21−33 鳥頭はそこまでヤワじゃない
「うぅ……ルシねぇ、私達、あまり活躍できなかった……」
「機械の人形、魔法がちっとも効かないの……!」
敵襲の手が緩んだところで、グラディウス攻略の再確認をと、ルシフェルは主要なメンバーに招集かけたものの。戦場では得意の魔法が効かなかったと、萎れる「妹達」を慰めるのに大忙しなのだから、天使長である以前に、長子というのはなかなかに気苦労の絶えない立ち位置である。しかし……。
「……アリエル、か。確かにかなりの古株ではあったようだが……」
目の前で難しい顔を浮かべているオーディエルの報告によれば。爆発後の撤収に紛れて下級天使が1人、グラディウスに「帰還」するのだと……驚くべきことに、あのマモンの襲撃さえも突破して姿を眩ませたらしい。まぁ、彼女の逃走を許してしまったのは、サタンの「勇み足(という名の狼藉)」が原因なのだが。いずれにしても、彼女の乱心には不可解な点が多すぎる。
「彼女の手には、ロンギヌスと思しき武器が握られていました。しかし、実際にアリエルを相手にしたマモン様によると、彼女のそれからは聖槍としての覇気を感じなかったそうです。ですので……」
「ふむ。……であれば、ルシエルの予想通りと言ったところだろう。アリエルの手にあるのは、ロンギヌスを複製して作られたレプリカなのだろうさ」
しかし、彼女の手にあるのがレプリカだと予想できたところで、「彼女の事情」の解明には程遠い。
それでなくても、アリエルはルシエルが引き立てるまで、天使長の意識にすら上がらなかった相手である。長らく下級天使であったこともあり、ルシフェルにしてみれば……目立った功績もなければ、尖った能力もないというのが、彼女の印象だった。
「これはマナを問い詰めた方がよさそうか? ……アリエルに謀反の傾向があったのなら、あいつが気づいていないはずもなかろう」
「えぇ? ルシねぇ……神界に帰るの?」
「うむ、急ぎ確認せねばならん事がある。だから……まずは、オーディエル」
「ハッ」
「すまぬが、私は一旦神界へ帰る。その間、お前に戦線の指揮を任せるぞ。これまでの戦闘で判明したことを確認し、対抗策を練るのだ。いいな?」
「承知いたしました。ルシフェル様がご不在の間、しかとお留守はお守り致します」
「それと、ラミュエル」
「はい」
「先の戦闘で負傷した者がないか確認し、精霊や悪魔達の傷をきちんと癒しておけ。あぁ、あと……リヴァイアタンに例の経路も聞き出しておくように」
「分かりました。リヴァイアタン様は無事のようですし……きっと、快く教えてくださるかと」
大きな爆発音の後、しばらくしてリヴァイアタンは「単身で」帰ってきていた。魔力を使ったため、やや消耗していたようだが。彼自身に大きな負傷はなく、最奥部まで到達できなかったなりに、潜入口は確保してきたと報告を受けている。
「だが……その経路が塞がれない可能性も捨てきれん。おそらく、アイツらが一斉に退いたのは本体の修復もあってのことだろう。……こちらも急がねばならん、か。あぁ、そうだ。ルシエルには出番があるまで、2名の大天使の補佐と、適宜バックアップを任せる。ただ……お前とリッテルにはグラディウスに潜入してもらう事になるだろうから、旦那共々、今のうちに英気を養っておけ」
「かしこまりました。とは言え……」
「……ふむ。まぁ、若造もマモンも余裕を残しているようだし、あいつらの事は心配せずとも良いか」
大天使達の真剣な面持ちと、毅然とした返事に安心するのも束の間。自分を不安げな瞳で見つめる3人の妹達の視線にも気づいては……今度はやれやれと肩を竦めるルシフェル。……この調子では、彼女達も一旦、連れて帰った方がよさそうだ。
「よいよい、分かっている。……お前達はこのルシフェルと一緒に、神界に帰ろうな。……魔法の効果が薄いともなれば、武器も用意した方がいいだろう。それに……」
「えぇ、いよいよのようですね」
