20−36 悪い子になったローレライ
しかし……よくよく考えたら、俺はこの中では部外者のはずなんだよなぁ。それなのに、朝からドップリと面倒事に巻き込まれているのが、とっても切ない。それでも、ベルゼブブの沈痛な面持ちを眺めていると、何か声をかけてやった方がいいのかな……と、これまた面倒な考えちまうけど。えぇと、とりあえず……。
「なぁ、ベルゼ……」
「ぷはぁ〜! バビロンさん、お話……終わりましたか?」
だけど、俺が柄にもなくハエ男を慰めてやろうとした、次の瞬間。バビロンの首元から、ヒョコッとトカゲみたいな奴が顔を出す。白い鱗に、これまた真っ白い小さなお手手。バビロンの甲冑に手をかけて、スンスンと鼻を鳴らしている姿は、ちょっぴり可愛げがある。
「あれ? この雰囲気……もしかして、ギルちゃん?」
「えっ? あぁぁッ⁉︎ ベルゼブブ様じゃないですかぁ! お久しぶりですぅ!」
しかも……こいつ、ベルゼブブと顔見知りなのか⁇
「よっこらせ……っと。すみません、自己紹介が遅れました。僕はバルドルと申しまして。ほら、覚えていませんか? 僕、ベルゼブブ様に作っていただいた魔法道具ですよ」
「そうだったの? バルドル……魔法道具だったの? しかも……」
「なんだか、姿が変わってない?」
「……つーか、この前までまんま蛇だったよね?」
バビロン達の反応を見る限り、こいつは元々は蛇の姿をしていたらしい。しかしながら、ご本人様はどこまでもあっけらかんとしていて……ちっこい羽をパタパタさせながら、嬉しそうにあたりを飛び回る。
「やだなぁ、もぅ。僕は紛れもなくバルドルですよ? ちょっと休ませてもらって、起きたらこの通り! ……ま、僕の持ち主が最後の最後に鱗を仕込んでくれていたんで、こんな風になっただけですけど」
「……あぁ、なるへそ。……君、ギルちゃんに作ってあげた首輪の方か……」
「首輪? だけどさ、ベルゼブブ。これのどこが魔法道具なんだよ……。こいつは、完璧に精霊の魔力だぞ?」
「うん、そうだよね。……僕も原理はよく分からないけど。でも、多分なんだけど……この子、何かの弾みで機神族になったっぽいね」
ベルゼブブの解説のよりますと。彼が「ギルちゃん」と呼んでいるのは、ギルテンスターンという竜族の上級精霊だった奴らしい。だが、諸事情により魔界に迷い込んだのをベルゼブブが助けた時に、魔界の魔力と瘴気濃度に適応できるように、お守りを拵えたとのこと。それが「ギルちゃんの首輪」であり、ローレライの魔力を受けて精霊化したものが、このバルドルになるそうな。
「……って事は、何か? こいつ、どっからどう見ても竜族っぽいのに、分類は機神族ってことか?」
「そうなるね」
これまた、ややこしいな、オイ。
だけど、そう思うのは俺だけではないらしく……チロリと見れば、ルシファーの顔にも「はて、奇怪な」と思いっきり書いてある。
「ふぅむ、奇妙な事もあるものだ。しかし、そうか……そう言うことか。お前達、ローレライの魔力に触れたのだな?」
しかし、渋いお顔をするのもそこそこに……ルシファーはすぐさま、何かに納得した様子。そうして早速と言わんばかりに、手元のパネルに何かを書き込み始めたが……。
「……今、ラミュエルを呼んでおるので、少し待っていてくれるか。ラミュエルが契約している中に、機神族の生き残りがいてな。彼女はローレライの魔力を分析することができるのだよ。……実を言えば、今のローレライの魔力は非常に厄介な性質を持ち合わせているようなのだ。……なんでも、無機質だけではなく、どんな相手でも機神族として取り込む性質を持ち合わせているらしい」
「それって、つまり……どゆこと?」
