的に経験値の取得率をあげたり、マナがいつもより手に入ったり、敵に与えるダメージが増えたり、逆に敵から受けるダメージが減ったりとか、迷宮攻略に役立つ入浴剤の事よ」

「えっ、そんな便利な物があるのか?」

「マナさえあればそんなご都合的な物だって作れるわよ。あたしは女神よ? 当然じゃない」


 いや女神だからってそんなの作れるか、普通。

 しかしメルトは魔を司る女神。入浴する事で効果を発揮する謎の入浴剤なんて、まさに魔性の存在だ。そんな変な物を作りだせるのはある意味で納得といえる。


 風呂に入って体と気分をさっぱりするだけじゃなく、迷宮攻略に役立つ効果もあるなんて、かなり嬉しい。後で早速入ろう。


「さっ、次行くわよ次っ」


 メルトが次に俺を連れてきたのは、聖堂内のやや中心にある食事場だった。

 大きいテーブルの上には白のテーブルクロスがかけられていて清潔感がある。


 しかし食事場というが、食べ物なんてどこにもない……当然調理場も無かった。


「なあ、どこで料理して何を食べるつもりなんだ?」

「は? いや、ごはんもマナで作りだせるわよ、あたし達」

「え? マジで?」

「当たり前でしょ、女神なんだもの」


 女神ってそこまで万能な存在だったのか……。


 まさかマナさえあれば日常品から食事まで用意できるなんて……この様子だと衣服も作り出せるだろうし、一家に一人女神がいれば衣食住全て完備じゃないか。


「なんか食べたかったらあたしやアルティナに言いなさいよ。何でも作ってあげるわ」

「何でも? 例えば……分厚いステーキとかは?」

「ああ、よゆーよゆー」

「……なら、酒とかも?」

「ん? あんたお酒とか飲めるんだ?」

「俺の村では15歳から酒が飲めるからな」


 ちなみに俺は17だ。


「お酒ならクリスが勝手に作るでしょ。あいつ酒豪だし」

「そうなのか? そんな風には見えなかったけど……」


 意識を失っている状態のクリスしか見てないので、あまり想像がつかない。なにせ寝ているクリスは灼熱を想起させる赤い髪と巨乳が相まって、落ちついた大人のお姉さんに見えるのだ。


「とにかく、マナを稼いでくるのはあんただし、迷宮を探索するのもあんたよ。多少の贅沢ぐらいさせてあげるわ。おいしいごはんを食べればやる気も上がるってものでしょ?」


 俺はこくんと頷いた。地下に居る間は常に気を抜けないのだから、ここでは食事や料理を楽しんで張りつめた神経をほぐしたい。


 ……もしかしてメルトはわりと俺の事を考えてくれてるのだろうか?

 結構憎まれ口を叩くし、調子に乗りやすいメルトだが、その影には女神らしい慈愛の精神が隠れているのだ。


 これまで見た目と言動のせいで年下の小娘のように思えていたメルトの姿が、急に神々しく見える。

 聖堂を改装してくれてありがとうメルト。いや、メルト様!


 心の中でメルトに尊敬の念を抱いていると、ガクっと右足の力が抜ける。


「うわっ」

「ちょっ、どうしたのよ」


 思わず片足をついて崩れ落ちた所に、メルトが駆け寄る。そのまま彼女は俺の右側に潜りこんで、肩を貸してくれた。


「気をつけなさいよ。回復薬で体力が回復したからといって、蓄積した疲労までは取れないわよ。回復薬を飲み続けて数日起きていたら、ある時ふっと意識を失ってそのまま数日寝こける、なんてこともあるのよ」

「そうだったのか……」


 さっきまで確かに元気だったのに、急に襲ってきた疲労感。メルトの言うことは事実のようだ。


「ここは次元のねじれの中に存在するから、時間間隔も変になっちゃってるのよ。もしかしたら現実の時間間隔だともう数日は経ってるかもしれないわよ」

「だとしたら俺はもう数日寝てないのか……」


 思えば、この迷宮に迷い込んで初めての死を迎え、聖堂で目覚めてアルティナ、メルト、クリスを助けた間、一度も睡眠を取ってない。

 そろそろ限界が訪れるのは当然だった。


「クリスもまだ目覚めないし、あんたもここで一度寝ておきなさいよ」

「そうだな……ところで俺の部屋ってどこなんだ?」


 さっき案内された女神達の部屋は四つ。つまりそこには俺の部屋は無かった。

 メルトのことだ。女神と近い場所で寝るなんて不敬よ、とか言って別の場所に俺の部屋を作ったのだろう。


 肩を貸してくれてるメルトの方を見ると、彼女は大きく口を開けて驚愕の表情をしていた。え、なにその表情。

 やがて、メルトは俯く。どこか困ったように、震えた声で言った。


「……あんたの部屋、作り忘れちゃった……」

「……おい」


 待ってくれ。そんなことってある? 俺もう完全に寝る気だったんだけど?


「お前マジか? マジで言ってるのか? 嘘だろ……さっき心の中でメルト様って崇めてた自分が恥ずかしいよ……」

「し、しかたないじゃない、うっかり忘れちゃってたんだから! あとあんた! あたしを崇めてたことの何が恥ずかしいってわけ? 常にあたしを崇め、敬い、心の中にあたしの存在を焼き付けておきなさいよ!」

「さっきまではそれでも良かったんだけどな……メルトへの尊敬ゲージがうなぎ上りだったよ。もう地に落ちたけど……」

「落とすなー! 敬えー!」


 なんて、メルトと言い合うのもしんどい。もう床でいいから早く寝たい。


「もういいメルト……ここでいいから一度寝かせてくれ……」


 段々疲労感が増していき、ついには力なくそう言った。

 さすがのメルトも俺が哀れだったのか、慈愛に満ちた声を出す。


「しかたないわね……今回はあたしのベッドを貸してあげるから、ゆっくり寝なさいよ」


 ……あれ、メルトが優しい。地に落ちていたメルトへの尊敬ゲージがまた上がっていく。


 もしかして俺はちょろいのだろうか……。メルトに翻弄されつつも、彼女のベッドに向かうのだった。

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