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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第21章】鋼鉄女神が夢見る先に
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21−29 本来はないはずの選択肢

 形骸化した仕組みの中で、形骸化した正義を振りかざして。かつての天使は、本当に……笑えないくらいに、救えない愚者の集まりだったのかも知れない。

 マナツリーも、神界の根幹を司るシステムも……まだまだ作りが甘過ぎて、欠陥もいいところだった頃。公然と周知こそされなかっとは言え……注目を浴びれば浴びる程に、良くも悪くも昇進に近づいたのは、どうしようもないくらいに情けない現実である。マナツリーは天使全員に目をかけていると見えて、実際にはそこまできめ細やかに面倒を見てはいなかったのだ。長きに亘り繰り返された歴史の中で、ようやく少し「マシになった」だけ。今のマナツリーは、自身に天使の魂が蓄積されてきたことで、比較的公平に物事を判断できるようになったみたいだが。それでも……新しく出来上がった公平の輪の中にも、アリエルは存在していなかった。今も昔も……アリエルは天使として生きていることさえ、気づいてもらえなかったのだ。


「……本当に、何もかもが遅すぎて嫌になるわ」

「それは僕の寝坊について、かな?」

「あぁ、今のはそういう意味じゃないわ」


 違う、違う、そうじゃない。

 自分が詰られたのかと勘繰っては、セフィロトがやや不満げな声を上げるが。アリエルが零した「遅い」の愚痴は、もちろんセフィロトに対するものではない。……神界全てに対しての、不満と失望がホロリと出てしまっただけだ。


「もう少し、神界の変化が早ければ……私もこんなに苦労しなくて、済んだかもしれない。あ、いや……違うわね。神界が変わったところで……私のマナへの恨みは晴れないし、きっとあいつも私に謝るなんてこともないのだろうから」

「かもね。ママはいつだって、大事なことを見落とすんだもの。何1つ、この世界に住む奴のことを理解しようとしていない。そんな奴が女神だなんて……本当にこの世界は終わっているよね」


 産みの母親を「そんな奴」と言い捨てる時点で、セフィロトはアリエルの都合がいいように完成してしまったらしい。姿こそあどけなく、口調こそ初々しいが。……彼の中に渦巻く漆黒の意思は、生まれは清らかだった身さえも黒染めに蝕んでいるようにも見える。


「でもね……今みたいに悪魔を受け入れるくらいに柔軟であったのなら、スウィフトを失わずに済んだのかもしれない、って思って。まぁ……私からすれば、あいつは信者の1人でしかなかったけど」

「うわぁ、ひどッ! それ……天使じゃなくて、悪女の言葉じゃない」

「そうかもね。……別にいいわよ。私は天使の皮を被った悪女で。……神様サイドからすれば、裏切り者の悪役でしょうから」


 自分は主役じゃなくて、脇役で十分。ただ、自分の人生において主役でいられればいいだけで、世界の主役になってやろうなんて、身の程知らずな野望はない。そこまで自嘲しては、身の丈を知っている自分は「どこかの誰かさん」に比べればマシだと、小さく嘆息する。


「……大きすぎる野望は身を滅ぼすわ。与えられた役割を演じていれば、大抵は平坦で、代わり映えしない日常を送っていけるものなの。ただ……その日常が楽しいか苦しいかが、あいにくと運次第なだけ。でも……苦しくて、辛い日常なんて、誰だってゴメンよね。きっと悔しいことや、不愉快なことも含めて……そんな日常に納得できないから、みんなみんな、欲張るのでしょうね」

「突然、どうしたの? 今日のアリエル、何だか変だよ?」

「そう? これでも、いつも通りのつもりだけど」


 何かを悟ったように諦めの言葉を吐くアリエルと、そんな彼女に驚くセフィロト。ごく稀に「様子を見に」やってきていた「いつもの彼女」は復讐に燃えていて、やる気に満ち溢れていたというのに。「今の彼女」はなんだか、元気がないように思えるのは……気のせいだろうか。


「もしかして、後悔してる?」

「まさか。スウィフトが狩られるのを手助けしたのは、私よ? 今更……」

「違う、違う。それこそ、そうじゃない。……僕達の方へやってきたのを、後悔している? って、聞いているの」


 核心を突くような、セフィロトの質問。言われてみれば確かに……アリエルはほんの少し、「今の同僚達」を振り切って飛び出してきたのを後悔している。アリエルが恨んでいるのはマナであって、現代の天使達ではないのだ。それでなくても、今の神界には彼女に声をかけてくれる上司もいれば、居場所もある。その上、かつての退屈さはかなり緩和されてもいる。娯楽も小説に、観光(行き先は人間界か魔界だが)にと、昔に比べれば恵まれた状況にあるだろう。


「……よく、分からないわ。自分の事なのに、ね。でも……もう、何もかもが遅いの。私の裏切りもすぐに露見し、周知されるでしょうし。だから……」

「そっか。だったら、急がないとね。……アリエルには新しい翼が必要だろうから」

「えぇ、そうよ。私には新しい翼が必要なの。ここで諦めて、なるものですか。それに……いつまでも純正の天使でいる必要なんて、ないもの。ただ、生き延びられればいいの。……マナの翼じゃなくたって、生きることだけはできるはずよ」


 天使に転生してしまった以上、翼がない限りアリエルは魔力を供給できない。天使の翼は魔力の供給器官であり、マナの束縛の具現化であり……そして、天使達が子宮と引き換えに手に入れた「上書きされた祝詞」という呪いだ。マナツリーが与えた「束縛という名の呪い」を無理矢理に解こうとすれば……その先に待っているのは、屈辱的な堕天か、絶望的な死のいずれか。他の選択肢は「通常であれば」用意されていない。だが一方で、主人を鞍替えする手段があればマナの呪いからは逃れられるかも知れない。堕天も死亡も、要するに「マナの翼があるから」発生する展開であって、代替の供給器官があればその限りではないだろう。

 そして……今。アリエルの目の前には、本来はないはずの選択肢を持ち得る少年が、確かに立っている。


「今まで通り……ひっそりと生き延びて、復讐の時を待つ。今の私には、それだけしかない。だから……お願いよ、セフィロト。あなたに新しい翼を授けて欲しいの。……マナツリーにできる事なら、あなたにもできるはずでしょう?」

「もちろんだよ、アリエル。……こうして、ちゃんと帰ってきてくれたんだもの。僕だって、今更後悔はしたくない。大丈夫。なんと言っても……僕は生命の樹そのもの。マナツリーよりもこの世界のことをよく知っている、真の神様なんだから」


 だから、行こう。新しい神界の玉座へ。これから先は、このグラディウスこそが神界……ゴラニアの神が住う場所となる。……もう、誰にも邪魔させやしない。

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