21−11 圧倒的にナンセンス
「お待たせしましたゲコ。……リッちゃんファイナルをお連れしました」
意外と早かったな……と、ルシフェルがちょっと安堵の息を吐いたのも、束の間。……リッちゃんの脇に控えるザーハの表情がとにかく冴えない。生気を失った虚な瞳に、元より老けていた外観が更に老け込んだように見える。
「おや……どうしたんだい、ザーハ。いつもなら、発明品を使えるとなると、大喜びだったろうに」
「いえ……実は、ここに来るまでにマモン様にも遭遇しまして……」
この世の終わりとでも言いたげな深いため息の後、黙り込んでしまうザーハ。そんなザーハの様子を見て、こちらも深いため息をつくスケダラ。そうして、ザーハをフォローすると見せかけて……しっかりとトドメを刺すスケダラのやり口は、鮮やかの一言に尽きる。
「……リヴァイアタン様。ここは先んじて、お悔やみを申し上げておくでゲコ。ザーハ様は道中、キッチリマモン様のお怒りも買って参りました。……ですので、ザーハ様はこの後、普通に死刑確定でゲコ」
「アハハ。そっか、そっか……」
同僚の口から放たれた紛れもない現実に、今度は縋るようにザーハがリヴァイアタンを見つめる。しかし……今のリヴァイアタンは真面目になった以前に、マモン第一。いくらザーハが貴重な上級悪魔とは言え、配下と思い人とを天秤に載せれば……彼の心は躊躇もなくマモンに傾き、勢いでザーハを吹き飛ばす始末である。
「マモンに見つかっちゃったんなら、仕方ないね。悪魔だったら、約束を破るのもデフォだけど……これは約束した相手が悪過ぎる。だったら、ザーハ。リッちゃんは僕の方で引き取るから、君はしっかりとシバキ倒されておいで。マモン相手に約束を破ったのは、圧倒的にナンセンスだよ」
「そんな! リヴァイアタン様まで、酷いであります!」
「あー、アタシもサンセー。ご奉仕先は王子様の方がいいしー」
「くっ……! しかも、娘まで薄情ときましたか……!」
「誰が娘だよ、誰が。いい加減にしとけよ、この変態クッソジジイ」
リヴァイアタンの提案からの流れに、リッちゃんも知れっと乗っかるものの。リッテルの美しい姿で、鼻をほじりながら悪態をつくリッちゃんに……流石の天使達も及び腰だ。いわゆる、ドン引きというヤツである。
「とにかく、リッちゃん。レディがそんなに粗暴な言葉遣いをするもんじゃないよ。僕と一緒に来るのなら、もうちょっとエレガントに振舞ってくれると、嬉しいな」
「ふーん……あっそ。で? 王子様はアタシに何させようってんだ?」
「もし良ければ、一緒に探索に来て欲しいんだ。行き先がちょっと特殊な魔力で覆われていてね。……天使のベイビー達や、愛しい配下達には潜入が厳しい場所みたいで」
「要するに……アタシしか、頼りにできないって事かい?」
「うん、そうなるね。リッちゃんであれば、問題なく同行してもらえそうだし……ふふ。何より、頼りになる上に可愛いし。心のオアシスとしても、バッチリかな?」
「おっ、言うねぇ、言うねぇ! だったら、アタシに任せな! 王子様のフォロー、きっちりしてやんよ」
おそらく、普段からこの調子なのだろう。リッちゃんの粗野な口調は変わらないが、リヴァイアタンの方は彼女の扱いも慣れていると見えて、サックリとそれとなくご用件を伝えた上に、鮮やかに同行の了承まで取り付けている。そんな彼らの様子に……天使達から明後日の方向に黄色い呟きが漏れ始めた。
「リヴァイアタン様と一緒、いいなぁ……」
「私も乱暴な口調で迫れば、効果的かしら?」
「ですけど……エレガントに振舞って欲しいと、リヴァイアタン様はおっしゃっていましたよ?」
周囲から漏れる場違いな喧騒に、いよいよルシフェルの叱咤が飛ぶが……。
「お前達、いい加減にせんかッ! 今はそんな事を言っている場合ではないだろう! 戯言を吐かす暇があったら、防御を固めておけ!」
「あっ、すみませ〜ん!」
「つい、リヴァイアタン様のお見送りに夢中になっちゃいました」
危機感もゼロの反応に、ルシフェルは額に手を充て、天を仰ぐ。しかし、「おぉ、神よ」と嘆いてみたところで、思い出されるのが幼女姿の化石女神とあらば……神界そのものが手の施しようもないくらいに軟派なのだと、漏れるのはため息混じりの擦り切れた苦笑いばかりかな。
「しかし……浮いた話は抜きにしても、リヴァイアタンとは誰かが契約しておいた方が良さそうだな。……万が一があった時に、こちら側でフォローもできる」
「あっ、それもそうだね。しかし……う〜ん、どうしようかなぁ。僕はやっぱり、お嫁さんと契約したいんだよねぇ。……だけど、マモンは天使じゃないし、ここにいるベイビー達はみんな魅力的で甲乙つけ難いし……」
嫁の選択肢にマモンが入っているのは、この際忘れるべきだろうか?
