3−25 お願いだから、嫌いにならないで
「神父の代わりにそんなものが見つかった、と……」
夕食時に子供達からも今日の冒険について、話は聞いたが。小さな町の教会跡でサンクチュアリピースが見つかるなんて、思いもしなかった。そうなると、そんなものが保管されている隠し部屋がある時点で、タルルトの教会は曰く付きの物件ということになりそうなんだが。……教会の施設というのは、どれだけ秘密を抱え込めば気が済むのだろう。
「で、まぁ……不測の事態も想定して、持ち帰っては来なかったんだが。天使殿に報告はしておいた方がいいかな、と思って」
「そうだな。折角だし……神界できちんと調べてもらうことにする。掛かっているかもしれない呪いを解くと同時に、行き先も分かるかもしれない」
寝室のテーブルで湯気を上げているお茶を啜りながら、ハーヴェンに提案してみる。教会関連の案件の裏には、予想できない勢力がいるかもしれないことを考えると、単独で深入りするのは危険だ。
「そうか。まぁ、それでもいいけどさ。でも実は……何となく、鍵が放置されている理由については、予想がついている」
「……そうなのか?」
鍵があった部屋で拾ったと言う、薄汚れた赤い端切れを見つめながら……ハーヴェンが感慨深い面持ちで呟く。
「もし、ちゃんと作られているものであれば……あの鍵で繋がる先はおそらく、頭に嵌っていた宝石の本体……つまり俺の髪の毛が保管されている場所、ってところだろうが……」
「本体?」
「コンタローの鼻を信じるならば、あの鍵に嵌っていた宝石はこの端切れと同じものを、魔法で作り変えたものだ」
「お前の髪の毛に繋がるってことは……それはつまり、リンドヘイム教会の関連施設って事になりそうか?」
「だろうな。どんな施設かは分からないが、少なくとも……ノクエルが関わっている場所の可能性は高い気がする」
だとすれば……もしかしたら、彼らの言っていた「ラボ」とやらかもしれない。
「しかし……。さっき、もしちゃんと作られているなら……って言ったか? それ、どういう意味だ?」
「なんか、妙に引っかかるんだよな。今まで隠されていたはずの扉が剥き出しになっていて、しかも、ご丁寧に鍵がかかっていた割にはアッサリ開くし……奥にわざとらしく、鍵とセットでこんな手がかりまで置いてあって。……色々と揃いすぎている気がしないでもない」
言われてみれば、誰もいないはずのあの孤児院……人がいる時から極貧を極めたような状態だった……に足を踏み入れる者がそういるとも思えない。いるとしても、余程の物好きか……それこそハーヴェンのようにかつて関わりを持っていた者か、のどちらかだろう。
「なぁ。とりあえず……その端切れを預かっておいてもいいか? 神界で調査するのに使うかもしれないし。……しかし見たところ、普通の赤い布切れにしか見えないんだが……」
「……この端切れは俺が生前、ある女の子から貰った宝物でな。ある時、ちょっとしたことで助けてやった時に……お礼にリボンとして貰ったものなんだ。生前の俺はそれが嬉しくて、束ねた髪にそいつを結んでたんだが。最後にノクエルに髪を引っ張られて……髪の毛ごと切り落としたんだ。その切れ端が辛うじて俺の手元に残っていたんだが、腹に風穴開けられてた俺の血がたっぷり染み込んでさ。そういう訳で……髪の毛と同様、リボンの残り部分もかなりの魔力が残っている遺物になると思う」
「……⁉︎」
「因みに。俺達の指輪は、手元に残った切れ端をベルゼブブが作り変えてくれたものだぞ」
「へっ⁉︎ これ……が?」
事あるごとに見つめていた指輪が……まさか、そんな生臭い素材でできているなんて思いもしなかった。と、いうことは……。
「この赤は……お前の血も含んでいるってことか?」
「ま、そういう事さ。良かったな〜、これでどんな時でも俺を側に感じられるぞ〜?」
「べ、別に嬉しくないぞ」
「ふ〜ん?」
「な、なんだよ?」
「別に? それじゃ……俺がしばらく留守にしていても、問題ないな?」
どういうことだ? しばらく……留守にする? またどこかに……行ってしまうのか?
