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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−63 手を取り合う方が断然お得

 自分が自分でいられるのは、生きている間だけ。

 そう、バビロンはもう1度悲しそうに呟くけれど。彼女の論によれば、「魂の怨嗟」とはそうして「自分が自分でいられなくなること」を捨てたくなくて、彷徨っている残留思念を指すらしい。


「……あの子達は、別に神界に行きたいわけじゃないの。ただ、自分だった何かを捨てたくないだけ。自分が自分であることを捨てられなくて、魂が迷子になっているだけなの」

「迷子……ですか。あれらにそんな可愛げがあるとは思いませんが、確かに言い得て妙ですかね。……君の言い分は当たらずと雖も遠からず、でしょうか」


 フワッとしたバビロンの持論にも一定の理解を示して、アケーディアが唸ってみせる。そうされて、バビロンの方はいよいよ驚きを通り越して、ニコリと微笑んだ。


(なるほど。……バビロンはアケーディアに認めてもらえるのが、嬉しいのか。……あぁ、いや。これは……それだけじゃなさそうだな)


 それでなくても、かつては周囲の全てを見下す態度をとっていたアケーディアのこと。バビロンのここまでハッキリとした安堵の表情は……きちんと彼に相手をしてもらえることもそうだが、彼が周囲と馴染もうとしているのにも安心しての笑顔なのだろうと、考える。


「そういうことなら、トットと探しに行くか。魂の怨嗟を。……生贄にするのはやっぱり気が引けるが、魔力の観点から見ても、精神衛生上を鑑みても、悪くない話だな。迷子とは言え……死んじまっているのには、変わらないんだろうから」

「そのようですね。しかも、僕達にかかれば魂の怨嗟を見つけるのは容易い。……情けない事に、こちらの世界で生き延びるために散々啜ってきましたからね。ただ……あれはエグ味があって、僕には美味には感じられなかったのですが……」

「私は意外と好きよ? あのほろ苦さが。……みんなが生きていた時の苦しみや、悲しみが詰まっているみたいで。私を悪魔として生かす意味でも、必要だったし……不味いなんて言ったら、申し訳ないわ」


 魂って……味があるんだ……。しかも、エグくて苦いんだ……? 知らなかったなぁ……。


「そういうものですかね? とにかく……この先は僕達に任せてくれて、構いませんよ。僕も今では、大天使とやらの契約下にありますから。……悪い事もしませんし、ご心配なく」

「別に疑っちゃいねーし。ダンタリオンはルシエルちゃんも許可してくれたし、こっちに置いてくぞ。そんでもって、ダンタリオン」


 そうしてチラとルシエルを見やるマモンに、しっかりとコクコクと頷く嫁さん。そんな嫁さんのリアクションを受けて、マモンがちょっぴり強めにダンタリオンに釘を刺し始める。


「お前、分かってんだろうな?」

「もちろん、私だって悪い事はしませんよ?」

「ちげーよ。人間界は魔力が薄いんだ。魔法研究とやらで魔力を使い過ぎたら、手遅れになる前に魔界に戻ってこい」

「なんだ、そんな事ですか。……承知してますよ。落ち着いたら、ちゃんとそちらに戻りますから。魔法の概念も説明し切っていませんし、君には話し相手になってもらいますからね」

「……それは忘れてくれても、構わないんだけど……?」


 親玉なりの配慮を、ダンタリオンならではの欲望で覆されて。マモンの眉間から皺が消えることはしばらくなさそうだと、思ってしまう。……マモンはつくづく、苦労人体質だよな。


「それでは……ダンタリオンにアケーディア様。今のお話からするに、新開発の魔法をローレライに使っていただくことは可能だと判断して良さそうでしょうか?」

「おや? そう言えばあなたは……あぁ、そうか。ハーヴェンのお嫁さんとやらですか?」

「えっ? あっ、失礼いたしました。自己紹介が遅れまして、誠に申し訳ございません。……私はルシエルと申しまして。神界では一応、調和の大天使の階位におります」


 そう言えば、アケーディアとルシエルは初対面だったか。そんな状況でルシエルがすかさず、自己紹介をしてみれば。アケーディアの方はやや驚きつつも、さも当然とばかりにちょっと得意げに胸を張る。……相変わらず、誰かに下手に出られるのは気分がいいらしい。


「……兄貴、一応言っておくけど。ルシエルちゃんは可愛い見た目に反して、かなりの実力者だ。……あまり粗相はしない方がいいぞ」

「そうなのですか? まぁ……ハーヴェンを従えている時点で、その実力は推して知るべし……でしょうかね?」


 俺は従えられているワケじゃないけど……。まぁ、ここは敢えて訂正する必要もないし、それでもいいか……と俺は思っていたのだけど。それなりに「家族ぐるみ」のお付き合いなマモンが訂正の茶々を入れてくれようとしているのを、何故か更なる大声で遮るルシエル。

 あれ……ルシエルさん? どうして、そんなに怒っていらっしゃるの?


