20−26 勘違い寄りの素敵な信念
「この感じは、もしかして……」
「ママ、どうしたです?」
「ふふ……パパは向こうでとっても、頑張っているわ。なんだか、すごい魔法を使ったみたい」
「パパ、頑張っているでしゅか?」
遠く離れたリルグでマモンが曲者を振るっている、その頃。リッテルはルルシアナ家本邸……ではなく、残りのメンバーを引き連れ、ホーテンの屋敷で優雅にお茶を嗜んでいた。ルルシアナ本邸はもはや、人の気1つない。家主に成り上がったヨフィはアケーディアと一緒に出かけているのだし、ルルシアナ家のマフィア達は残らず十六夜丸に食い尽くされた後。伽藍堂で大きなだけの屋敷は、ただただ不気味なだけである。
「ママ……パパ、大丈夫なのです?」
「心配ですよぅ……」
「えぇ、大丈夫よ。何せ、パパは最強の悪魔ですもの。それに……無理をしているようだったら、すぐに駆けつけちゃうんだから!」
それでもって、ギューっと抱きしめてあげるの……と、嬉しそうにリッテルが頬を染める。しかし、それなりにお仕事というものを忘れているわけでもないらしい。ふわふわした視線に少しだけ緊張感を取り戻しながら、目の前に座っているバビロンを見やる。
「ところで……どうして、あなたがこちらにいるのですか? 理由をお伺いしても?」
「えぇ、分かる範囲で答えるわ。だけど……ごめんなさいね。私、何をどこから話せばいいのか、分からないの。だから、そちらから聞きたい事を聞いてくれると助かるわ」
柔らかな見た目ながらも、リッテルが醸し出す光属性の威圧感に、バビロンの神経がキュッと縮む。天使を恐れなくていいのは、彼女達よりも強い悪魔だけ。それも、エレメントの優位性を覆す程に強力な、という但しを引っ提げられるトップレベルの悪魔達だけだ。
もちろん、バビロンも本気を出せば下級天使はおろか、上級天使さえをも素気無く降す実力は備えている。だが、今のバビロンには自分の意思で自由自在に「本気を出す」ことはできない。無理矢理、真価を発揮することもできるにはできるが……その場合は自分自身を捨てなければならず、ますます自分自身を見失ってしまう。
「あのぅ、お姉さん……別に、バビロン様は悪い人じゃないよ」
「そうだよ。悪いのはハインリヒ様だけであって、バビロン様は悪くない」
きっと、バビロンの不安を肌で感じたのだろう。子供ながらにバビロンに加勢しようと、母性を捨てたはずのバビロンに懐き、まるで身内を庇うかのようにロジェとタールカが口を挟む。怯えていながらも、明らかに敵意を感じる視線に……態度がトゲトゲしかったかしらと、リッテルは少しばかり反省していた。
「心配しなくても、大丈夫。別に、バビロン様に酷い事をする訳じゃないわ。ただ、バビロン様には是非に教えて欲しいことがあるの。とは言え……そうね。私が今ここでわざわざお伺いする必要はないかしら? お迎えをお願いしましたし……明日の朝には、こちらにお見えになる事でしょう」
「お迎え?」
「えぇ。先程、天使長様にバビロン様を“保護した”とお伝えしました。あぁ、誤解しないでいただきたいのですけど……ご心配なさらなくても、大丈夫ですよ。……ご事情はある程度はお伺いしております。きっと、バビロン様が無事で天使長もベルゼブブ様も、さぞ安心されることでしょう」
そうしてリッテルが優雅に紅茶で口を湿らせながら、艶やかでぷくりとした唇で笑みを作る。
「……何れにしても、ホーテン様。主人の帰りも遅くなりそうですし、誠に申し訳ないのですが……」
「あぁ、構わんよ? この屋敷は部屋だけは余っておるし、ワシも時間だけは余っておる。好きなだけ滞在するといいだろう。どれ……チネッテ! クレア!」
「お呼びですか、ご隠居様」
「うむ。今宵は無駄に余っている部屋を有効活用できそうだ。お客人を部屋へ案内してやってくれ」
