20−33 前を向かなきゃ、何も始まらない
内容てんこ盛りの魔界ツアーから帰ってからというもの。夕飯の準備をしながら、今か今かと嫁さんやモフモフズのお帰りを待っていたのだけど。俺のご機嫌を一気に叩き落とすかのように、やや血色なく萎れた嫁さんが帰ってくる。しかも……何故か、コンタロー達も一緒。
あれ? 嫁さんは神界の会議に出席……じゃなかったっけ?
「な、なぁ……どうしたよ? 何かあったのか? と言うか、どうしてルシエルとコンタロー達が一緒に帰ってくるんだ⁇」
「……色々あってな。勿論、ハーヴェンにも相談したいことがが沢山あって……だけど……グスッ……!」
「えっ? お、おい! いきなり泣く奴があるかよ⁉︎ ほれ、とにかくリビングに移動! コンタロー達も夕飯、食うだろ?」
「えぇ、それは勿論、いただきたいのですけど……」
「旦那。それよりも、まずはマスターにお茶を出してあげてくれやせんかね?」
「あぃ。姐さんが泣くのも、無理ないでヤンす……。おいらも泣きそうでヤンすよ……」
「……本当に、何があったんだ?」
俺のエプロンに縋って泣きじゃくる嫁さんを、ヨシヨシとあやすように抱っこして。エントランスからリビングに向かう間に、モフモフズがそれとなーく、「今日の出来事」を教えてくれる。
それにしても、おぉう……ここに来て、更に複雑な諸事情を追加してくるか。今日って日はトコトン、俺の頭をパンクさせないと気が済まないらしい。
「……お前達サイドも、情報メガ盛りだったんだな……。それにしても……エルノアが竜女帝様になったか。それはとってもおめでたい事だと思うが……嫁さんの涙の原因はエルノアじゃなくて、長老様のお願いについて、か」
「あぃ……そういう事でヤンす」
「今のマスターには、長老様を思い留まらせる代替案がないとかで……」
何かを言い淀んで、チラリと遠慮がちにルシエルを見やる、小動物達。一方のルシエルはお茶で喉を温めれば、少しは落ち着くものがあるらしい。痛々しく腫れぼったい瞳を伏せながらも、さっきよりはマシな様子でポツリポツリと「これからの事」を話し始める。
「……明日はギノを迎えに行くことにしたんだ。こればかりは、約束した事だから……責任を持って、長老様のお願いを叶えなければならない」
「そか。俺も付いて行った方が良さそうか?」
「うん……そうしてくれると、嬉しい。勿論、私1人できちんと出来なければならない事なのだが……」
「何でもかんでも、1人で抱え込む必要はないさ。そういう事なら、明日はみんなで孤児院にお邪魔することにしような」
しっかりとお茶を口に含みながら、嫁さんがコクコクと頷く。一気に元気は出ないみたいだが、少しは気分も上向いたらしい。きっと、思いっきり泣いてスッキリした部分もあるのだろう。この様子であれば……うん、そろそろ大丈夫かな?
「さて……と。それじゃ、夕食にしましょうか? 今夜のメニューは鯛のアクアパッツァに、ジャガイモのチーズポタージュ。副菜はズッキーニとニンジンのラペを用意しました〜。なお、デザートはふわふわクリームのカンノーロとなっております。すぐに用意するから、ちょっと待っててな」
はい、ここで俺の特技・お料理でスマイル作戦を実行しちゃうぞ。
そうして炸裂させた必殺技とウィンクに、なんだかんだで腹ペコな嫁さんの頬にポッと赤味が差す。うんうん。モチモチほっぺはピンクの方が、可愛いな。
内容が内容だから、今すぐ元気を出せ……は、却って不謹慎だし、無理な気がするけれど。それでも……どんなに不恰好でも、きちんと前を向かなきゃ、何も始まらないと思うんだ。
***
「ねぇ、ハーヴェン。……起きてる?」
お食事を済ませて、お風呂タイムも堪能し。隣に転がる嫁さんのスベスベお肌にスキンシップをしていると。妙に眠れないらしい嫁さんが、遠慮がちに聞いてくる。
「うん、起きてる。どうした?」
まぁ、状況が状況だし、眠れないのも仕方ないと思う。その上、情報共有とばかりにダンタリオンの報告や、ヤジェフのことも話し込んだし。ヤジェフの境遇に関しては、ギノにはそれとなく伝えた方がいいだろう……という事になったのだけど。長老様の事も話さなければいけない以上、嫁さんが緊張で眠れないのも、無理はない。
(もぅ……ルシエルさんは本当に真面目なんだからぁ……)
ふっふっふ……そんな悩める天使様のお話相手になるのも、悪魔な旦那様のお役目なんだな。だから、ちゃんとお話聞いてあげちゃうぞ。
「いや……最近はきちんとお相手できなくて、ごめんなさい……」
しかし……どんな悩みが飛び出すのかなと身構えていた矢先に、予想斜め上言葉が飛び出して、拍子抜けしちまう。
えぇと、お相手……? もしかして、ルシエルさん……それって、夫婦生活のことを言ってる? まさか、頻度が減っている事を気にしてくれてたのか⁇
「それは別に必須ではないと言うか……そもそも、俺はそんなにガツガツしてません! 人をケダモノ扱いしないの!」
「で、でも……男の人はそれがないと、女に飽きるって書いてあったし……」
「飽きるって、何が、どう? そもそも……そんな知識、どこで仕入れてきた⁇」
「えぇと、確か……リッテルが人間界で買った本にそんなことが書いてあって」
「……一応、聞くけど。その本、カテゴリーは何だ? 恋愛小説とか?」
「古今東西のロマンス史……要するに、歴史の本だった。本によれば、昔から英雄は色を好むと言われているみたいでな。強い男を取り合って、女も争うものらしい。それで……色仕掛けも有効な手段って、書いてあって。だけど、私には……そういう魅力はないし……」
いやいやいや! ルシエルさん、それは違う。断じて違うぞ。選りに選って、そんなピンポイントでアンバランスな情報を鵜呑みにするなって! 俺にとって、嫁さんはいるだけでバッチリ魅力的!
「相手が王様だった場合は、そういう側面もあるのかもしれないけど。それ、明らかにスタンダードじゃないからな? 庶民は慎ましく、一夫一婦制が基本。一夫多妻を許されるのは、ごく一部の男だけだぞ」
「そ、そうなの⁉︎ 歴史書には男の失脚には、必ず女の陰謀が……って、書いてあったぞ⁉︎」
いや、だから……。それ、歴史書じゃないぞ。多分、正体はありふれた量産型ロマンスだと思う。
「もぅ、大丈夫だから。俺がルシエルに飽きるなんて、天地がひっくり返ろうともあり得ないし、変な心配はしないの。それでなくても、明日は大切な話があるんだ。……俺のことは気にせず、ゆっくり休めよ」
「……うん、色々とゴメンね。それで……いつもありがとう」
あぁ……今の俺、とっても幸せかも。こんなにも可愛いお口から、「ありがとう」をもらえちゃうなんて。
明日のことを考えると、ちょっぴり気は重いけど。こうして、大好きな嫁さんを抱っこして眠れるのなら。他の多くを望むつもりはありません。
(しかし、それはそうと……リッテルさんのトレンド感染力、恐るべし……だな、こりゃ)
他方で、今日は色々とリッテル教官の影響力をまざまざと思い知った気がする。ご紹介プランも美容体操(中身は筋トレ)に歴史書(中身は恋愛小説)と、多方面でマルチに活躍中みたいだが。……ただ、ご活躍の方向性がどうも微妙なんだよなぁ……。