「いや、兄貴。多分、そうじゃなくて……」

「違いますッ! ハーヴェンは私の従者ではなく、旦那です! そこ、間違えないでくださいッ!」

「は、はぁ……そう、ですか……?」


 ルシエルの勢いに気圧され、さっきまで偉そうだったアケーディアの腰も完全に引けている。と言うか……いつもながらに、ルシエルさんは怒らせると供給源も不明な威圧感を醸し出すから、恐ろしい。……本当に、その小さな体のどこからこんな闘志を調達していると言うのだろう。


「あっ、そうそう。それはそうと……魔法の事とは別に、アケーディアにお願いがあるんだけど」


 うん……ここはちょっと話の流れを変えた方が良さそうだ。嫁さん……なんだか、威嚇体勢でフーフー言ってるし。


「僕にお願い、ですか? どんな事でしょうか?」

「いや……タールカが無事に帰ってきたんだ。折角だし、エドワルドを呼んでこようかなと思って……」

「……!」


 俺達の話の内容について来れていない部分もあったのだろう、様子を伺うばかりで静かだった子供達に話を向ければ。俺の提案にタールカの表情がたちまち、明るくなる。


「ハーヴェン……兄上を連れてきてくれるの? それより……兄上、無事なんだね?」

「うん、無事も無事。カーヴェラの孤児院で子供達に勉強を教えているよ。今じゃ、みんなにエド先生なんて呼ばれて、馴染んでる」

「よかったな、タールカ。お兄さん、無事で……!」

「うん……本当によかった……!」


 感極まって涙ぐむタールカに、彼の背中を優しくさすってやるバビロンとロジェ。そんな彼らにやれやれとため息をつきつつも、アケーディアも絆されるものがあるのか……前向きかつ、あまりに意外な返事を寄越してくる。


「……そう言う事であれば、こちらに孤児院の分校を作るのも手かもしれませんね?」

「えっ?」

「ですから、こちらに学校を作ったらどうか、と言っているのです。避暑地にするにも打って付けでしょうし、閑散としているのは都会暮らしだったヨフィも寂しい事でしょう。……何より、霊樹の経過観察には普通の人間をサンプルにした方が正しいデータを得ることができます」


 それに、誰かに物を教えるのは嫌いではありませんし……と、素直じゃないなりにタールカの望みもこっそり汲んでは、ようようアケーディアも笑顔を見せる。


「うん、それ……いいかもな。そうとなれば、ダンタリオンも……あ、いや。お前はいいや」

「おや、マモン。どうしてですか? 教師ともなれば、私程の適役は他にないでしょうに。私はかつて、教壇で鞭を執ることもあったのですよ?」

「……お前の授業は退屈だし、難しすぎる。子供達にはちと、レベルが高過ぎるだろ」

「退屈ですって⁉︎ いつ、私が退屈な話をしたと言うのです!」

「えっ? なに、その反応。お前、まさか……あのオハナシの退屈さ、無自覚だったの……?」

「し、失礼な!」


 マモンの冷徹な反応を詰るダンタリオンだけど。そもそも……親玉に散々失礼をかましてきておいて、何を言っているんだろう……。


(いずれにしても、何だかんだで上手くいきそうだな。……新しい魔法も、共同生活も)


 誘われるがままの流れだったけれど。実際にリルグに来てみて、良かったな。隣を見れば……嫁さんも満足そうに微笑んでいる。フーフーも治まったようで、何よりだ。


(……そうそう、やっぱり手は取り合うのが、1番だよな)


 1人でできないこと、1人じゃ分からないこと。1人で抱えきれない悩みは誰かに相談して、一緒に解決できるに越したことはない。だって、そうだろう? 折角、同じ世界の同じ時代に生きているんだ。啀み合うよりも、手を取り合う方が断然お得だし、気分もいいじゃないか。

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