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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−35 恋は盲目ってよく言うし

 朝一番のルルシアナ別邸はとっても、騒がしい。いつもこうなのだろうかと、これまた早起きなジャーノンに聞いてみたところ……どうやら、特別なお客様がいらっしゃるとかで、今朝の騒がしさは平常運転ではないとのこと。しかも……。


「……原因はちゃっかり、ウチの嫁さんっぽいか……?」

「あぁ、お気になさらず。特別ゲストのご宿泊は、ご隠居も了承済みの事のようですし」


 当事者の嫁さんがグッスリ熟睡中だったもんだから、忙しそうなメイドさん達にも事情を聞けば。なんでも、こちらの豪邸には虚飾の真祖様も身を寄せているらしい。しかし、アケーディアとセットで彼女がいるのは、ある意味自然なわけで。……昨日は顔を合わせずにリルグに行ったりしたもんだから、今の今まで気づかなかっただけなんだよな。


(だけど……それって要するに、ジャーノンにしてみれば親子の再会……になるんだよな⁇)


 案内されてお邪魔した部屋には、遠慮がちにソファで縮こまっているバビロンさんに、竜族らしきお子様2人。……片方はどっかで見かけた気がしないでもないけど。どこで会ったか覚えていないし、向こうも俺の事は知らないっぽい。であれば、彼らに関しては初対面ってことで問題ないと思う。

 しかしながらここで問題なのは、ジャーノンの視線が気まずさマックスだって事……。

 いつかカーヴェラに呼び出された時、ジャーノンはバビロン自身の手で死にかけたらしい。それでもジャーノンが助かったのは、運良くザフィの手腕(要するに、回復魔法)が奮われたからであって、そんな通常ではあり得ないご縁がなければ……ジャーノンはとっくに、人間界からご縁切りされてたろう。


(ジャーノンがバビロンを恨むのも、当然……か)


 ジャーノン生存の奇跡には、バビロン側に母親らしい行動は一切ないし、むしろ原因を作った時点で、母親失格だとされても無理はない。それでもジャーノンが必要以上に彼女を詰らないでいるのは、純粋に彼が場を弁えられる奴だからであって、恨み辛みを忘れたわけではないと思う。


(しっかし……何が楽しくて、朝っぱらからあいつと顔を合わにゃならんのかなぁ……)


 俺がちょっとだけ切ない思いをしていると……いよいよメイドさんに案内されてやって来たのは、明らかなる顔見知り。ルシファーが顔を出したのも、想定外だが……選りに選って、ハエ男までくっ付いているなんて。


「おやおや、マモンも早起きじゃないのん。聞いてた話だと、お仕事に行ってたんでしょ? 無事で何よりだけど、朝から疲れた顔はやめときなって」

「……ウルセェよ。こちとら、寝不足も寝不足なんだ。頼むから、もうちょいテンションを下げてくれ」

「おやおや〜? もしかして、昨晩はリッテルちゃんとお楽しみな感じ? お楽しみな感じ?」

「……んな訳、あるか。消耗している上に、魔力の薄い人間界でやらかしたら、干からびちまうだろーが」

「あっ、それもそっか」


 大体さー……状況を考えてくれよ。お前はどうして、いつもいつもそんなに下品で元気なんだ? お子様達もいる前で、色っぽい話をするなし。

 ベルゼブブの装いは以前と違って控えめだが、気質自体は変わらないのか、悪戯好きなのも相変わらず。俺が冗談抜きで疲れていると知るや否や、心配すると見せかけて……途端に面白そうな顔をしやがった。


「ベルゼブブ、その位にしておけ。マモンはこちら側の仕事を手伝ってくれていたのだ。労うべき所を、更に疲れさせてどうする。それ以上のちょっかいは、私も許さんぞ」


 それでも、流石に天使長様は心得ていらっしゃる。この様子だと、リヴィエルから報告も入っているんだろう。「俺の活躍(苦笑)」もきちんと把握されているようで……しっかりと旦那を諌めては、迷惑な「ちょっかい」を止めてくださった。


「あっ、そうなるのん? それじゃ、しょうがないな。ベルちゃん、ハニーの言うことはちゃんと聞くよん。それに……」

「……ベルちゃん、久しぶりね」

「う〜ん……久しぶりって言うほど、久しぶりじゃないと思うけどん? まぁ……無事で何よりだよ、バビロンも」


 妙に自然な流れでバビロンの無事も喜ぶ、ベルゼブブ。でも、確か……バビロンは天使長様の監視下でリハビリ中だったんだっけ?


