20−19 ここは仲良く、ご一緒に
「あのぅ、それは人違いかと……」
「意中の相手」……なんて爆弾発言が飛び出したもんだから、恐る恐る誤解を解こうと釈明するものの。嫁さんはおっかない顔してるし、ホーテンさんは面白そうな顔をしているし。その上、何故か見慣れちまったクソガキ共の微妙な視線がとっても痛い。
「いいえ! そんなはずはありませんわ! 黒髪に、紫色の瞳……そして、しなやかで美しい白肌の腕! 髪の毛はもっと長かったような気がしますが、きっと髪を切られたのですよね?」
予想外の窮地に俺がどう説明しようか思いあぐねていると、ヨフィさんがこれまた予想外のヒントを下さるが。……はい、確定ですね。髪が長いって時点で……多分、ヨフィさんの思い人はウチのクソ親父の方だろう。
「そうなると、やっぱ人違いだな。確かに、髪は切ったが。ヨフィさん……いや、あんたがヨフィエルだった時から、俺の髪は短かったぞ?」
「えっ……? ヨフィ……エル?」
「うん。あんたが天使だった時の名前だな、それ。で、さ。そこにいるアケーディア……あんたはハインリヒ、って呼んでいるんだっけ? まぁ、いい。とにかく、そっちの兄貴に紋章魔法で存在を引っぺがされて、幸か不幸か……何かしらの弾みで、中途半端に存在を吹き返したんだろう」
ここからは憶測の域を出ないがな。人の皮の下は、魔禍だろう事を考えても……クソ親父と「そういう事」をしていたから、ヨフィさんは微妙に助かっちまった。しかし、それを「運が良かった」で済ませるのはちょいと、残酷だ。
「嘘、でしょう? 私は……」
ですよね。ショックですよね。俺だって、自分が「存在を削除されて」挙句に化け物に仕立てられたなんて知らされたら、そこそこ落ち込むと思う。まぁ、それでもそれなりにやっていければ問題ないんだろうが……彼女の場合、親御さん(アケーディアのことです)にも問題アリだったせいで、とっても悪い子になっちまった。
……うん。子供の躾も、配下の躾も、とっても大事。
「なるほど、そういう事だったのですか。……いや、おかしいとは思ったのです。確かに僕は新型の魔禍を作り出そうと、リルグを実験場にして材料を合成したつもりでいましたが……ヨフィは紋章を刻んだ途端に、天使だった頃の自我をほんの僅かに吹き返しました。……そこには魔界由来の瘴気耐性があったからなんですね」
「あ、やっぱり? お前さんにとっても、予想外だったんだ?」
「えぇ。本来の魔禍は、食欲だけが取り柄の化け物ですから。ですが、僕はそんな魔禍に理性を乗せるにはどうすればいいか、実験していたのです。それで……」
と、アケーディアが言い淀んだところで、自分を睨みつけている老人の存在にも気づいたらしい。呆然自失としているヨフィを他所に……さっきまでの好奇心を引っ込めて、ホーテンさんがいよいよアケーディア相手に凄み始めた。
「貴様……今、リルグと言ったか?」
「確かに、言いましたね。リルグ、と。あそこには、ルルシアナが専売契約していたオトメキンモクセイの農家がありまして。実は少し前から、僕の方で制圧させてもらっていました。いやぁ、高山と言うのは本当にいいですよね。年がら年中寒々としているものですから、ちょっとした魔法道具を持ち込んでも気づかれませんし。って……どうされたのです?」
どうされたのです……じゃ、ないだろ。ここにいるホーテンさんは、そのルルシアナのドンだったお方なんだから。しかも、確か今……ルルシアナ代表で、ジャーノンがリルグに行っていたような……?
