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魔王の娘と旅をした。 3話

「魔族の教えに頭を垂れた村人たちよ、大人しく主の裁きを受けなさい」


 デリゴリと名乗る司祭の宣告を合図に、背教者狩りの部隊は一斉に行動を開始した。


 騎士が素早く軍馬を走らせて村人を突き殺し――

 神官が神聖魔法による衝撃波で村人の胸を打った――


 村側にも戦闘経験のある者はいたが、しょせん畑の作物を狙う小鬼ゴブリンを追い返したことがある程度。人殺しに慣れている背教者狩りの前には成す術なく、次々と命を落としていく。


「逃げろ! 逃げろ!」


 喉を裂かんばかりに避難を呼びかけるが、背教者狩りは村の広場の出入り口を巧妙に封鎖していた。

 逃げようとした村人たちは結局どこへも行けず、立ち尽くしてしまった。


「畜生! 手慣れてやがる……! 皆戻れっ! 戻って固まれ!」


 俺は矢継ぎ早に指示を飛ばした。


「立てネモフィラ! 立って皆を守れ! おまえは村唯一の魔法使いだろうが!」


 地べたに座り込んで放心しているネモフィラの周りに、子供たちが続々と集まっていく。

 

「ガルム! てめえは剣を取って指揮をしろ! 村長代理で! 村一番の戦士だってとこ見せてみろ!」


 情けなくも棒立ちになっていたガルムの背中を殴りつけて気合いを入れた。


「お、おまえはどうするんだ?」

「決まってんだろ! 全員殺すんだよ!」 


 村人たちを混乱から回復させたのが気に食わなかったのだろう、俺のところへ背教者狩りたちが群がって来た。


「黙れ小僧!」

「おまえこそうるせえんだよおっさん!」


 長剣を手に突撃して来た騎士の首を、すれ違い様に斬り落とした。


「『主よ、我らが敵を討つ聖なる力を……』」

「言わせるかよ!」


 騎士の手から奪い取った長剣をぶん投げると、くるくると回転した刃が神聖魔法を唱えていた神官の顔面に突き刺さった。


「……くそっ! あと何人いるんだ!?」


 二人倒したが、村人の悲鳴や断末魔の声はまない。

 このまま一人で全員を倒すことが出来たとしても、その間に村人の大半はられてしまうだろう。


「手が足りねえ! 誰か……誰かいないか!」


 叫びながら周囲を見渡すと――馬蹄の音、剣戟の音、火の弾ける音、家の崩れる音、誰かの泣き声。無数の音がわんわんと共鳴する中で――それが聞こえた。


「…………わらわの、せいかの?」


 ポツリこぼれるような、ノインのつぶやきが。


「……は?」

「じゃって、そうじゃろうが」


 この状況で一番役に立ちそうなノインが、胸を抑えて苦しそうにしている。

 顔をしかめ、血が出るほどに唇を噛み、今にも倒れてしまいそうだ。


「魔族の教えに頭を垂れたと、連中は言っていた。ということはおそらく、どこかで妾がこの村に滞在していることがバレたのじゃろう。つまり、妾さえいなければ村は平和だったという理屈じゃ。のう、何が人間と魔族の間を取り持つじゃ、これではただの死神ではないか」

「違う、そうじゃねえ」


 動揺のあまりだろう、ノインの変化の術が解けかけている。

 頭部に生えた角や、尻から伸びた尻尾が薄っすらと見えかけている。


「結果的には宰相の……アザゼルの言う通りじゃったな。ひとりで気張ったところで何も出来はしない。歴史と人数に押し流される。妾の行動はまったく逆効果で……」

「ああもう! そうじゃねえっつってんだろうが!」


 ぐだぐだつぶやくノインの角を両手で掴むと、手前にぐいと引っ張った。

 同時に頭を前に突き出し、額と額を打ち付けた。


 ゴチン、重く硬い音がした。

 昔からこれだけは負けたことのねえ頭突きだが……。


「っ痛あぁぁぁぁぁ……っ!」


 死ぬほど痛かった。 

 目の前から火花が出て、目尻から涙がこぼれた。


「な……何をしておるんじゃそなたは?」

「うるっ……せえよ!」


 まったく痛みを感じていないのだろう、キョトンとするノインに向けて、俺は叫んだ。

 額を抑えながらも、噛みつくように。


「魔族如きがふざけたこと抜かしてんなよ! 最悪の頂点たる魔王の娘が、人間らしさとか見せてんなよ! もっとビッとしてろ! 腕組みして薄ら笑いでも浮かべてろ!」

「ん……う、ううん?」

「とにかく! よく見ろ!」


 再びノインの角を掴むと、グリンと捻った。

 背教者狩りによって壊滅に向かいつつある村の惨状を見せつけた。


「どいつもこいつも、特定の誰かを狙っているようには見えねえだろうが! 手近の村人を手当たり次第だ! 本気で魔族がいると思ってるならこんなことするもんか! いいか!? こいつらの目的は難癖をつけて村を襲うこと! それだけなんだよ!」