(……で、ベルゼブブが甲斐甲斐しく面倒を見ていた……と)


 だけど、そんな甘々な厚遇にあっても、バビロンはアケーディアが心配で魔界を飛び出したらしい。それは要するに(恋愛感情うんぬんはさて置き)、ベルゼブブよりもアケーディアを選んだってことになるだろうし、ベルゼブブ側からしたら、裏切り行為でしかない。それでも、何だかんだで嬉しそうなのを見る限り……ハエ男にしてみれば、バビロンの奔放さはワガママのうちに入らないんだろう。


(おぉ、おぉ。朝からお熱いこって。しかも、へぇ〜……ルシファーがあんな顔をするなんてなぁ)


 ベルゼブブはめげずに、根気強くバビロンを魔界に誘っている。普段のいい加減な感じを引っ込めて、真剣に「一緒に帰ろう」と説得しているのを見るに……相当の入れ上げ加減だろうと思う。だけど……それ、嫁さんの前でやっちゃダメだろ。ルシファーがもんの凄く怖い顔してるけど。


「それはそうと……ジャーノンはいいのか? このまま……」

「何がでしょうか、マモン様」

「……いや、何でもない」


 ヤッベェ。こっちはこっちで、めちゃくちゃ怖い顔してやがるし。俺としては、ママンと和解できないままでいいのか……って聞きたかったんだけど。多分、それはお節介な気がする。……この様子だと、ジャーノンは和解を望んでいなさそうだし、何より……。


(バビロンもジャーノンをチラッとも見やしねーし。……こいつはいよいよ、詰んでるな)


 どちらかと言うと、彼女はルシファーのご機嫌が気になって仕方ないんだろうな。息子がいるってのに、声1つ掛けられないほどに萎縮しているのか、どうでもいいと思っているのか。何れにしても……この調子じゃ、ジャーノン親子に和解の瞬間が訪れることはなさそうだ。


(それに……和解できたらできたで、辛いだけかもな)


 ジャーノンが悪魔なのは、半分だけ。勿論、人間よりは長生きかも知れないが、魔力だけで永遠に生きていく事はできない。どう頑張っても、ママの方が生き残っちまうし……下手な和解で愛着を拵えたら、バビロンにとっては新しい苦悩にさえなり得る。

 愛着があればあるだけ、残された方は辛い思いをする。それが、寿命の制限もなく永遠に続くとなれば、尚更だ。……だからこそ、悪魔は誰かを弄んでも、本気になる事は極力避ける傾向があるのだけど。


(……でも、恋は盲目ってよく言うし……。ベルゼブブのこれは、盲目のうちに入るのかもな……)


 悪魔の執着は欲望に直結する部分もあって、ヘルヘイムのブルーホールレベルに深い。この場合は互いに悪魔だから、寿命に関しては気にする必要はないけれど。でも、やっぱり嫁さんへの配慮は必要だと思うんだ。

 しかしながら……バビロンはベルゼブブのなりふり構わないご執心に首を縦に振る事なく、狼狽えるばかり。そうして、見事にベルゼブブの気持ちを踏み躙るご要望を言い出した。


「ごめんね、ベルちゃん。私、このまま魔界に帰っても、ダメなままだと思うの」

「ダメなまま? 別にいいんだよ、何もできなくたって。ダメなままでも、いいじゃない」

「ウゥン……良くないわ。私はきっと、ベルちゃんの気持ちに応えられない。それは、ベルちゃんがどうのではなくて……私自身の問題なのだけど。……私にはもう、感情を思い出す余力さえ……残っていないの」

「……そっか。それじゃ、仕方ないよね」


 あれ? 意外とあっさり引き下がるじゃん……と思ったけど、ベルゼブブも痛いほどに分かっているんだろう。バビロンには「そうなれる意思」がもう、残っていない事を。バビロンには感情を振り絞る余力さえない……それはある意味で、虚飾を突き詰めた結果でもあるだろう。自分を偽って、自分の感情さえも吟味せず。今の今まで、表面だけを整えて、ただただ流されてきた。しかも、ようやく自我を再起動して出した結論が「感情を思い出す余力がない」から「気持ちに応えられない」……か。なんだか、虚しい以上に悲しい。

 確かに、恋とやらは盲目なのかも知れない。だけど、盲目になれる程の激情を忘れた奴には、恋に溺れることも、身を焦す事も絶対にできない。ここまで枯れ果てた自我に、いくら愛を注いでも……もう、気持ちが芽吹くこともないんだろう。

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