「そう、だな。……ドラグニールがとうとう、下界にお出ましになったようだ」
大天使3名が見つめる先を認めては、ルシフェルも上空の青を眩しそうに仰ぐ。
雲海の分厚いベールから垂れ下がるように最初に姿を見せたのは、無数に枝分かれしたドラグニールの純白の根。緻密な白い根と鮮やかな青空のコントラストは、まるで天空に繊細なレースを被せたよう。そうして、ゆっくりゆっくりと下降し続けるドラグニールをグルリと守護するように、主に緑色の鱗を持つ竜族達も一緒に舞い降りてくる。おそらく、彼らはドラグニールの護衛を任された者達……地属性の竜族達に違いない。
「……彼らの顔ぶれからしても、今度は防衛戦になりそうですね」
「だろうな。グラディウスとやらにしてみれば、ドラグニールが新しいユグドラシルとなること程の不都合はあるまいよ。故に……あの凶悪な霊樹がドラグニール降臨を易々と許すとも思えん。奴の攻撃に備えて、こちら側の戦力の配分もし直さねばならんな」
そんなことを言いながら、あとは任せる……と、再度大天使達に念押しして、神界へ戻っていくルシフェル。そんな天使長の背中を見送った後、オーディエルは戦力の確認をし直す前に……まずは最大級の戦力でもある憤怒の帝王を慰めるため、彼の元へ馳せる。ここで彼に立ち直ってもらわなければ、今後の戦局にもかなりの支障が出るだろうことも、予想に容易い。
「サタン様、お気を確かに」
尚、オーディエルの回復魔法でサタンは氷漬けの幽閉状態からは辛うじて脱している。そして、無事に強制的にクールダウンもしたようなのだが……あいにくと、覇気と怒気までトーンダウンさせてしまっているのだから、世話が焼ける。
「ほら、ヤーティ様を助けるためにも、作戦を練らねばなりません。大丈夫です。きっと、ヤーティ様は無事ですよ」
「す、すまぬ、オーディエル……。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないと、分かっておるのだが……。ヤーティがいなくなるなんて……考えてもみなかったから、つい……その……」
段々と声を小さくする代わりに、いつになく気弱なサタンがいよいよ、シクシクと泣き出す。そんな彼を呆れた様子でありつつも……ハーヴェンやマモンも、サタンを慰め始めた。
「オーディエルさんの言う通り、あいつは生きてると俺も思うな。まだヤーティが死んだと決まった訳じゃねーんだから、そんなに落ち込むなよ。あの鳥頭はそこまでヤワじゃないと思うし、お前さんよりスマートに帰ってきそうな気がするけど。情けなくメソメソしてっと、まーた叱られるぞ?」
「そうそう。このままだと、お説教されちまうぞ〜? ヤーティも追憶越えの悪魔なんだし、簡単には死なないと思うし。ここは体制を立て直して、一緒にヤーティを迎えに行こう?」
「……この際、叱られるのも、お説教も、構わん。俺はヤーティさえ、帰ってきてくれれば……」
「ほほぉ? 左様ですか? でしたら、お望み通り……魔界に帰ったら、存分にお説教しなければなりませんか? 何をこんな所で情けなく、皆様にご迷惑をおかけしているのです!」
「……⁉︎」
サタンを詰るような言葉は、明らかに聞き覚えのある懐かしい声色。そうして、サタンが慌てて振り向けば……彼の背後にはいつもの姿とは似ても似つかない、スマートな印象の青年がポツリと浮かんでいる。
「えっと……お前、ヤーティ、なのか?」
「あぁ、この姿で面通りいただくのは、久方ぶりですものね……って、何を忘れているのです⁉︎ 大悪魔たるもの、配下の姿くらい、しっかり覚えておきなさいッ!」
「は、はい……うむ。お前は間違いなく、ヤーティみたいだな……あぁ。本当に、自力で脱出してきたのか……」
飛んでくる叱責も、投げられる叱咤も。何もかもが、聞き慣れたヤーティの響き。姿こそ、見慣れぬ状態ではあるが。サタンに詰るような渋面を向けているのは紛れもなく、彼が最も恐れ、最も信頼する敏腕執事その人だった。




