21−34 花は愛でるに限ります
(う〜ん、こいつはかなりの美青年……。こりゃ、天使様達のテンションの方が心配だなぁ……)
全く、本当に情けない。そんなザマで憤怒の大悪魔を名乗れると、お思いですか。
やれやれと疲れたように、サタンを詰るヤーティだけど。今の彼は普段の礼服ではなく、アズナさん達とお揃いと思われる、キリリとした漆黒の戦闘服を纏っている。きっと、生前の姿なんだろう……ネイビーの髪を深い紫のリボンで束ね、落ち着き払った風貌はまさに眉目秀麗。しかも、敵地から脱出してきた割には、服装にも息にも乱れがないもんだから。……マモンが言っていたように、ヤーティはヤワなんかじゃなく、相当にタフだとするべきだろう。
「まぁ、いいでしょう。この姿に戻れば、安心召されますか?」
そうして、更に深いため息をつきながら、俺達も見慣れている姿に戻るヤーティ。もちろん、今の姿が格好悪いとは、言わないけど。ヤーティは人間に化けている方が、圧倒的にモテるタイプだな。
「おぉ! ようやく見慣れた姿になったな! それでこそ、俺のヤーティ! これからも……って、あれ? 何を怒っているのだ?」
「何て、気色が悪く、無様な事をおっしゃるのですッ⁉︎ 私抜きでも憤怒の軍勢を統率するくらいの気概は、常々お持ちなさいな!」
「あっ、ゴメンナサイ……」
本人は周囲の目も関係ないとばかりに、サタン相手でさえ余裕も醸し出しているが。……どこからどう見ても、さっきのヤーティは白皙の美青年だ。そして……おぉ、おぉ! なんと、嘆かわしいことかな。「見目麗しい」上級悪魔の存在を放って置ける程、天使様達は真面目でもないみたいだぞ……?
「あぁッ! ヤーティ様、なんて素敵なのかしら!」
「あ、あのっ、お怪我はありませんか? よければ……」
あろう事か……サタンやオーディエルを押しのけて、ヤーティの周りを固め始める天使様達。いつも冷静なヤーティも、天使様達を無下に扱うことはできないんだろう。突然の襲撃に、珍しく困惑した表情を見せるが……一方で、そんな様子も慣れたものと、今度は嫁さんが声を荒げ始めた。
「いい加減にしなさい! そんな風に囲って質問攻めにしたら、余計に疲れさせてしまうでしょう⁉︎ それに、今はそんなことをしている場合ではありません!」
「それもそうですね……」
「す、すみません……」
いくら小柄であろうとも、マナの女神にさえも「お尻ペンペン」を敢行する大天使様の一喝は威力が違う。伊達に、神界きっての凶暴天使ではないと言ったところ……だな。うん。
「全く……お疲れのところ、誠に申し訳ございません、ヤーティ様」
「いいのですよ、お気になさらず。こうして麗しいレディ達の笑顔に迎えられるのも、悪くないと言うもの。それはそうと、ルシエル様。あなた様に宛てて、かつての大天使様からお預かり物がございまして。ここでお渡ししても、よろしいでしょうか?」
「えっ? かつての……大天使、ですか⁇」
思いがけない発言に、今度はオドオドし始める嫁さん。そんな彼女の驚き加減も何となく、嬉しそうに見つめた後……ヤーティが呼び出したのは、どこをどう頑張っても見慣れたロンギヌスなんだけど。えっと……どうして、ヤーティがこれを「持ち帰って」くるんだ?
「ヤーティ様、これは……?」
「……レディ・ミカエル様からお預かりしました。残念ながら、彼女は既に息を引き取っておいでですが……最後の最後に、こちらを私に託されまして」
そうして、粛々とヤーティが脱出劇のあらましを語り始める。
レディ・ミカエル。ヤーティがちょっぴり愛おしげにそう呼ぶ彼女は、紛れもなくかつて調和の大天使だった「始まりの天使」の1人。そして、彼が連れて行かれたのは……ミカエルさんが大元だった女神・グランディアとやらの玉座だった場所。だけど、どういう訳か女神様自身は囚われの身だったらしい。
「これで、私めにはレディ・ミカエル様とはちょっとした因縁がございましてね。きっと……そのご縁があったせいでしょう、彼女が私を執事にと望んだのは。それはさて置き。レディ・ミカエル様のお導きにより、私はこうして無事に脱出できましたが……レディ・ミカエル様のお体はとある機神族のものとなっておりまして。道中のグラディウスの悪影響を、肩代わりして下さったのです。そして、その機神族……ヴァルプス様の持ち得ていたプログラムごと、存在を引き継いだともおっしゃっていましたね」
「ヴァルプスちゃん、ですって⁉︎ そ、それで、ヤーティ様! ヴァルプスちゃんは……」
「……レディ・ミカエル様は彼女の体を奪う時、自我を食い荒らしたと申していました。ですので、ヴァルプス様なる淑女は……既にこの世には存在しないでしょう」
