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31、エルダーリッチ

 紫色の鉱物で作られる不気味な部屋に足を踏み入れると、部屋の中心にある台座で座り込んでいたエルダーリッチが顔を上げる。

 エルダーリッチは黒いローブを纏った絶世の美女だった。しかし、その姿に騙されてはいけない。奴は魔王の腹心の部下の一人だというのだから。


 ぞっとするほど暗い虚ろな瞳をこちらへと向けたエルダーリッチ。クロウラーの時と同じだ。意思無き瞳がじっと俺を見据えている。

 そう思っていたら、見間違いだろうか、エルダーリッチの瞳にふっと色が灯る。朽ち果てた石灰のように灰色だった瞳が、黒々と燃え上がった。


「おお……我が森を燃やしたのは貴様か、小僧。不遜なるその態度、後悔してももはや遅いぞ……」


 するりと立ち上がったエルダーリッチが、大事そうに抱いていた杖の先を俺へと向けた。


 ……あれ? なんだろう、少しクロウラーの時と様子が違う。あいつは記憶の産物らしく、意思なく俺を攻撃していた。

 でもこのエルダーリッチは……今のセリフといい、状況を理解しているように思えるんだが?


「ほぉれ、耳を澄ませよ。貴様が燃やした森のざわめきが、恨みが聞こえてこようぞ……」


 エルダーリッチが構える杖先から赤い魔力が放出される。それはゆっくりと地面へと沈み込んでいった。

 だが、それだけで何も起こりはしない。警戒してメイスを構えていた俺は少し拍子抜けする。


 魔法を扱うらしいから、何か強力な魔法が放たれると思っていたのだが……。

 こうなったらこっちから攻撃を仕掛けよう。敵は見るからに近接戦闘は苦手そうだ。なら距離を詰めて戦うのが一番。


 そう判断してすぐに走り寄ろうと一歩踏み出して、何かにぐっと足を抑えつけられているのに気付く。


「な、なんだ?」


 慌てて足元を見てみると……俺の足首に木の枝らしきものが絡みついていた。


 どういうことだ? こんな土などない鉱物の遺跡からどうして木の枝が伸びている? そもそもどこから伸びてきているんだ?


 足に絡みつく木の枝が伸びてる方を見ると、鉱物の床下へと続いていた。


「げっ」


 あろうことか、硬い鉱物の床はひび割れていて、その先から木の枝が伸びていたのだ。


「出でよ、エンシェント・トレント」


 突如、足場であった鉱物の床が大きくひび割れて砕け散った。

 その下に広がる地面が隆起し、土埃が立ち込める。土の煙幕の中現れたのは、俺の身の丈なんてはるかに超す大木の化け物だった。


 おいおい……なんだよこれ。エルダーリッチだけじゃなくてこんな化け物まで現れるなんて聞いてない。


 すぐさま鑑定スキルを発動。奴の名前はエンシェント・トレント。トレントとは歩く樹の魔物を指し、エンシェントとはその中でも上級の強さを持つ者に着く接頭語だ。

 ……もしかしてだけど、魔の森の敵はゾンビだけじゃなくてトレントもいたのではないだろうか。俺全部燃やしちゃったから知らないうちに全滅してたんだ。多分。


 その勘は当たっているのか、エンシェント・トレントはかなり怒り狂っていた。俺の足を捕まえる枝を大きく動かし、俺を空中に持ち上げて地面へ叩きつける。


「ぐあっ!」


 その衝撃は凄まじい。思わず胃の中の物を吐きだしそうになったくらいだ。防御結界があるとはいえ、そう何度も喰らう事はできない攻撃だ。

 しかし俺の足はトレントの枝に絡みつかれている。これでは逃げようがない。


 こ、こうなったら禁じられた『あれ』を使うしかない。

 このままだと死んでしまうので、あの魔法コンボを発動する。


「【ファイアオーラ】! 【オイル】! 【ファイアーボルト】!」


 そう……ゾンビ火葬ビルドあらため、森林火災ビルドの発動だ。


 あっという間に俺の全身が燃え出し、視界が真っ赤に染まる。その火はあっという間に俺の足に絡みつく枝から燃え移り、エンシェント・トレントの体を包み込んだ。


「ギッ、ギギギっ!」


 悲壮な悲鳴がトレントから聞こえた。やはり樹のモンスターだけあって火には弱いらしい。


 ごめん……お前の同族はこんな感じで全員燃やしてしまった。意図はしてなかったんだ。うっかり燃やしてしまって……だからお前も同じ逝き方で成仏してくれ。

 火だるまになりながら俺はトレントの為に祈っておいた。


『自分で燃やしといて祈るな祈るな。それに相手もあんたを殺そうとしてたんだから、恨む筋合いはないわよ』


 メルトの慈悲無き言葉は正しい。倒さなければ逆にこっちが死んでいた。


 トレントはあっという間に燃え尽きて、俺の足が解放された。燃え上がる俺の体も徐々に鎮火し、視界はクリアになる。

 今のうちだ。俺はすぐに起き上がり、メイスを担いでエルダーリッチに向かって一直線に駆けた。


「うぬ……」


 トレントを失ったエルダーリッチは、また杖の先端を俺に向けた。そこから銀色の光が放たれ、銀に輝く玉が一条の光となって俺へと疾走する。


「やべっ」


 何かとんでもない危機感を抱いた俺は、横っ飛びでそれを回避。そのせいでエルダーリッチとの距離は詰めきれなかった。

 しかし、悪あがきとばかりにメイスを投擲する。なにせ重いメイスだ。疾走する勢いに乗せて投げつければ、とんでもない重量感で空中をかけていく。


「ッ!?」


 エルダーリッチはそれに反応できなかったのか、気づいていても防御するすべがなかったのか。空中を回転して向かってくるメイスが無惨にも胴体にぶつかり、後方へ大きく吹き飛んだ。


「よし……!」


 今のは大ダメージだったはずだ。武器を投擲したことで素手になった俺だが、手に入れたレア剣ボルトリッグが腰にさがっている。

 それを引き抜いて、エルダーリッチへ再度距離を詰める。


 付加効果で攻撃時に電撃を放つこの剣は、常に剣身に雷の如き迸りを纏っていた。

 それを、よろよろと立ち上がったエルダーリッチの肩口へと叩きつけた。


 同時にバリっと電撃が走り、エルダーリッチの総身を衝撃と痺れで舐めつくす。

 手ごたえは十分。エルダーリッチはそのまま膝から崩れ落ちた。


 なんだ、意外と弱いな……。そう思って、ほっと息をつく。

 だが……俺は勘違いをしていた。魔王の腹心の部下が、こんな簡単に倒せるはずがないのだ。


「おのれ……後悔せよ」


 突然、エルダーリッチの黒いローブが弾けた。

 そして露わになるエルダーリッチの体。


 それは……肉が腐り落ち白い骨が覗く異様な体だった。

 驚くことに、腐った肉も骨も人の形をしていない。ローブに収まる様に肉と骨が小さく折り畳まれていた異形の姿だ。


 それが今解放される。腐った肉が付着した骨が伸び、エルダーリッチが真の姿を取り戻す。

 現れたのは、まさに魔王の腹心とも呼べる凶悪な姿。


 上半身は美しい女性の姿で杖を持ち、しかし下半身は蛇のようにうねりながら伸びる長い骨。

 さながらそれは骨の大蛇。大きさは全長にして俺の四~五倍はくだらないだろう。


 どうやら、エルダーリッチとの戦いはこれからが本番のようだ。

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