14、パラダイムの間
地下一階でスケルトンを倒すことどれくらい経っただろう。
気が付けば俺のレベルは3になっていた。
でも聖堂に戻るとレベルが1に戻るんだよな。稼いだマナは消えないとはいえ、ちょっともったいない。
アルティナの準備とやらはいつになったら終わるのか。
そんなことを考えていたら、当のアルティナから通信が入った。
『リック様、準備が終わりましたので聖堂にご帰還ください』
「わかった」
俺にとって、もう地下一階は庭みたいなものだ。あの赤いドアの部屋に行くのは簡単だった。
またスケルトン三体が待ち構えているんだろうな、と思いながらドアを開けると、そこには何もいなかった。代わりに上への階段と地下へ下りる階段がある。
「……この部屋にいた奴らって特別なモンスターだったのかな」
いわゆる、地下への階段を守る守護者的な。
とにかく、いないのなら楽でいい。俺はそのまま地上への階段を登った。
聖堂に戻ると、手に入れていた武器や道具が消えてしまう。しかしそれはどうやら、俺のマナへと変換されているらしい。
作成の能力のおかげで、一度でも入手した武器や道具は作り出せるから問題はあまりない。ただ強い武器や道具は、対応したスキルがないと作り出せないらしいが……今のところはそんなもの入手してないので大丈夫だ。
むしろ問題は消費コストだろう。普通のロングソードはともかく、偶然手に入れた炎のロングソードの方は作る時のマナの消費量が多い。ロングソードが1未満なら、10は必要になる。
この分だと最上級という話のレジェンダリー武器は作成にどれくらいかかるのだろうか。まあいつ手に入るか分からないから、まだ気にしてもしかたないか。
それよりも、アルティナの元へと行こう。
聖堂の中心。何も無い巨大な台座の前にアルティナは居た。
「結局準備ってなんだったんだ?」
背を向けているアルティナに話しかけると、彼女は振り向いて台座の上を指さした。
「あれです。あの紫色のポータルをご覧ください」
巨大な台座の上には、人間大の紫色のもやがあった。
ポータル? つまり、あれはどこかへ繋がる出入り口なのか?
「あのポータルは、パラダイムの間と呼ばれる私の精神世界へと繋がっているのです」
「精神世界?」
よく分からないが、そんな所と繋がってるポータルを作りだしてどうするつもりなのだろうか。
「それが絆を深める方法と関係あるのか?」
「はい。女神との絆を深めるには、心と心をより密接に繋げなければいけません。以前リック様と……その、キスをしたのは、肉体的な繋がりを介して心を繋げるために必要でした」
キスした時のことを思い出すと恥ずかしいのか、アルティナは毎回唇を指先で押さえる。
「しかし、ここから先は心と心で繋がらなくては更なる絆が深まりません。いわゆる絆のレベルという表現の方が分かりやすいでしょうか。絆のレベルを上げるには、心の交流が必要なのです。絆のレベルが上がれば、授けられるスキルも強力なものとなります。ぜひ私の精神世界へ行き、私との絆を深めてきてください」
「なるほど……それはわかった。で、精神世界で俺は具体的に何をすればいいんだ?」
「……わかりません」
「え? アルティナも分からないのか?」
「はい。精神世界はむき出しの心の空間。その中には私の深層心理が具現化しています。その深層心理に存在する私と絆を深めないといけないのですが、その世界にいる私は、あくまで心の奥底に秘められた私なのです。それは確かに私なのですが、ある意味でここにいる私とは別人です。どのような要求をしてくるのか、私自身でも皆目見当がつきません」
困ったように俯くアルティナを見て、俺はようやく理解する。
精神世界とは、つまり自分の心の中。むき出しの自分の心を見せるのは、とても恥ずかしいことなのだ。
そしてそのむき出しの心と触れあうことで、俺達の絆は深まる。それが女神と人間の関係なんだ。
心の中だからこそ、アルティナ自身でも制御が効かない。いったい何が起きるか分からない。
もしかしたら危険なことが起きる可能性もある。でも、臆するわけにはいかない。
精神世界。パラダイムの間。自分の心の中に他者を招き入れるなんて恥ずかしい行為を、アルティナは受け入れてくれたのだ。
だから俺も覚悟を決めよう。
意を決して紫色のポータルに近づいた時、後ろからアルティナが小さく言った。
「あの……もしかしたら心の中の私は恥ずかしいことをしてしまうかもしれませんが……その時はどうかお許しください」
そんなことを言われたものだから、危機感よりもドキドキしながらポータルの中に入ることになった。