もちろん、ホットチョコレートも頼む……と、ほんのりご機嫌なホーテンがキビキビとメイド達に指示を出せば。心得ていますと、2人のメイド達もキビキビとご隠居様の指示に従う。メイド達の穏やかな微笑みに、絆された訳ではないものの。今夜はきちんとした寝床で眠れそうだと、バビロン達も少しばかり安心した様子でメイド達に付いていく。
「さて……と。奥方にはワシの都合で寂しい思いをさせて、済まなんだ。そなたも今宵はゆっくりと休むといい。それにしても……マモン殿は大丈夫だろうか?」
「もちろん。それなりに魔法を使っているようですが……まだまだ、余裕みたい。ふふ。流石、私の自慢の旦那様です。こちらに心配させる要素を何1つ、伝えてこないなんて」
「そうか……。まぁ、ヴァンダートを滅ぼした悪魔ともなれば、どんな相手であろうとそうそう負けやしないということか。しかし……ワシはいつの間にか、何よりも恐ろしい相手とのコネクションを作ってしまったようだなぁ。マモン殿に任せておけば、ジャーノンも無事だろうか」
「えぇ。それは私がバッチリ、保証いたしますわ」
「そうか、そうか。であれば、無駄な心配はしないでおこう。それに……あれがワシを残して死ぬとも思えん。もしそんな事になったら、化けてでも出てこいと言わねばならんな」
ジャーノンに軽く発破を掛けた同じ口で、マモンを「恐ろしい」と言いつつも。相当に2人を信頼してもいるのか、ホーテンの表情はどこまでも穏やかだ。何故か膝の上で知れっと丸くなっているラズを撫でながら、目元と口元を緩めている。
「あぅぅ……でもぉ、やっぱりパパが心配ですよぅ」
しかしながら、撫でられるのは満更ではないようだが、当のラズはとっても不安そうだ。ウルウルと瞳を潤ませながら、グスグスと鼻を鳴らす。
「パパがいくら強いからって、変なヤツと一緒なのは、心配です!」
「アチシはとにかく、寂しいでしゅ……」
「パパ、大丈夫かなぁ……虐められていないです?」
そんなラズの調子に触発されたように、リッテルやホーテンの周りに転がっている小悪魔達も、次々に憂慮の声を上げ始める。そうして、彼らの口から飛び出したいかにもな愛着を聞き及んでは、リッテルは思わず可笑しそうにクスクスと肩を揺らす。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、みんな。パパは何があっても、私達の所に戻ってくるに決まっているじゃない。なんと言っても、パパは強欲の真祖様ですもの! お気に入りの家族を置いてけぼりにして、いなくなるなんて絶対にあり得ないわ」
「そうなのです?」
「ママ……それ、本当?」
「えぇ、本当よ。うふふ……グリにゃんは何だかんだで、寂しがり屋で甘えん坊ですもの。みんなと離れなくていいように、一生懸命頑張って……ちゃんと、帰ってきてくれるに違いないわ。それに、何があっても死なせやしない。そのために私がいるのですもの。旦那様のピンチには、すぐさま駆けつけちゃうんだから!」
もちろん、リッテルとて自分が駆け付けたところで出来る事は限られているのは、分かっている。彼女にできること言えば、一通りの回復魔法と普遍的な防御魔法くらいのもの。どれもこれも、天使の中では並の水準でしかないし、2翼の下級天使である以上、行使できる魔法にも限りがある。それでも……。
(ふふ……愛は無敵なの。だって、そうでしょう? あなたは……どんな事があっても、私との未来を望んでくれたもの。でしたら……私も一緒に生きていけるように、頑張らなくちゃ)
愛の力は無敵である。そんなちょっぴり勘違い寄りの素敵な信念があれば。2人で乗り越えられないことはないと、リッテルは本気で信じている。




