19、骸骨騎士クロウラー

　魔王の腹心の部下。その情報を聞いて、俺の頭が一瞬真っ白になる。

　それは、対面の相手が恐ろしいほどの威圧感を備えていたことにも起因しているだろう。

　確かにこの騎士の甲冑を纏った大柄の骸骨は、これまで相手してきたスケルトンとはまるで別物だ。

　アルティナがクロウラーと呼んだ骸骨騎士は、巨大なメイスを軽々と片手で構え、俺との距離を詰めに来た。

　その動きは遅い。一歩一歩、しっかり地を踏みしめて確実に近づいてくる。

「う……」

　俺はというと、その圧力に気圧され、じわじわ後ずさりするばかりだった。

　あのメイスで殴られたら……今の防御結界ではきっと防ぎきれない。確実に死を迎えるだろう。

　よぎる死の予感が俺を委縮させる。

　後ずさりするあまり、背が壁についた。もう後ろには逃げられない。

　そう思った瞬間、クロウラーはメイスを天に構え、跳躍した。俺目がけてジャンプし、メイスを叩きつけに来たのだ。

　咄嗟に左に転がる。轟音が聞こえてきたのはその直後だった。さっき俺が居た地面が、メイスの叩きつけによってひび割れていた。

　クロウラーがゆっくりメイスを持ち上げ、俺の方へと振り向く。緑の炎が灯った虚ろな目が俺を捉えた。

「……ッ！」

　逃げなければ殺される。そう思うが、転がって体勢を崩したまま動けなかった。足が震え、立ち上がれない。

　その間にクロウラーは俺に近づいてきて、巨大なメイスを振り上げた。

　動けっ！　どこでもいい動けっ！

　必死で自分を叱咤し、地面を転がる。足が震えて立てないのだから、こうするしかなかった。

　クロウラーは振り上げたメイスを叩きつけ、そのまま俺を追って攻撃を仕掛けてきた。

　叩きつけから再度肩にメイスを担ぎ、振り下ろす。俺はそれもギリギリ回避。続いてクロウラーはメイスを横薙ぎに振るうが、それも何とか避けられた。

「はぁ、はぁ……」

　再度距離が離れ、俺は情けない足を強く叩いて今度こそ立ち上がった。

　奇跡的にも俺はまだ生きている。あんな無様を晒しながら、まだ無傷だ。

　いや、これは奇跡じゃない。クロウラーの攻撃は確かに恐ろしく暴圧的な威力だが、いかんせん攻撃速度が遅い。

　あれほどの巨大なメイスを振り上げて叩きつけるのは、かなりの予備動作が必要となる。その動きが緩慢なのだ。

　もちろん、叩きつける時の速度は速い。メイスの自重が働いているのだから当然だ。

　だがその前。攻撃にうつるまでの行動が遅い。

　落ちつけ、大丈夫だ。焦らなければきっと避けられる。まずは攻撃を避けつつ反撃の隙を狙おう。

　クロウラーはメイスを肩に担ぎ、ぐっと地面に沈み込んだ。

　この動きはさっき見た。とすると次の攻撃は……。

　俺はいち早く反応し、背後に跳躍して間合いを取る。

　それと同時にクロウラーも跳んだ。あれほど巨大で重いメイスを軽々と担ぎながらの大跳躍。そしてそのまま俺目がけて叩きつけてくる。

　しかし一歩早く距離を取っていた為、俺の目の前にメイスが叩きつけられる。

　よし、反撃……！

　と思った瞬間、クロウラーはすぐにメイスを構え直し、薙ぎ払いを放った。

「うっ、おっ……！」

　攻撃を仕掛けようとしていた俺は一瞬回避が遅れた。しかたなく剣を盾代わりにしてメイスを受ける。

　ひどく鈍い音が響き、俺の体がふっとばされる。

　直撃は避けられたが、メイスの一撃を完璧に受け止めることはさすがに不可能だった。威力のあまり吹き飛ばされ、背中から壁に激突する。

「ぐはっ……！」

　目がくらむ。息ができない。だが、まだ生きている。

　霞む視界で、クロウラーの体がまた沈み込んでいるのが分かった。

　またジャンプして攻撃してくる。落ち着け、左に動け。それで避けられる。

　浅い呼吸を繰り返しながら体に酸素を送り、筋肉を動かす。

　一歩、二歩、よろめくように左へと動いた。クロウラーはそれを見逃さず俺目がけて跳びあがる。今度は強く地面を足で叩き、右へ横っ飛び。それでクロウラーのジャンプ攻撃は無事回避できた。

　問題はここからだ。落ち着け。攻撃を仕掛けるのはまだ早い。

　クロウラーはまた俺目がけて薙ぎ払いを仕掛けてきた。今度こそそれを背後に跳躍して回避。

　するとクロウラーはメイスを肩に構え、また俺に向かってゆっくり近づいてくる。

　思わず後ろに逃げたくなるが、ここは我慢だ。

　これまでのこいつの攻撃で分かった。俺の予想が確かなら、こいつは……。

　クロウラーは、メイスの射程距離まで俺に近づくと、今度は叩きつけを放った。

　それを回避。続いてもう一度叩きつけがくる。これも回避。そして薙ぎ払い。当然回避。

　そして今度は大きく距離を取り、あえて間合いを離す。

　さあ来い。俺の予想通りなら、この距離でこいつがする行動は二通り。

　メイスを構えて近づいてくるか、あるいは……。

　クロウラーの体が沈み込む。跳躍の予備動作だ。

　やはり、こいつは……。

　俺は落ち着きながら右へローリング。クロウラーのジャンプからのメイス叩きつけを避ける。

　そして今度は薙ぎ払いをせずに、メイスを構えて叩きつけてきた。そこから続くのは連続攻撃のはず。

　叩きつけ、叩きつけ、薙ぎ払い。その三連続攻撃をしのぎ、俺はまた間合いを取った。

　これで分かった。こいつには……意思がない。

　戦闘に入る前喋っていたが、あれは独り言のようだった。とても俺に対して向けていた言葉のようには聞こえなかった。

　そしてここは魔王が生み出した呪いの迷宮。アルティナが何度か言っていた。ここには魔王や他のモンスターの記憶が残留している可能性があると。

　つまり、この魔王の腹心の部下というクロウラーもまた、記憶の産物。そもそも本物のクロウラーは何百年も前に魔王と共に倒されている。

　こいつはしょせん記憶の存在。だから意思がない。戦闘の中で学習をしない。

　本来同じ敵に何度も同じ攻撃を仕掛けることはありえない。どれだけ強力な攻撃でも、何度も見せれば必ず対策されるからだ。

　だが記憶から生まれたこの迷宮のモンスターはそんなことを考えもしない。決められたように己の手札を使い続けるだけだ。新たな手札を生み出したりはしないのだ。

　つまり、行動パターンが決まっている。

　このクロウラーで言えば、遠距離ではジャンプ攻撃。そしてそこから薙ぎ払いか叩きつけから始まる連続攻撃、のようにだ。

　敵の行動は決まっている。なら……なら、落ちつけば勝てる！

　俺はもうクロウラーの攻撃パターンをほぼ見たはずだ。ここからは確実に攻撃を当てられる隙に仕掛ければいい。

　勝機はある。それが分かっただけで、勇気が湧いてきた。

　よし……ここからは反撃の時間だ。