20−41 クールダンディ作戦(即席)
(おっ、いたいた。……うん、シルヴィアも元気そうだな)
食堂からパネル片手に、フラフラとほっつき歩いてみれば。さして苦労もせずに、ネッドと洗濯に精を出しているシルヴィアを発見する。髪は金髪、瞳は瑠璃色。元のカラーをバッチリ取り戻した彼女からは、「The・お姫様」なエレガントさが滲み出ている。……背景が孤児院なのが、却って違和感があるくらいだ。
「シルヴィアちゃん、今日もお手伝いありがとう。それにしても……明日からはユグドラシルの元に遠征でしたね。しばらく、寂しくなりそうだわ」
「はい……あっ、でも! 私、ここに帰って来れるように頑張ります! 女神様も無理はするなと、言ってくれていますし」
そうか……いよいよ、シルヴィアは女神様としても本格的に活動し始めるのか。でも、これ以上は俺が世話を焼く場面でもないし、声を掛ける事もなくクルリと背を向ける。別に挨拶くらいしてもいいと、思うけど。シルヴィアが元気そうなら、それでいいかと納得している自分がいる。
(これ以上、変なしがらみを追加する必要もないだろうし)
シルヴィアには、天使ちゃん達のサポートがガッツリ付いている。霊樹・ユグドラシルのお手当は、悪魔がしゃしゃり出ていい場面でもない。ここで俺が声を掛ける必要もない気がするし、何より……掛けてやるべき言葉も見つからない。ありきたりに対応するなら、「頑張ってこい」とでも言えばいいのかも知れないけど。それこそ、既に頑張っている奴に「頑張れ」は禁句だと思う。
(そうそう、これこそがニヒルってヤツだよな。男は黙って、なんとやら……)
「あれっ? あぁ! マモン様じゃないですか!」
「お、ぉう……久しぶり、だな(なんだ、気付かれちまったか……)」
引き際を弁えて、格好良く去るつもりだったのに。ハイ、クールダンディ作戦(即席)は、見事に失敗です。
あっ、因みに。「ニヒル」は基本的には、ポジティブな褒め言葉じゃないからな? 本来は「虚無的で冷淡なヤツ」って意味だから、使う相手は間違えないように。
「もしかして、マモン様もシルヴィアちゃんが心配で来てくださったのですか?」
「えぇと、まぁ……うん、そんなトコロです。ジャーノンと気晴らしがてら、やってきたんだが……ついでにちょっと、様子を見に来ました」
そうして、「アハハ」とかって、苦し紛れに乾いた笑いを漏らすけど。うん、カッコ悪い。俺……超絶にカッコ悪い。憧れのクールダンディには程遠い。
「あぁ、そうだ。それはそうと……精油は足りてるか? もし良ければ1瓶、持って行けよ。気休めにしかならないだろうけど……」
「いいえ! そんな事ありません。私、この香りがとても好きで……匂いを嗅ぐだけで、なんでも頑張れる気がするんです。それに……」
「それに?」
「ふふ。女神様もこの香りが大好きなんですって。気分が落ち着くので、とても気に入っているそうです」
そりゃ、何よりでござんすが。ミルナエロラベンダーの大元のルーツは神界……要するに、マナの女神由来だったかと思う。で、シルヴィアが言っている「女神様」が古代の女神・クシヒメ様だった事を考えると、恋敵由来の香りを気に入った事になるんだろうが……。
(うん、修羅場な香りがする。その辺の事情は黙っておこう)
情操教育的な意味でもな。純真無垢なシルヴィアに、クソ親父のドロンドロンでベロンベロンな愛憎劇は残り香でさえも、伝えちゃならん。それに、こんなにも「クダラナイ事」で女神様のご機嫌を損ねるのも、つまらない。
それでなくても、シルヴィアに渡したミルナエトロラベンダー油は「100%魔界由来原料」の「一番搾り」を詰めた自慢の1瓶。俺が丹精込めて、採油しているデビルメイドな逸品です。生産者としては、君と女神様の潤滑油として活用してくれるだけで、十分でござんす。
(しかし、待てよ……? 万能薬にも近い効能もあるし、これは薬種としてもイケるか?)