「基準値がどれ程までなのかは分からんが、ローレライは無差別に自身の尖兵を作り出せると考えてよかろう。……おそらく、バビロン達は問題ないと思うのだが、このバルドルとやらはローレライの魔力を受けて、魔法道具から機神族に変化したものと思われる。無論、それは従来の機神族の生まれ方でもあるので、かつてのローレライから生み出されたのであれば問題はない。だが……現在のローレライ、という但しが付くのなら話は別だ」
あぁ、そう言うことか。要するに、このバルドルは「悪い子になったローレライ」の魔力で精霊化しているから、相手側のスパイの可能性があるってことなんだろう。
……なんだろうな。そんな可能性を示唆されると、さっきまで可愛げがあるとか思っていた爬虫類が、途端に胡散臭く見える。
「えぇ⁉︎ そんなぁ! 僕、やっとベルゼブブ様に再会できたのにぃ〜! 裏切るなんて、とんでもない! だから、殺さないで……うるうる」
しかも、終始このノリだ。喋らなければ、ちょっと可愛い爬虫類ってだけで済むのに。胡散臭さ、4割増し。
「大丈夫よ、バルちゃん。天使長様はとっても優しい人だもの」
「本当ですか、バビロンさん! でもでも、ですね! ど〜〜〜〜ぅ見ても、あの人はおっかなさそうですよ?」
それを言っちゃあ、おしまいよ。特に生命の存続的な意味で。
ちっこい指でルシファーを示しながら、でっかい声で「絶対に言ってはならない事」を、平然と言ってのけるバルドル。と言うことで……早速、訂正します。バルちゃんの胡散臭さ、6割マシマシに跳ね上がりました。しかも、怖いもの知らずという、激ヤバいトッピング付き。
「……マモン様、私はこの場でどうすべきなのでしょうか?」
「……それは俺も知らん。何れにしても……ジャーノンも無関係には違いないよなぁ」
それこそ、俺以上にな。
「つー事で……お前さんはご隠居の様子でも、見に行ったらどうだろう?」
「それもそうですね……承知しました。でしたら、ご隠居の所に顔を出すついでに、お茶のご用意もして参ります。……皆様はこの屋敷の大切なゲストには違いありませんし」
ゲストには違いない……か。「大切な」を妙に強調したのを聞く限り、これは多分、母親失格者に対する彼なりの皮肉なんだろう。
そうして見た目も物騒な顔に、本格的に剣呑な表情を覗かせて、ジャーノンがあからさまにバビロンを睨むけれど……当のバビロンはやっぱり、息子さんに気づく様子もない。ここまでくると、ぶっちぎりで鈍感なのか、敢えて無視しているかのどちらかだと思うが……俺にはどちらなのかは今ひとつ、判断できない。
「ふむ。この意思表示はなかなかに興味深い。……しかし、どれ。分類は確かに機神族のようだな……」
そんな風に俺とジャーノンが隅っこで折り合いをつけている間も、バルドルサイドの話も進んでいる模様。意外にもルシファーは「おっかなさそう」と言われても、怒る事もなく冷静で大人な反応を示しているのも聞こえてくる。……おぉ、ルシファーも随分変わったみたいだな。いつかの時に、俺を玉座から引き剥がした傲慢さも抜けて……。
「……と、その前に。貴様、今のは私がどんな相手か知ってての狼藉か? 私はルシフェル。神界では天使長の座に君臨しておる! しっかりと敬意は払わんか!」
うん……抜けてなかった。ルシファーさん、傲慢なままっぽい。いや、お前さんが偉いのは知っているけど、生まれたての機神族相手に凄まなくてもいいだろうよ。バビロンさんのフォローを台無しにするなし。
「ご、ごめんなさい……。だって、バルちゃん……怖かったんだもん……」
「ハニー、落ち着いて。バルちゃんに悪気はないと思うし……おや? ……う、うん。悪気はないと……思う……」
これまた可愛げのある様子でプルプル震えて、瞳をうるうるさせるバルドルだけど。そんなバルドルを庇うつもりが……多分、ご自慢の嘘発見器が反応したんだろう。ベルゼブブがヒョコヒョコと触覚を気色悪く動かすと同時に、妙に気まずそうに言葉を詰まらせる。
……やっぱり胡散臭いな、この爬虫類。大胆不敵な上に、大法螺吹きときたもんだ。