「じゃ、じゃがそんなことをしていったい何になると……」


 ノインはハッとしたように口をつぐんだ。


 見れば、騎士や神官の一部が家々に押し入り略奪を行っている。

 それだけではない。デリゴリの背後の馬車には檻が載せられていて、太い格子には無数の手錠が結び付けられている。


 これは紛れもなく、略奪を目的とした襲撃だ。

 金品が無ければ代わりにめぼしい子女を拉致して人買いに売ってやろうという魂胆が透けて見えた。

 

「背教者がいるかどうかはどうでもいいんだ! 魔族がいようがいまいが、どうでもいいんだ! これは最初から計画された略奪で! だからノイン! ああそうさ、腹立たしいことに――おまえはまったく、悪くない!」

「勇者殿……」

「ああもう、拾われた子犬みたいな目してんじゃねえ! と・も・か・く!」


 俺はノインの肩を抱いた。

 どうしてこんな奴を励ましているのか――

 どうしてこんな奴が傷ついているという事実がムカつくのか――

 さっぱりわからないそれらの事どもを腹の底に沈め込みつつ、とにかく叫んだ。


「おまえは魔族なんだろうが! その上で最もおっかねえ魔王の娘なんだろうが! だったらその証拠を見せてみろ! 魔族被害を騙る舐め腐った連中を頭から喰い殺すぐらいの根性見せやがれ!」


 らしくもなく落ち込んだその顔を覗き込みながら、俺は叫んだ。

 強く、まっすぐ――その結果は、ただちに現れた。


「勇者殿……っ」


 ノインは急速に顔に精気をみなぎらせると、俺の肩を掴んだ。

 俺のそれに倍する力で、ガッシリと。


「いやさ、旦那様(・ ・ ・)……っ」


 目元を染め、わずかに声を震わせたかと思うと、俺の頬に押し付けるように口づけた。

 ギュウと押し付けると、すぐに離れた。


「え……っ?」


 驚く暇もない。

 パッと離れると、いつものノインに戻っていた。

 不敵な笑みを浮かべると、斧槍をスチャリと構えた。


「大好きじゃっ! 愛してるっ! ありがとうっ! これでもう! 妾に恐れるものは何も無い――!」


 意味不明な言葉を叫びながら、ノインは背教者狩りたちに突進していく。


「『一つ(ナム)』」


 ご自慢の斧槍をひと振りすると、騎士の首がひとつ舞った。


「『二つ(ウル)』」


 ふた振り目。神官の胴が真っ二つ、神聖魔法の残滓ごと、むなしく宙に散った。


「『三つ(ドライ)』、『四つ(パクト)』、『五つ(タングト)』」


 魔族に伝わる古代言語だっただろうか。

 ノインが数を数えるたびに、背教者狩りたちが切断されていく。


「『十六(アハトマ)』、『十七(テプトマ)』、『十八(ソプトマ)』」


 十八人、あっという間に斬り捨てた。


 それでもノインは止まらない。

 超重量の斧槍を軽々と操りながら、宙に血と臓物の斬線を描き続ける。

 逃げ惑う背教者狩りを、逆に追う側に回っている。


「……とんでもねえな」

 

 その圧倒的な暴力を、俺はぽかんと眺めてた。

 鉈を手にしたまま、人形のように立ち尽くしていた。 


 俺と夫婦の契約を交わしにきたのだという恐るべき花嫁(自称)の力は圧倒的で、ほとんど生きる竜巻のようだった。

 人間種族が束になっても叶わない、まさに天災そのものだった。

 竜巻の刃はやがて、デリゴリと名乗る司祭の首に届き――


「ひいいいっ!? いったいなんなんですかあなたは!? こんな田舎にこんな化け物がいるなんて聞いてないですよ!?」


 部下を全て失ったデリゴリは、ノインの戦闘力の前に戦意を喪失。

 ひざまずき、権杖メイスを投げ捨て命乞いを始めた。


「ええと……そうだ! ぶっちゃけ間違いでした! 本当に悪いのは隣の村でした! 言うならば私たちも被害者で! 斥候の不手際なので! そいつが全部悪くて? だからその……この場は見逃してもらえると……ダメ……ですかね?」


 涙と鼻水で顔をぐしょぐしょに濡らしたデリゴリの最期のお願いを、しかしノインは聞く耳持たず、にっこり笑顔で一蹴した。


「『三十(ドライゼント)』」


 数え終えると同時、デリゴリの体を頭から股下まで斬り裂いた。




 □ □ □




 背教者狩り一行を全滅させたはいいが、村の被害は甚大だった。

 働き手である大人の半数が死亡。家々も焼け、復旧作業にどれほどの年月がかかるか想像もつかない。

 最悪、廃村すらあり得ると思われていたのだが……。


「よし、ひとつ妾が手伝ってやろう」


 ノインが作業に加わることで、すべてが変わった。


 圧倒的な膂力で木材を切り出し、家を建て、畑を耕し種を植え、物資を運搬し。

 一人で百人分の大活躍をした結果、たったのひと月で村の復興は成った。 

 働き手不足や近親者の喪失による精神的被害などの問題はもちろんあるが、ひとまず今度の冬を乗り越える算段はついた。


 冬を越えれば春が来る。夏や秋には収穫が出来る。

 季節の移り変わりが心と体の傷を癒してくれる。

 この村は、いつかきっと立ち直ることが出来るだろう。

 

