21−22 能無しの末路
裏で糸を引いていた「アリエル」は何食わぬ顔で、今も神界で天使をしているらしい。しかも……セフィロトの話によれば、ちゃっかりと新しく誕生した調和の大天使の部下として、それなりに忙しい日々を送っているとか、いないとか。
「よく分からないけど……今の調和の大天使は、それなりに“人を見る目”はあるみたいでね。実力以上に、本人の資質を重視するタイプなんだとか。それで……下級天使だろうと、そうでなかろうと、みんな仲良くやっているそうだよ。まぁ、こっちに帰ってきては色々とやっていたのを見ても、復讐を止めた訳じゃないみたいだけど。それなりに、天使の仕事もこなしているみたいだね」
「フン……そんな奴が紛れている事にも、気づけないなんて。今の神界は、地の底まで堕落しておるようだな。なんと、情けない」
「それは違うと思うよ。それに……誰よりも劣等生だった大天使が、何を偉そうに言っているの」
「……何だと?」
「全く……そんな事も分からないの? アリエルは君達が神界で威張っていた時から、天使に戻っていたんだよ。アリエルが紛れていたのに気づけなかったのは、君も一緒さ。いや……違うね。彼女の素質を見抜こうとせず、目端にも掛けなかった君の方が圧倒的に愚鈍だとするべきかな? だって、今の調和の大天使はアリエルの資質は認めたのだもの。だから、この場合……地の底まで堕落しているのは、元・調和の大天使の方じゃない」
アリエルが神界に「再就職」したのは、おおよそ2600年も前の事。ミカエル達の粛清が約1000年前だったことを考えても、1600年程の期間はミカエル達もアリエルと「同居」していたことになる。故に……セフィロトにしてみれば、最低限の反応さえできなかったクセに、未だに威勢だけはいいグランディアこそが情けなく見える。
「そもそも、君達みたいなのがいなくなって、昔よりも神界の環境は良くなったと考えるべきだよ。それと、今の転生の大天使もかなり優秀みたいでね。君達がいなくなった後から、きっちりとシステムの改良にも手を入れてきたらしいし。仕込んであった転生のエラーも修正されちゃった……って、アリエルが悔しそうに言っていたけど」
少年の口ぶりを聞くに、アリエルも……そして、セフィロト自身も。彼らは今の天使達には一定の高評価を下している様子。グランディアにしてみれば、彼の態度も総評も非常に面白くないし……そもそも、どうして今の天使達がその程度で評価されるのかが、理解できない。
「……何をそんなに不満そうな顔をしているの? 僕が言っていることは、ちょっと考えれば誰だって分かる事だよ? ただ……アリエルは少し焦ってもいたみたいだけど。敢えて下級天使のままでいることで、マナツリーの注目を避けていたのに。……調和の大天使が、まさか自分をピックアップするなんて、思ってもいなかったみたいだね。でも、それとは別に魔界にも遊びに行ったとかで……ちょっと楽しかったとも言っていたな」
「何……? 天使が魔界に遊びに行く……だと?」
それこそ、堕落の証拠ではないのか? 天使が魔界に行くだなんて。しかも、目的は悪魔の殲滅ではなく、ただ遊びに行っただけだと言うのだから……悪魔は獲物だと思い込んでいたグランディアにしてみれば、その事が何よりも規律に反した堕落にしか思えない。
「おや? どうやら……君の従者が帰ってきたみたいだよ? ふふ。彼、今の君を見て……どう思うかな?」
グランディアの濃くなっていく嫉妬や疑念もお構いなしに、セフィロトの言う通り……タイミング悪く帰還したのは、確かに「女神の箱庭」の住人である。しかしながら、お利口にグランディアの望み通りに「執事」を連れて帰ってきた純白のカラスに……グランディアは真っ先にどう言い繕えばいいのか、悩んでいた。きっと、両腕が刃まみれなせいだろう。彼は仕方なく、腕ではなく口を使ったのだろうが……そんな口を塞いでいたヤーティをそっと足元に下ろすと、一方のプランシーはグランディアの「醜態」を前に、いかにも面白そうに嘴を歪める。
「ほぅ……これはこれは、面白いことになっておりますな? またも鎖に繋がれているとは、はてさて……何のご冗談でしょう?」
「いや、これにはそれなりの事情が……」
「あぁ、僕から説明してあげるよ。それで……もし良ければ、使いづらい体も元に戻してあげようか?」