沈痛な面持ちで事実を告げるヤーティと、彼の返答にガクリと肩を落とすラミュエルさん。そんな彼女を、オーディエルさんがしっかりと支えて、肩を摩ってやっている。
「あ〜……ラミュエルの傷心はともかくとして。今の話だと、ヴァルプスのプログラムとやらはどっかに残っていそうだけど。それ、どこにあるんだ?」
「まぁ、あなた! それは薄情にも程があるでしょッ⁉︎ ラミュエル様のお気持ちも、少しは考えて!」
「あーあー、すみませんね、薄情モンで。でも、今は泣いている場合じゃねーだろ。あの暴走霊樹をどうにかせにゃ、これから先に泣くことも、笑うこともできなくなるぞ」
リッテルに怒られて、ちょっと不貞腐れたようにマモンがクイと顎で示す先を見やれば。彼の言う「暴走霊樹」は更に形を変えて、おどろおどろしい怪物になり始めている。……一応、女神様を象っているみたいだが。真っ黒な木肌も相まって、その姿はひたすら不気味だ。
「……あの姿は、新しい神様が降臨した事による変化だそうです。更なる詳しい事情は、お伺いできませんでしたが。結局……彼女は新しい世界の踏み台にしかなれなかったと、寂しそうに申しておりました。そして、ヴァルプス様から奪ってしまった正常化プログラムを、ロンギヌスに御身を融合させることでお遺しになったのです」
さも痛ましいとヤーティが目を細めたと思ったら、すぐさまルシエルに向き直り……白銀の聖槍を差し出す。そうして柔らかに微笑むと、ミカエルさんとやらの本当の姿を伝えてくる。
「ルシエル様。今の天使様達にしてみれば、レディ・ミカエル様は紛れもなく裏切り者なのでしょう。ですが……これだけは覚えておいて欲しいのです。彼女もまた、誰かに愛されたくてもがき、苦しんでいた1人の乙女だったことを。あの方は最後の最後に、ようやく自身にも愛される価値があると、認められたようです。と……ふふ。既に素敵な旦那様がいらっしゃるルシエル様には、こんな話は野暮ですかね?」
「いいえ。愛し、愛される事が素晴らしいのは、いつの時代も変わりません。……ミカエルが最後の最後に愛を見つけられたというのなら、ルシフェル様もさぞお喜びになるでしょう」
おぉう……嫁さんの口から、そんなにワンダフルなお言葉が出るなんて。俺、ちょっと感動しちゃうんだな。そうして……俺が背後でウルウルしているのを知ってか、知らずか。ルシエルがヤーティから返還されたロンギヌスを受け取って……更に自分の手持ち側も呼び出す。すると、次の瞬間……!
「うおッ、眩しッ⁉︎」
「あぁ、いよいよ……! あのロンギヌスが……」
「元の姿に戻っていく……?」
閃光にも近い、強烈な光。それが収束し、バチンと弾けるような音を響かせたと思ったら……ルシエルの前には、それはそれは見事な黄金色の聖槍が浮かんでいた。
「……! ようやく、ロンギヌスも本来の姿に……! でも……あれっ? こんな模様、あったっけ……? ハーヴェンはコレ、何の花か分かる?」
「うん? どれどれ……?」
眩い黄金に、興奮した様子でありながらも……はて奇怪なとばかりに、首を傾げたままのルシエル。そんな彼女が示す、ロンギヌスの持ち手を見つめてみれば。そこには、目にも鮮やかな青い花の模様が浮かび上がっている。ルシエルによれば、このお花は元のロンギヌスにはなかった文様だそうで。とは言え、俺にも花の名前を言い当てられる小洒落た知識はない。
「何だろうな、この花。あっ、そうだ。マモンは、これ……何の花か、分かるか?」
「えーと……こいつは多分、ピーコック・ロンドだろうな。所謂、孔雀草の仲間で……確か、目覚めのハーブティーとして重宝されていた気がするけど」
流石、園芸がご趣味の真祖様は、お花にも大変お詳しい。お花の種類だけじゃなくて、ハーブティーにされているだなんて、小粋な豆知識まで披露してくれたりする。
「しかし、どうしてこんな所に、ピーコック・ロンド? の模様があるんだろう……?」
「あぁ、なるほど。……レディ・ミカエル様は、私が手向けた花の種類まで覚えていてくださったのですね。……やはり、花は愛でるに限ります」
「えっ?」
「失礼。今のは、こちらの話です。ふふ……その花はきっと、レディ・ミカエル様の贈り物に違いありません。孔雀草の花言葉は”正しい心”。聖なる神具に刻まれるにも、これ程までにお誂え向きな花もないでしょう。……是非に、レディ・ミカエル様の御心と一緒に、そちらの花も愛でて差し上げてください」
よく分からないが、ヤーティにとっても「ピーコック・ロンド」は思い出の花らしい。それこそ、ミカエルさんとヤーティの間柄はよく分からないけれど。……ここで根掘り葉掘り掘り返すのは、それこそ野暮ってもんだろうな。




