21−27 脳筋の基本性能
「フハハハハッ! 見よ、これがサタン様の実力よ! 奴ら、恐れをなして逃げていったぞ!」
「えぇ、えぇ! さすが、サタン様です! 奴らの撤収は、きっとサタン様が怖いからに違いありません!」
「……そんな訳、ないでしょ。どう考えても、さっきの爆発が原因でしょうに……」
最前線で機神族の鉄屑を量産していたサタンとオーディエルに、なんだかんだでしっかりとサタンの脳筋っぷりをフォローしているアスモデウス。普通であれば、オーディエルこそがサタンに落ち着くように宥めなければならないはずだが……サタンが7割増しで格好良く見える彼女の脳内では、サタンに不可能はないことになっている。
それでなくても、サタンは魔法が苦手な反面、物理攻撃が大得意なパワーファイターである。しかも、オーディエルも含めて、相手に対して突貫性も高い炎属性のコンビともなれば……グラディウスの尖兵相手には、多少強気に出ても問題がなかったのかもしれない。しかし……。
「ほれほれほれ! サッサと吐かねーと、綺麗な翼が台無しになっちまうぞ!」
「キャァッ⁉︎」
「……うむ? 今の声は何だ⁉︎」
天使と悪魔の炎コンビ(天使側はやや脳筋が感染しつつある)が、撤収していく敵機を見送っている横で……何やら、乱暴なセリフを吐いている強欲の大悪魔の姿が目に入る。見れば……彼はあろうことか、二翼の下級天使を雷鳴七枝刀で追い回しているではないか。
「おい、マモン! 貴様、何をしているんだ⁉︎ 真祖ともあろう者が、か弱い天使に乱暴するなんて……情けないと思わないのかッ⁉︎」
「あぁ⁉︎ こいつのどこが、か弱い天使なんだよ! よ〜く相手の手元を見てみろよ、このスットコドッコイの抜け作が!」
「何ぃッ⁉︎」
折角の「お仕置き」に茶々を入れられて、不機嫌を募らせたマモンが負けじとサタンに応酬するものの。流石に、脳筋に感化されているとは言え……大天使ともなれば、オーディエルの方は意外に冷静だ。マモンの背後にしっかりとリッテルがくっついているのも認めては、今度はしっかりとサタンを宥め始める。
「サタン様、ここはマモン様のお話を聞かれた方がよろしいかと!」
「オーディエルまで、どうした⁉︎ マモンがお前達の仲間をいたぶっておるのだぞ⁉︎」
「いいえ、多分……そうではないのでしょう。あれは確かに我らの同胞ではありますが……彼女が持ち得るはずのない物を所持している時点で、何らかの事情があるのでは……」
「もちに、しょじ? えぇと……それ、どう言う意味……?」
しかし、オーディエルが言わんとしている事を理解できずに、先程までの勢いも怒りも引っ込めて……サタンが情けない様子で首を傾げる。そんな同僚の姿に……アスモデウスが、やれやれとため息混じりで補足を加える。
「……ほらほら、見てご覧なさいよ。あの子が持っている、あれ……ロンギヌスじゃない? 確か、ロンギヌスはルシエルちゃんが持っていたはずだけど。大天使専用の神具が、どーして下級天使の手にあるのかしら?」
「あっ、言われれば確かに……」
アスモデウスに指摘されて、ようやくマモンの暴挙がただの乱暴ではないことを理解するサタンではあったが。しかし、彼に対峙している天使のボロボロ加減には、憤怒の帝王もちょっとは心が痛む……はずもなかった。
「つまり、あの天使は我らを騙していたという事か⁉︎」
「いや、まだそこまで決まったわけでは……」
「であれば……よし! このサタン様が一つ、成敗の手助けしてやろうではないか!」
「サタン様、ですから……」
一度「こうだ!」と決めつけたら、単騎突入も大好きな単細胞の行動力は無限大。サタンがオーディエルの制止さえも振り切って、マモンの前に躍り出た。
「えっ……ちょ、ちょっと待て、サタン! お前までしゃしゃり出てくる必要はねーんだよ!」
「遠慮するな! それでなくても、相手が弱すぎて暴れ足りなくてウズウズしておるのだ! 俺も混ぜろ!」
「遠慮なんか、してねーし……。そもそも混ぜるとか、混ざらないとか、そういう話じゃなくてな……」
しかし、言い出したら聞かないのが脳筋の基本性能である。オーディエルとリッテルにも「ちょっと待って」と言われようとも。サタンは聞く耳も持たずに、得意げに愛用の戦斧をめちゃくちゃに振り回し始めた。……憤怒の大悪魔は余程、暴れ足りないと見える。
「いや、待て待て待て! サタン、マジで待てって! もう、そこまでする必要はな……」