「え、あの……どこに、何をしに……?」
「お? 別に俺を側に感じられても、嬉しくないんだろ? だったら……どこかに行ってきても、問題ないよな?」
「それは、ちょっと困る……。せめて、行き先くらいは教えてくれても……いいだろう?」
前回も突然居なくなられて、寂しい思いをしたのだ。また置いて行かれたら……今度こそ、立ち直れない気がする。
「う〜ん。どうしようかな。ちょっと秘密にしたいし……」
「ひ、秘密⁉︎ 私に秘密で、どこに行くんだ⁇」
「いや、だから。……秘密だって」
「あ、あの……誰かに会いに行ったり、とか……か?」
「さ〜て、どうだろうな〜?」
どうしよう……やっぱり嬉しくないなんて、言わなければ良かった。
「じっ、実は、寂しい時はこの指輪を見て……」
「見て?」
「これがあれば、1人で頑張れたりもするけれど……」
「するけれど?」
「見るたびに、早く会いたいな……とか思ったりすることも、あるわけで……」
「それで?」
そこまで言っても……意地悪くニヤニヤするだけで、納得してくれないハーヴェン。……妙に誘導尋問されている気がする。
「最後まで言わないと……ダメか?」
「そうだな〜。お前が何を言いたいのか……俺には、ちょっと分からないし」
「本当は分かっているんだろ? そんなに意地悪しないで……くれてもいいじゃないか……」
「ふ〜ん? そういうことなら、俺は分からないままでも構わないし……もうそろそろ、休もうかな? ま、そういう訳だから……明日からしばらく居なくなるけど、よろしく〜」
「ちょ、ちょっと待て!」
「お?」
思わず、ベッドに向かおうとしている彼の部屋着を引っ張る。
「待って、お願いだから……また前みたいに寂しい思いをさせないでくれ……ないだろうか」
「ん? でも、ほれ。さっきの様子だったら……お前は俺が側にいなくても、大丈夫そうだろ?」
「そ、それは……」
「お兄さん、素直じゃない子は嫌いだぞ〜」
「……⁉︎」
つまり……このままだと嫌われてしまう、ということか? それでなくても、彼の回りに心配事が増えているのに。嫌われてしまったら……本当に他の誰かと一緒にどこかに行ったまま、帰ってきてくれないかもしれない。
「……っ……お願いだから、嫌いにならないで……」
「あ、おい? 何も泣くことないだろ……あぁ、分かったから、俺も意地悪して悪かったから! 明日はベルゼブブの所に行くだけだから‼︎」
「本当? 本当にそれだけ?」
「あぁ、まぁ……ただ調べごとがあって時間がかかりそうだったから、そんな風に言っただけだし……お前がちょっと生意気なことを言うから、ついでに意地悪したくなって、だな……」
「……ハーヴェンのバカ……」
「へいへい、俺が悪かったよ。だから、その程度で泣くなよ……ったく、本当に敵わねぇな……」
***
「ところで……調べごとって?」
「ほれ、例のヨルム語……悪魔言語のことで、な。折角、ウコバクを借りに魔界に行くんだ。ついでに……魔界に新入りとか居ないか、確認しておこうと思ってさ」
妙に熱を残した体を彼にピタリとくっつけたまま、質問を投げる。どうやら、彼はアーチェッタで見つけた「恨み言」について、何か思う部分があるようだ。
「新入り? 新しく闇堕ちした者が居ないか、ってことか?」
「そ。ほれ、あの場所は……俺が最期を迎えた場所だって、言ったろ?」
「あ、あぁ……」
「でもさ、俺が知っている状態と、今の状態はあまりにかけ離れているんだ。それは単純に、俺が死んだ後に作り変えられた、って事なんだろうけど。だけど、そうなると……あの文字は俺が闇堕ちした後に、誰かが刻んだものだって事になる」
「あんな場所にわざわざ悪魔がやってきて、文字を刻むのか? しかもご丁寧に、逆さ文字で?」
「あぁ、ポイントはそこ。なんで……あの文字は逆さだったんだろうな。恨み言の内容以前に、そっちが気になった。で……実は、さ。以前、同じような状態になった文字を……魔界で見たことがあってな」
「魔界で?」
「……俺、もともとは人間を捌く仕事してたって言ったろ?」
「あぁ……でも、それはお前のせいじゃないと思うんだが……」
私の何気ない呟きに、ハーヴェンは少し切なそうに微笑むと……ありがとな、と小さく応じた上で話を続ける。
「で、獲物の腕を後ろで拘束して……柱に縛り付けるんだけども。その柱に同じように、逆さまになった血文字が残されていたことがあった。もしかしたら、アーチェッタのあの文字も同じように……後ろで手を縛られていた状態で、誰かが刻んだものなんじゃないかって、思ったんだ」
「えっ⁉︎」
「手術台の下の方であることを考えると……そいつはきっと、座らせられていたんだろうな。もし、誰かがあの場所で縛り上げられていて……その最中に闇堕ちしたんなら、内容といい文字の状態といい。なんとなく……辻褄が合いそうだな、ってさ。だから、新入りがいないか確認しようと思って」
「でも、それってまるで……」
「そうだな。……以前の俺みたいだよな。それに、かなり嫌な予感もする。そいつが俺の知っている奴じゃなければ、いいんだけど……」
「……」
「それにもう1つ。あの場所に関しては……ものすごく、気になることがある。その辺もちょっと聞いてみようと思って」
「まだ、気になることがあるのか?」
「だって、おかしいだろ。リヴィエルがあれだけ派手にぶっ放したのに、あの部屋、傷1つ付いていなかったんだぜ? どう考えても、特殊素材でできているとしか思えないだろ。でも、そんな特殊素材の場所に悪魔文字は刻めているんだ。悪魔文字……ヨルム語は別名蛇文字とも呼ばれていてな。ヨルムンガルドっつう、大蛇が這った後に残った呪いを元にした言語なんだと。だから大半は呪詛の魔法だし、文字自体を刻まなければいけない時は……本人の血と引き換えに、特殊な熱を帯びる。悪魔文字を刻める素材で、ラディウス砲に耐える硬度の物がないか一緒に調べておこうと思ってな。まぁ、素材の候補が分かったら、リヴィエルにお願いして硬度のテストをしてもらうことになりそうなんだが。素材が特定できれば、あの場所が本当は何なのか分かるかもしれないだろ?」
「そんなこと、考えもしなかった……。というか、調べごとも私の任務のせい……だよな。本当に、色々とすまない」
「別にいいよ? 俺自身も気になるし。それに……あんなに大量の小魚を用意してくれるような、気の利く嫁さんのために、ちょっとでも役に立たないとな?」
「……ハーヴェンはいつも役に立ってくれている、と思う。その……」
「ん?」
「……いつも、ありがとう……」
「おぅ」
柔らかい微笑みと一緒に、気さくな返事をもらえれば……とりあえず嫌われずに済んだらしいと、胸を撫で下ろす。
とか言いつつ……私には撫で下ろす胸さえないのは、百も承知だ。でも、それは彼の「判断基準」には引っかからないらしいのだから、この際、忘れる事にした。何れにしても……今夜のところは、安心していいのだろう。




