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32、エルダーリッチ二形態

『あーやばい。本気にさせちゃったわね。マジでやばい魔法が飛んでくるから気をつけなさいよ』

『リック様、あの状態のエルダーリッチは機動性がかなりはね上がってますよ』


 骨の大蛇形態になったエルダーリッチを目の当たりにした俺に、アルティナとメルトの助言が届く。

 しかし……いくらなんでも大きすぎないか? さっきのトレントもかなり大きかったけど、こっちも負けず劣らずだ。


 しかもぐねぐねとうねる蛇状になった骨の下半身。長く伸びる尾のような骨がとぐろを巻いている。


 そして上半身には醜悪な見た目の下半身とは違い、絶世の美女が生えていた。その両手には銀色に光る不思議な杖。

 それを掲げて、エルダーリッチが叫ぶ。


「【アルゲントゥム】」


 杖先から銀色の光が放たれると同時、エルダーリッチの周囲に銀色に輝く小さな光がいくつも生まれた。

 杖を振り、エルダーリッチが発声する。


「【メイヘム】!」


 すると周囲に浮かんでいた銀の光が一条の流星と化して俺へと向かってきた。


「うおぉおっ!」


 あまりにも早い。剣で切り払うことなどできず、咄嗟に目を隠すことしかできなかった。

 おかげで四発ほど喰らってしまった。防御結界のおかげでダメージはそれほどではないが……。


 なんだ? 体が熱い。熱いのに冷や汗までかいてきた。


『エルダーリッチは特殊な魔法、その名も水銀魔法を扱うわ! 喰らえば強毒に犯されるわよ!』


 メルトはエルダーリッチの不可思議な攻撃に知識があるようで、そう教えてくれる。

 しかしできればもう少し早く教えて欲しかった。いや、教えてもらっても反応できなかっただろうけども。


 どうやら奴が生み出した銀色の光は、水銀だったらしい。水銀を球状にして硬質化したのを俺に向けて放ったのだ。

 ダメージはそれほどでもないが、喰らえば強毒に犯される。じわじわ俺の体力を削って倒すつもりなのだ。


「くそっ……」


 そしてその戦法に物の見事にハマってしまった。あんな早い攻撃が見切れるわけない。こっちはただの村人だぞ。


『技を司るカレンさえいれば、攻撃を見切るスキルが手に入りますが……』


 初耳の女神の名前がアルティナの口から出た。どうやら知識を司るクリスと技を司るカレン。それが残る女神のようだ。


 エルダーリッチに封印されている女神は、いったい誰なのだろう……いや、今はそんな事を気にしてる場合ではない。

 強毒を受けた以上、長期戦は不利だ。こうなったら攻めて攻めて攻め続けるしかない。


「うおおおっ!」


 俺は剣を構え、一目散にエルダーリッチへ接近した。狙うは渦を巻く下半身だ。

 しかし剣を振り下ろした時には、下半身は機敏にうねり攻撃を回避していた。


 何て速さだ。これでは近接攻撃は当たりそうにない。

 そして俺の攻撃後の隙を狙って、またエルダーリッチが魔法を発動する。


「【アルゲントゥム】【メイヘム】!」


 どうやらアルゲントゥムの発声で水銀を産み出し、メイヘムの発声で打ちだすようだ。それが分かれば、少しだけ心の猶予が出きる。


 メイヘムと言った瞬間に動けばどうにか全段直撃だけは避けられる。それでも二発三発は当たってしまうのだが。

 そしてじわじわ毒が付与されて体力が失われる。このままだとまずいな……。


 とにかく、近づいても攻撃を当てられないのなら、遠距離攻撃を仕掛けるしかない。

 俺は剣を鞘に戻し、マナを使ってさっき魔の森で手に入れたロングボウを作り出す。

 そしてマナで作りだした矢を引き絞り、二発三発と撃った。


 だが奴は骨の体。矢のような刺突系の攻撃は当たりにくい。結果三発全て外れてしまった。


「ふふふふっ……」


 含み笑いをするエルダーリッチ。その声を聞いて、俺ははっとした。


 遠距離攻撃ができるんだから、何も当たりにくい下半身を狙う必要はない。

 狙うは美女の姿の上半身。


 俺は弓を引き絞り、エルダーリッチの顔を狙って矢を放つ。


「ぐぅっ!?」


 油断していたのだろう。エルダーリッチの頭部に矢が突き刺さる。