状況が状況なので、あまり時間の猶予はないと思いつつ……相手が魔界の大物ともあれば、契約主は慎重に選ぶべきだろうとルシフェルは考える。しかし、天使達にアピールさせたところで、収拾がつかないのも目に見えている。
「通常の契約だと、魔力の乖離が心配だが……全幅契約であれば、問題ないか。何せ、マモンとリッテルの先例もあるしな。こちら側の階級は判断材料にならんともなれば、リヴァイアタンに決めてもらった方がいいだろう。無論、お前の都合で一方的に契約解除もしてくれて構わん。……魔力レベル10もあれば、精霊側からの契約解除も可能だしな」
「そうなんだ? だけど、僕はそんな薄情な真似はしないさ。……マモンは嫁もどきとラブラブみたいだから、望み薄だしねぇ。ここで1つ、死地に向かう前にパートナーを見定めるのもいいかも?」
「そうなるのか……? 言っておくが、今回の場合は一時的なものだと割り切った方が、後腐れも少ない。契約程度で、そこまで義理立てせんでもいいのだぞ?」
ルシフェルが妥協も止むを得ずとリヴァイアタンを諭すが、殊の外、彼の方は真剣そのもの。「繰り返すが」こんな状況にも関わらず、期待いっぱいでワクワクしている天使達の顔をマジマジと見比べ始めた。
「……こういうのは勢いも大事だよね。だったら……うん。僕はラミュエルさんと契約するよ」
「えっ……私ですか?」
ルシフェルと同様、「お嫁さん選び」に参加していないと思われたラミュエルを事もなげに選ぶリヴァイアタン。ラミュエルの方が驚きと喜びと……不安とを混ぜ込んだように頬を紅潮させているところに、尤もらしく理由を並べる。
「僕はあんまり、戦闘中に魔力残量を測るなんて器用なマネもできなさそうだからね。全幅契約の上で魔力解放をするとなれば……やっぱり、魔力量が多い相手がいい。それに、ラミュエルさんは同じ水属性とあって、親近感もあるし……何より、とっても美人でお淑やかだ。僕としては、一緒にいるのなら大人しいくらいの人がいいな。……散々、マモンが嫁もどきの尻に敷かれているのを、見ているしねぇ……」
「あぁ、なるほど……マモン様はリッテルにはトコトン甘いと、よくよく聞き及んでおりますわ……」
変なところでマモンの苦労人加減をタネに、ウンウンと頷き合うリヴァイアタンとラミュエル。そんな様子に、きっとリヴァイアタンはラミュエルとは上手くやっていけそうだと踏んだのだろう。最後に悪魔らしからぬ「お優しい提案」を添える。
「それに……ラミュエルさん、なんだか落ち込んでいるみたいだし。事情はよく分からないけど、そんなに思い詰めた顔をしないの。ふふ。……僕がしっかり話を聞いて、笑顔にしてあげる。だから、さ。良ければ、僕のパートナーになってくれないかな? あっ、もちろん……深〜い所は互いをよく知ってから、で構わないから」
「はっ、はい……! 不束者ですが……私でよろしければ、よろしくお願い致します」
望外の提案に、柔和な配慮。憧れの王子様のどこまでも紳士的な振る舞いに……周りの天使達が羨望で歯噛みしたのは、言うまでもない。
「それじゃ、早速。愛しいベイビーに契約を預けるよ。僕はリヴァイアタン。羨望の真祖たる権威において、ヨルムンガルドが滾らす渇望を糧に、持てる全てを捧げ……汝が戒めを受けると同共に、マスター・ラミュエルに魂全てを隷属させることを誓おう」
「ありがとうございます……! 私も大悪魔様の契約主として恥ずかしくないよう、精一杯精進いたします……!」
「ふふ。別にそれ以上、頑張る必要はないさ、ベイビー。とにかく……これで、一安心だね。それじゃ……行ってくるよ」
アッサリと全幅契約を預けたかと思ったら、リヴァイアタンがより一層真剣な眼差しで背後の「入り口」を睨む。そうして一呼吸置いた後に、本気を出し始めたリヴァイアタンは……コキュートスを思わせるような冷気を纏った白い霧に身を変じ、リッちゃんを包み込み込んだ。
「そんじゃ、天使の皆さん。行ってきやーす。ま、そんなに心配すんなって。……王子様の逃げ道だけは、アタシが保証すっから」
「うむ。……このような役目を押し付けて、すまぬな……リッちゃん」
「いいって、いいって。どーせ、あっちでヒキコモリしてたって、退屈なだけだし。……暴れられた方がアタシも性に合ってる」
口は悪いが「王子様」相手には意外と素直なリッちゃんが、周囲の霧ごとグラディウスへと突撃する。そんな突入の様子に……ルシフェルとラミュエルは「彼ら」の無事を心より祈るのだった。