「フハハハハハッ! このサタン様を前にして、生きていられると思うな!」
「ダァッ! だから、殺しちゃダメなんだって! そいつには、聞かなきゃならんことがあるんだよ!」
「うるさいぞ、マモン! 裏切り者は叩き潰すに限ると、決まっておるだろう! どうだろう、そうだろう⁉︎」
「この程度の相手に興奮するのも、大概だが……なんか、言葉遣いもおかしくねぇ? しかも……」
サタンが撒き散らした炎を弾幕にしたのか……彼の攻撃が収束する頃には、「重要参考人」の姿が忽然と消えている。アリエルの姿は影も形もなくなっていた。
「どうだ! 見たか! これこそがサタン様の実りょ……」
「……雷鳴、ぶっ放していいぞ」
(あいや、分かり申した……)
「アバババババッ⁉︎」
しかも、非常におめでたい事に……サタンはアリエルが自分の攻撃で遺灰一握も残せずに、消し炭になったと勘違いしている模様。そんな勘違いしたままの怒りん坊の脳天に、激しい雷が落ちる。
「テメー! 何、余計な事をやってんだよ! お前のせいでまんまと逃げられただろーが⁉︎」
「えっ……そ、そうなの? 今の……逃げられた、のか?」
雷鳴七枝刀が放った苛烈な落雷を受けても、黒焦げ程度で済むのだから……そこは、やっぱり大悪魔と褒めてやりたいところだが。完璧に「足を引っ張った」状況でしかないサタンに、かける回復魔法はあっても言葉は見つけられないオーディエル。一方で……アスモデウスが場違いにも、面白そうに腹を抱え始めた。
「アッハハハハ! もぅ〜……おかしいったら、ないわ! やっぱりサタンはどこまで行っても、三枚目よねぇ……!」
「う、うるさいぞ、アスモデウス! しかし……ふむ、どうすればいいのだ、これは。……俺が逃してしまったんだよな……?」
「……だから、そう言ってるだろーが。このアンポンタンが。お前が余計な事をしなけりゃ、話を聞き出せたかもしれんのに……」
もう呆れるしかないとばかりに、疲れたようにため息を吐くマモン。そして、彼が何気なく放った「アンポンタン」のフレーズにとある恐怖を思い出し、今度はガタガタとサタンが震え出した。
「うぐっ……! も、もしかして……ヤーティにお説教されるパターンなのか、これは⁉︎」
尚、「アンポンタン」と罵倒(ヤーティのそれは叱咤に近いが)されながら、懇々とヤーティにお説教をされる以上の悪夢を、サタンは知らない。脳みそがとろけるレベルで理詰めかつ、息抜きすらない彼の講義は並々ならぬ精神修行を強要される苦行である。
「……サタン様。そのヤーティ様ですが、どうやら……」
「うぬ? ヤーティがどうした?」
「報告によりますと、かのカイムグラントに拐かされたとのことでして」
「な、何だとッ⁉︎」
「俄かに信じ難いのですが。何やら怪しげな聖剣の魔法効果により、幻術に捉えられてしまったようです」
回復魔法を施し終えたオーディエルが、やや辛そうな面持ちでサタンに報告内容を告げる。どういう関係性があるのかは分からないが、グラディウスの女神はヤーティを自分の執事に所望していたらしい。そして、そんな身勝手な提案のメッセンジャーとして寄越されたのは、かつての配下だったはずのカイムグラントだったと言うのだから……サタンはショックを通り越して、再び怒り心頭とばかりに、赤々と角を燃え上がらせた。
「なるほど……! 我が配下を横取りしようとは……女神とやらは、余程怖いもの知らずのようだな……? オーディエル、それで……ヤーティの行き先はあの城でいいんだよな⁉︎」
「おそらく。……確証はありませんし、ルシエルも追尾に失敗したと申していましたが……女神が巣食っているのがあの城である以上、ヤーティ様もそちらに連れ去られたものと」
「ならば……! よし! ここは……」
「はーい、ストップ、ストップ! 逸る気持ちは分かるが、少し落ち着け」
「だから、さっきからマモンはうるさいぞ! 何がそんなに……」
「たった今、勢いに任せて結構なレベルの失敗談を拵えたのは、どこのどいつだよ」
マモンに当然の指摘を受けて、今度こそ黙ることしかできないサタン。そうして、仕方なしにようよう逸る気持ちを抑えるが。しかし……ヤーティはサタンが誰よりも信頼している腹心である。いくら、お説教が怖くとも。彼がいなくなるなんて思いもしなかったサタンには、「また」大事な配下がいなくなるかもしれない不安を怒り以外の感情で帳消しにする器用さは……あまりない。