「――おい、本当に行くのか?」


 旅立ちの朝、皆に黙って出て行こうとした俺たちを見つけたのはガルムだ。

 早朝の畑の見回りの際に気づいたらしいが、本当に真面目になったもんだ。

 可愛い子には旅をさせよなんて言うが、悲劇を乗り越えたこいつは今や、若く立派な村長だ。

 

「ああ、このままここにいても出来ることはねえし、そもそも俺には目的がある」

「魔族の殲滅……だっけ?」


 俺の隣に佇むノインに気づかわしげな目を向けるガルム。

 

「……おまえ、よく魔族の嫁さんの前でそんなこと言えるな。正気か?」

「まったくじゃよ、ぷんぷんじゃ」

「嫁さんじゃねえし、おまえもいちいち悪ノリすんな」


 ドン引きのガルムとわざとらしく頬を膨らませて見せるノインにツッコみつつ、俺は言った。


「俺とこいつはそういうんじゃねえよ。俺はこいつを殺したい、こいつは俺を篭絡したい。どちらも村には恩があるから復興を手伝いたい。たまたま利害が一致してるから一緒に行動してるだけの話だ」

「……おまえって本当、めんどくさい奴だよな」

「そうなんじゃよ~。もっと言っておくれぇ~」

 

 なぜかドン引きを続けるガルムと、くすんくすんとわざとらしい泣き真似をするノイン。

 人間と魔族であるにも関わらず、二人は気軽にやり取りしている。


 おそらく、このひと月という時間と起きた出来事がそうさせたのだろう。

 種族の壁を超えて村のために尽くしてくれるノインを、ガルムが認めたのだ。


「……ふん」


 俺はそっぽを向いた。


 ノインはすっかり村の人気者だ。

 いなくなったと知れば皆が惜しみ、悲しむことだろう。


 魔王の娘なのに。

 魔族と人間との共存とかいうバカげた夢の通りに。

 それがなんだか、面白くなかった。


「どうでもいいが、あとは任せるぞ。背教者狩りは永遠蠕虫(エンドレスワーム)と相討ちになったことにしろ。賞金は貰えないだろうが、欲をかけば絶対に裏を探ろうとする奴が出てくる。ノイン(こいつ)に助けられたなんて知られたら、それこそ第二第三の背教者狩りがやって来るからよ」

「わかってるよ。俺も皆も、絶対に秘密にする。それと――」


 ガルムはゴホンと咳払いした後、らしくもない真剣な表情を浮かべると、ぺこりと俺に頭を下げた。


「アデル、今まで悪かったな。俺はおまえに、本当にひどいことをした」

「……なんだ急に、気味が悪い」

「今回のことで、俺は目が覚めた。自分の愚かさと醜さを知った。知った時にはもう遅かったが……知ること自体には意味があったと思ってる。アデル、本当にすまなかった」


 本気で改心したってか?

 はん、自分だけ先に大人になったみたいに言いやがって。


「どうでもいいよ、んなの」


 俺は「ちっ」と舌打ちすると、ガルムに背を向け歩き出した。


「じゃあな、もう行くぞ」

「また来てくれ。俺たちは、この村はいつでもおまえたちを歓迎する」

「そうかい」

「ネモフィラにもキツく言っておく。決しておまえたちを追わないようにとな」

「それは頼む。……てかその可能性、マジである?」

「兄としては残念なことにな」


 顔をしかめながらかぶりを振るガルム。


 俺への恋心をこじらせたネモフィラは、ノインと日々バチバチにやり合っていた。

 夜討ちに朝駆け。あのバカ騒ぎがこれからの旅にまで持ち込まれるのはさすがにキツい。


「おい、急ぐぞノイン」

「うむ、あの泥棒猫に見つからぬうちに新婚旅行に出かけるとしよう……と、それはいいが、とりあえずはどこへ行く?」


 俺の肘を取ろうとするノインの手を払いのけながら、街道の先を指差した。


「ひとまずは街道の分岐を西へ。最近見つかったとかいう迷宮を攻略して勇者としての地力を蓄えるんだ。そんでもって、いつかはおまえを殺して見せる」

「旦那様は本当にブレないのう~。そういうの、王都じゃ『さいこぱす』と言うらしいぞ?」


 ノインはハアと大きなため息をついたが、すぐに気を取り直したように表情を明るくした。

 

「ま、それも時間の問題じゃがの。何せ魔都最高の占い師アブラメリンによると、妾と旦那様の相性は最高で、『死すら二人を分かつことは出来ぬ』と言うし」

「……それはもはや呪いだろ」

「何を言う、愛じゃよ愛」






























 ……そうだ、今も覚えている。

 時折胸に去来し、痛いほどに締め付ける。

 その時ノインは、いかにも幸せそうに笑って見せたんだ。

 俺を勇者だと言い当てた占い師の言葉の真意に気づくことなく、ただ『希望』の二文字に目を輝かせながら――

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