 どうやら人の姿を保つ上半身は弱点だったらしく、エルダーリッチはもがきながら崩れ落ちた。


 今がチャンスだ。俺はすぐさま剣を引き抜き、近づいて攻撃を仕掛ける。

 電撃放つ剣の一撃がエルダーリッチにヒット。奴は悲鳴を上げてのたうち回った。


 しかし巨体でのたうち回られては堪らない。うねる下半身が俺に直撃し、吹き飛ばされる。


「がはっ……」


 正直水銀による攻撃より効いた。やばい……毒の効果もあり頭がくらくらする。

 エルダーリッチは形態変化したことで機動性や攻撃力を増している。しかし、耐久力はそこまででもないようだ。たった二回の攻撃で驚くほど弱っている。


 おそらく後一撃。後一撃入れれば勝てる。

 だがそれは俺も同じかもしれない。毒のせいで体力が見る間に失われ、目がかすんできた。死ぬのは時間の問題だろうか。


『リック様……!』

『ちょっ……あ、あんた、マジで死んじゃうんじゃない!? やばかったら帰還の魔法で逃げなさいよ!』

『そうです。生き返られるからといって、死ぬまで無茶をする必要はありません。どうか生きて帰ってきてください』


 アルティナとメルトは、この激闘を眺めて本気で俺の心配をしてくれている。もう少しがんばればエルダーリッチを倒せて、封印される女神を復活できる。だというのに、死んでも生き返られるはずの俺の命を第一に考えてくれている。


 その二人の慈悲の心が、俺に活力を与えてくれる。

 もちろん、こんな所で死ぬつもりは無い。死んでも生き返られるとはいえ、死ぬ前提で行動する勇気など俺にはないのだ。


 死ぬのは怖い。だから絶対に死にたくない。

 そして今二人のおかげで湧き上がってきた俺の勇気は、死なずに勝利する為のものだ。


 俺が立ち上がるのと同時に、エルダーリッチも体勢を整えていた。

 お互い次が最後の攻撃になる。それでどちらかが死ぬ。そんな予感があった。


 エルダーリッチは切り札を出したようだ。杖をかかげて叫ぶ。


「【アルゲントゥム】!」


 エルダーリッチの頭上に生み出された水銀。それが槍の形状となった。


 それを見届ける前に俺は走りだしていた。慣れない弓で攻撃するよりも、近づいて上半身へ直に一撃を与える方が勝算が高い。そう判断しての事だった。


「【プルヴィア】!」


 浮かび上がる槍状水銀の真下へと入り込むと、エルダーリッチはそう発声する。同時に、俺に向かって水銀槍の雨が降り注いだ。


 とんでもない攻撃だ。これを最初に出されていたら俺は負けていただろう。

 だが、こっちにも切り札がある。俺も魔法の発声を行った。


「【ファイアオーラ】! 【オイル】! 【ファイアーボルト】!」


 それは自分を火だるまにする、メルト命名森林火災ビルドだ。

 この状況で自分を燃やして、何になるのか。もちろんこれには意味がある。


 水銀は液体金属。そう、常温では液体になる金属なのだ。

 それを魔法によって固形化しているが、そこに熱を与えたらどうなる?


 蒸発するほどの温度にはならなくても、元の液体か、それに近い柔らかさに戻るのではないか?

 そう当たりを付けて俺は自分を火だるまにしたのだ。


 そしてその勘が当たっていたらしい。飛んでくる水銀の槍、その切っ先が柔らかくなっていた。俺の体に当たっても先端が突き刺さる程度でそこから奥には入ってこない。熱で柔らかくなった水銀槍は衝突の速度でひしゃげてしまっていたのだ。


 エルダーリッチの攻撃は俺に致命傷を与えず。対して俺は、エルダーリッチの懐へと潜りこんでいた。

 燃える体で骨の胴体を駆けあがり、奴の頭上を取って剣を叩きつけた。


「ぐギっ……!」


 深々と頭部を断ち切り、そこで全身の力が抜けて地面へと落下した。衝突の衝撃で目がくらむ。

 もう動けない。今の一撃で決まっててくれ。


 そう願う俺に、エルダーリッチはその黒々と燃える瞳を向けて。


「今宵は我の負けか……だが、いずれ復活する暁には……」


 意味深に呟いて、エルダーリッチの体は黒い霧と化して消えていった。


 本当に、ギリギリのところで。

 俺は勝てたようだ。

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