これから世間様を立て直そうって時に、瘴気中和の効果があるミルナエトロラベンダーは打って付けだろう。その上、非常に喜ばしい事に……ウチの庭のミルナエトロラベンダーちゃん達は育ち盛りも、育ち盛り。ボーボーに生えまくっていて、剪定にも一苦労。しかも……並の悪魔だと触ることさえできないもんだから、ますます調子こいていらっしゃる。
「マモン様、どうされました?」
「あっ、ごめん。ちょっと、考え事してた。いや……これからに備えて、ミルナエトロラベンダーの油をもうちょい拵えておいた方がいいかな〜……なんて、思ってさ」
「これからの事……あぁ、なるほど! 確か、ミルナエトロラベンダーには瘴気系統の病気に対して、効能もあるのでしたよね? もしかして、人間界のために……?」
これまた悪魔としてはカッコ悪いこと、この上ないが。まぁ……有り体に言えば、そういう事です。
ミルナエトロラベンダーは花のままでも結構な効果を見込めるが、精油にした時の即効性と浸透性は未処理状態とは比較にならない。そんな事情なもんだから、当然ながら精油にした物を用意できた方が効率的ではある。
「ただ……あいにくと、アレは光属性が強すぎてな。配下に製油を手伝ってもらう事もできないもんだから。生産ベースをどうするかが、キモなんだ。折角、そちらさんのお役に立てそうなのに、作業が追いつかない気がする。……実は、その油も俺が蒸留したものを詰めててさ〜。冷却のたびに水を変えなきゃならなかったりと、結構手間がかかるんだよ。ま、それもライフワークの一環だから、作業自体は嫌いじゃないけど」
ここで言うライフワークは主に、武器の手入れだけどな。それに……最近はリッテルも手伝ってくれるから、作業自体はちょっとした楽しみだったりする。2人で湯気を吐く蒸留機を眺めるのも、なかなかにオツなもんで。
「マモン様って……意外と、乙女チックなところがありますよね……」
「へっ……?」
「筆まめで、字が綺麗で……しかも、アロマオイルも手作りして……」
「それがどうして、乙女チックの判断材料になるんだ……?」
おいコラ、待てよ。誰が乙女だって? 乙女なのは天使ちゃん達だけで充分だぞ、ネッド。
「これ……そんなに貴重な精油だったんですね……! ますます、愛着が湧きそうです……!」
「いや、愛着は沸かさなくてもいいんだぞ? 使うべき時には、迷わず使えよ?」
「ですけど……マモン様の手作りだなんて知ったら、使うのがもったいない気がして……。しかも今回のは、女の子のラベルがとっても素敵!」
「ラベルが素敵……?」
あっ……それ、俺が気まぐれに描いたヤツ。嫁さんをデフォルメしたものを、ちょこちょこッと描いただけなんだけど。
「え、え〜と……ラベルの絵は落書きだし、そんなモノを有り難がる必要は……」
「まぁ、本当に可愛い絵ですね! これ……もしかして、マモン様が描かれたのですか?」
「……ハイ、そうでござんす。一応、モデルは嫁さんです」
「……! な、なんて素敵なんでしょう……!」
天使ちゃん達の情報網を考えた時に、変に弁明するとリッテルに誤解されそうな気がして……仕方なしに正直に白状しましたが。真面目だと思っていたネッドまで、やんややんやと嬉しそうに騒ぎ始めたのを見るに、嘘を押し通せば良かったと、すぐさま後悔する。何だか、もんの凄く余計な事を言った気がする……。
(も、もしかして……俺、クールダンディじゃなくて、乙女チックで認定された感じか……?)
もう、いいや。これ以上長居すると、変な誤解が増えるに違いない。そろそろ嫁さんも起きているかも知れないし……ここはニヒルに撤退するに限る。