「……あのな、アケーディア。こちらはホーテン・ルルシアナって言って……」
「あぁ、あなたがカリホちゃんが手こずったという、大物貴族でしたか。……でしたら、申し訳ない事をしましたねぇ。リルグは既に、正常な町としては機能していません。……オトメキンモクセイの栽培をオートメーション化するために従業員は全て、有効活用させていただきましたが……ちょっとした、細工もしてありますし。ま、人としては生きてないでしょうね」
いや、だから……どうして、こいつは冷血なことを平気で言うんだろうな……。俺も見ず知らずの人間相手であれば、さして気にも留めないが。意外と「血の通っている」ホーテンさんにしてみれば、従業員とやらはタダの顔見知りでは済ませられないだろう。
「ほぅ? そうか、そうか……! では……今のリルグがどんな状況かくらい、白状せんか。それで、マモン殿。済まぬのだが……」
「ハイハイ、分かっておりますよ。……場合によっちゃ、すぐにリルグとやらに行った方が良さそうだな。つー事で……お前さんのお願いを聞く前に、こっちが先だ。チャチャっとリルグの状況と……仕込んでいる細工とやらがなんなのか、教えな」
ホーテンさんが凄むついでに、俺も乗っかって十六夜片手に凄んでみる。きっと、ガラリと空気が変わったことに、困惑しているのだろう。俺と同じ顔を途端に竦ませながら、アケーディアがおずおずと「真相」を話し始めるが……。
「……と、言う訳でして……」
「……と、言う訳でして……じゃ、ねーだろ! お前、何考えてんだ! オトメキンモクセイがどんな植物か知っててやってんだろうな、それッ⁉︎」
「あ、あなた……落ち着いて。オトメキンモクセイが危険なのは、もちろん分かっているけれど……だけど、そこまで怒る必要は……」
「もちろん、普通に青い花を咲かせている間は問題ないし、赤い花でもただの麻薬程度であれば……言い方は悪いが、凶暴な廃人が出来るだけで済む。だけどな……オトメキンモクセイは霊樹の落とし子なんだよ! 魔禍なんていう、訳の分かんない生き餌を与えらえれたら、どんな風に適応するか分かんねーだろうが!」
しかも、高山という環境を隠れ蓑にした、小細工……瘴気生成を補助する魔法道具のアシスト付き。意外と知られていない事だが、瘴気混じりの空気は普通の空気よりも温度が低い傾向がある。実は魔界がやったら寒いのは、魔力と一緒に瘴気濃度が高いせいだったりするんだな。何も、コキュートスの永久凍土のせいだけじゃない。
だが、濃度が低ければ体感温度に大した差はないし、耐性がない奴でもある程度の活動はできる。そして、瘴気内で活動する時間が短いのなら、まずまず被害もなしで済む。結局は瘴気も所詮、魔力の変わり種。気まぐれで流動的な性質は変わらないから、よっぽど継続的に浴び続けたり、体の調子が悪くなければ不調は表面化しない。
だが、高濃度の瘴気を浴び続けた場合、話は別だ。高濃度の瘴気内に長時間留まると、耐性のない奴は色んな病気に罹るものらしい。
そして……今のリルグは魔法道具の稼働時間が長かったおかげで、既に人間が住めない環境に成り果てているだろう、と言うのがアケーディアの「予想」になるそうな。
「……お前、なんでそんな状態で放っておいたんだよ」
「これで、多忙な身でしてね。そもそも、他の研究に充てる時間を捻出するために、リルグのオトメ栽培を自動化したのですし。継続的に赤い花を咲かせるには、自動給餌と栽培ノウハウとを維持する必要があったのです。ですから実験も兼ねて、農家の方々を土台に新型魔禍の作成に着手していたのですよ」
こいつ……冗談抜きで悪魔だな。いや、たった1人の姫様のためにヴァンダートを滅ぼした俺が言えた事じゃないけど。自分の研究のために、町1つを滅ぼしたとなると……これはこれで、立派に悪魔していやがるな。
「とにかく、だ。リッテル、俺は今からリルグに行ってくる。で……今度ばかりは、ホーテンさんと一緒に大人しく待ってろ」
「分かりました。……えぇ、そうね。今回は大人しく待っています。大丈夫ですよ、ホーテン様。主人に任せておけば、ジャーノンさんの無事は保証されたも同然です! なんと言っても……安心と実績のデストロイですもの!」
「あ、あぁ……そうだな。安心と実績のデストロイ……だったな。すまぬ、マモン殿。……この通りだ。ジャーノンを……ジャーノンを頼む……!」
そこで意味不明な標語、引っ張り出さないでくれるかな。最強の警備員がお届けするにしては、物騒すぎるにも程があるだろ。ま、それはともかくとして……ホーテンさんに頭まで下げられたら、乗るしかないな。えぇ、えぇ。そりゃぁ、もう。ここまで乗りかかったら、泥舟だろうが、ボロ舟だろうが……きっちり同舟して、責任取らせにゃならん。
「……ほれ、なーにをボサッとしてんだ。お前も一緒だ、アケーディア。それとヨフィさんも念の為、一緒に来てくれるか。……場合によっちゃ、あんたの力が必要になるかも知れない」
「私の……力?」
「うん。直接そっちのお姿を拝んでいるワケじゃないから、何とも言えんが。……目には目を、魔禍には魔禍を……ってトコだな。きっとその様子だと……向こう側の本領も発揮できるんだろ?」
「……承知しました。そうですね。この際ですから、あなた様に鞍替えするのもいいかも知れません。あなた様と道中をご一緒できるなんて、楽しみです」
「……言っとくが、俺はつまみ食いなんて、お行儀の悪い真似はしないぞ。これで、嫁さん一筋なもんでな」
「まぁ! うふふ……グリちゃんったら」
だって、そうでも言っておかないと、お前……絶対に付いてくるだろうが。しかも、この状況でこれ見よがしに嬉しそうにするなし。照れるだろ。
「あら、残念ですこと……でしたら、仕方ありませんわね。……ここはハインリヒ様で我慢します」
「……なんて、屈辱的な扱いなんでしょうね、それは。しかし……分かりましたよ、分かりました。僕だって命は惜しい。……ここで逆らって、斬り伏せられるのも面白くない」
ハイハイ、お2人共いい子でござんすね。ここは仲良く、ご一緒に……リルグヘ楽しくも何ともない、オトメ退治に参りましょうか。




