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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−54 一欠片の善意

「よく、来たな……ヴァルプスとやら。ククク……これからは、このグランディアの依代として、存分に役目を果たすがいい」


 拒否もせず、否定もせず。悪魔・プランシーに抱えられるまま……既に言葉も紡げないヴァルプスは、「グラディウス」となった元・ローレライの最奥に招き入れらている。だが……彼女を待ち受けていたのは、役目を遂行するための機会ではなく、彼女の存在意義そのものを強奪されるだけの消失だった。


(これは……一体、どういうこと……?)


 自身の中にある正常化プログラムさえあれば、ローレライを元に戻せるはず……その一心で、ここまでやってきたというのに。まさか、女神と名乗る存在に乗っ取られることになろうとは。


「うむ……流石に、機神王とやらが準備していただけはあるな。このグランディアの崇高なる魂に、ここまで適応するとは」

「それは何よりです、女神様。して……これから先はどうされるので?」

「ふふ……焦るな、プランシー。ようやく、私は女神として世界に降臨する手段を手に入れたのだ。……忌々しい穢れた大地から、今度こそ縁を断ち切って見せようぞ。ようやく……ようやくだ! 私は、最高の神となったのだ! そうだな……手始めに、世界のどんな存在よりも高みに上り詰めては、天空から天罰を降らせてみようか。……この世界に生きる資格があるのは、私が認めた存在だけだ。私に楯突いた者は、全て皆殺しにしてくれる。私を認め、私を崇める者……それ以外は、この世界には要らぬ」


 グランディアはさも当然と、そんな事を宣ってはヴァルプスの体で高笑いを響かせる。しかし……これこそ、傲慢の極み。果たして、今の彼女を崇める者がどれだけいると言うのだろう? 


(滑稽ですな……。やはり、天使はどこまでも愚かで、高慢だ……)


 ……自分を崇めぬ者は要らぬと吐き捨ててみても、グランディアを女神として崇めない者の方が多いはずだ。いくら自身を最高神だと自負してみたところで、彼女は駆け出しのマイナー女神でしかないのだ。知名度もなく、信仰がついてこないのであれば……神としての存在も、なきに等しい。周囲を顧みず、相手の気持ちを考えず。そんな独善で信仰が付いてくるのなら、苦労はない。


「あぁ、そうだ。プランシー。お前は特別に我が側にいることを許してやろう」

「それは、それは。ありがたい事でございます。……私も今の神と世界に恨みがありましてな。貴方様の制裁を拝見できるのは、相当に栄誉な事でしょう」

「そうだろう、そうだろう。ふふ……分かっておるではないか」


 そうだ、分かっている。馬鹿馬鹿しい程に、よく分かっている。だからこそ、敢えて忠誠を誓う価値もない相手に「従っているフリ」をしているのだから。

 プランシーにとって、グランディアは純粋に目的を達成するための手段でしかない。彼は憤怒の悪魔であり、感情的になりがちな傾向も強いが、反面、自身の実力はよく弁えている。それでなくても、コンラッド側のプランシーは今まで近くで傍観してきたのだ。彼の契約主である大天使・ルシエルは本人の実力以上に……彼女が契約を保持している精霊が非常に厄介である事を。

 いつも彼女にベッタリな悪魔・エルダーウコバクも非常に厄介だが、更に彼女の手持ちには最強の精霊でもあるバハムートまで揃っている。コンラッド側の記憶では、バハムート本人は非常に温厚なようだったが……魔力レベルが15もある時点で、プランシーが1人で太刀打ちできる相手ではないだろう。


(だからこそ、コンラッド側の契約を利用したかったのだが。……まぁ、いい。ここまでくれば、あいつは用済みだ。魂を取り戻すことにも、見切りもつける時かも知れん)


 最後の最後まで、自分に馴染み切らずにしこりとなって残ったもの。それは……自身の罪を認め、償おうと抗うコンラッドが残した一欠片の善意。子供たちを自らの手で殺めてしまったこと、自らの手で……望んで、屠ってしまったこと。その罪を認め、罰を受けることにコンラッドは固執している。コランドはそれはタダの偽善だと嘲笑するが、実際にはそうではないこともよく分かっている。

 ……残された片割れの意思は、本気なのだ。自らの契約主を呼び出し、自らの契約主の手で裁かれることを……馬鹿げていることに、本気で望んでいる。だからこそ、コランドがただ欺くためだけにルシエルを呼び出そうとしたのを拒否したのだし、ヴァルプスを攫おうとした段で急に彼女に窮地を呼びかけようとした。


(もう、いい。お前の望みは叶わない方が幸せになれる……。そうだ、な。不自由な世界から脱却するのに、手段を乗り換える頃合いでもあるだろう。大天使との繋がりを捨てるのは惜しいが……このままでは寧ろ、枷にもなりかねん)


 だから……心置きなくくたばれ、コンラッド・プランシー。大天使の契約ごと……貴様を永遠に葬ってくれる。

 ヴァルプスの体で醜悪な笑みをぎこちなく浮かべる神を見つめながら、お揃いで醜悪な笑顔を浮かべるプランシー。だが、邪悪な微笑みは一緒でも、思惑は全く別物だった。


(利用価値のある相手に乗り換えるのは、賢い処世術というもの。いつまでも舞い上がることもできない世界から、浮上するのは今……か)


 そうしてプランシーは自身の魂に欠損が出ることも承知の上で、未だ自身の中でフルフルと震える、魂の違和感に止めを刺す。その瞬間、プチンと何かが弾けた痛みを覚えると同時に……何とも言えない脱力感に襲われる。


(ぐっ⁉︎ これは……?)


 手放すのは、コンラッドの禍根の記憶を抱えた部分だけ。彼の悪意と欲望は残してやっているはずなのに。それなのに……僅かな欠損であろうとも、コンラッドの爪痕はしっかりとコランドの魂を抉って攫っていく。


 なお、コランドはいくら上級悪魔になったとは言え、魂の扱いには慣れていないし、無知でもあった。そもそも悪魔が魂を弄ぶのは、相手の魂を啜って征服欲と達成感とを満たすためであり、都合の悪い部分を切り離すためではない。魂の目減りは、悪魔としての存在意義の目減りをも含む。故に……自分の魂を傷つけるなどと言う、自殺行為をしでかす愚者は存在しなかった。


「……どうした、プランシー」


 意気揚々と空へ昇ろうとしている視界の端で、「忠臣」がクラリと体勢を崩しているのに気付くグランディア。見れば……プランシーの顔は青ざめ、心なしか覇気も衰えたように思える。


「随分と、具合が悪そうだが?」

「い、いいえ……大丈夫です。今、片割れの忌まわしい偽善と一緒に、天使との契約を断ち切りました。……ただ、少々魂を削ったので、反動が大きかったようです。しかし……それにも慣れれば、じきに改善する事でしょう」

「ほぉ……お前、大天使の契約さえも反故にできるのか。ますます、我が世界に残しがいがあると言うもの。……此度の手柄に免じて、しばし休むことを許そう。我が傍で、新しい世界が誕生するのを見ておれ」

「……お心遣い、痛み入ります」


 相変わらずの居丈高な振る舞いに、内心で唾を吐くのも堪えつつ。ドクドクと血液が流れるリズムに合わせて、自身の何かが減っていくのに、改めて恐怖を感じるプランシー。得体の知れない喪失感に喘いでは、ようよう気分を無理矢理にでも立ち直らせるが……。魂の欠損が悪魔にとって決定的な欠陥にも繋がることを、かつての繋がりを手放したプランシーが知り得る機会は……意外とすぐにやってくることになる。

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