「貴様! これは私の下僕だ! 何を勝手なこと……」
「……うるさいよ、落ちこぼれが。君は少し黙っていてよ」
グランディアが彼らの「交渉」を阻もうと、声を荒げたのと同時に、セフィロトが我慢ならぬと手を払う。そうされて、何故かグランディア自身であったはずの霊樹の鋒が、彼女の腹を貫いた。
「カハッ……⁉︎」
今度は口からではなく、腹から黒い血をばら撒きながら、グランディアは強烈な痛みに悶えるより他にない。
プランシー相手にまで不都合をぶちまけられたら、ますます惨めになってしまう。そんなどこまでも自己中心的な焦りにグランディアはつい、プランシーを勢いで下僕扱いしてしまったが。その失言がどれ程までに悪手かも気づけないのだから……まずまず滑稽である。
「はい、ご苦労様でした。……落ちこぼれのことは気にせず、僕と少しお喋りしてくれないかな? コンラッド・プランシー」
グラディウスの懐中にありながら、グラディウスそのものでもある女神を一瞬で黙らせる少年の手腕に感嘆すると同時に……プランシーはいよいよ、醜悪な笑みを浮かべる。未だ、名も知らぬ相手ではあるが。少なくとも、傲慢なだけの女神よりは遥かにマシな相手に違いない。
「ところで……あなた様は?」
「あっ、ごめんよ。まずは自己紹介が先だよね。僕はセフィロト。大昔にマナ……つまり、ゴラニアの女神が腹を痛めて産んだ、正真正銘のマナの神子だよ」
「な、なんと……! こんな所に、最高神がいらっしゃるなんて……!」
「ふふ。最高神だなんて、大袈裟なんだから。……僕はようやく息を吹き返しただけの、復讐者でしかない。そして、僕を捨てたママに仕返しをしたくて、こうして目覚めたんだよ。だから……少し、手伝ってくれないかな。……僕のために、この霊樹を美しく彩って欲しいな」
謙遜をしながらも、残酷な笑顔を見せると……再び手を挙げるセフィロト。そんな彼の動きに合わせて、今度はニョキニョキとセフィロトの周りから白い根が繁茂し始める。そして……。
「まずは……うるさい勘違い天使から、封印しようかな。良いかい? よく見ておいて、プランシー。……これが威張る事しかできない、能無しの末路だよ」
「……⁉︎」
仄暗く、ゾワリと冷たいセフィロトの言葉と同時に、無数の根がグランディアを包囲する。そうされて、グランディアは初めて、今度は自分が「閉じ込められる側」だと鮮やかに理解し始めていた。
「ローレライはまだ、霊樹としての防衛機能を忘れていない。だけど、僕はもう閉じ込められるのは飽き飽きだからね。だから、君が代わりにそこでジッとしていてよ。別に……ローレライのプライドを満たすのに、閉じ込める相手は僕じゃなくてもいいんだろうから」
「き、貴様……!」
「ふふ。そんなにおっかない顔をしたって、無駄だよ。そもそも……最初から、君には無理だったんだ。ローレライが封印していたのはクシヒメだけじゃない。その境遇はローレライの現実を見誤って、慢心していた君の落ち度によるものさ」
《やれるものなら、やってみるがいい。我が魂を本当に“飲み込む”ことができるのなら、お前は確かに神にはなれるのだろうよ》
《……奢ったことを。本当に……そうなればいいのだがな。神に相応しい器とやら、せいぜい見せてみるがいい》
そう嘯いたのは、間違いなくクシヒメの魂ではあったのだろう。だが、彼女の言葉に含みがあったことを、グランディアは最後の最後まで気づけなかった。挑発され、罵られ、煽られたグランディアは疑うことなく、彼女の魂を飲み込みはした。だが……その事でもっと厄介な相手を目覚めさせることなど、予想だにしていなかったのだ。
……確かにグランディアはローレライに根を下ろし、神にはなった。だが、彼女が望んだ「最高の神」になれたかと言われれば。その答えは純然とした「否」であろう。
《お前を取り込んだ暁には、私は間違いなく最高の神になろう。そんな偉大なる神が世界を統べる雄姿を、お前はただ見ているだけでいい》
望んだ役目は傍観者ではなく、主役としての最高神だ。しかし、事を急くがあまりに色々と見落としてきた彼女は、とっくに主役の座からは落選している。唯一彼女に残された役目は、神が世界を蹂躙する姿をただ見ているだけの……愚かな囚人としての、観客の立場だった。




