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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第20章】霊樹の思惑
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20−13 長老としての本分

「……と、いう訳なんじゃ。頼めるかの、ルシエル様」

「頼めるも、何も……その後、長老様はどうなるのですか? ギノを連れてくるのは、もちろん構いませんが……」


 ゲルニカに連れ添われて、やってきたのは……いつかの緑深い、霊樹・ドラグニールの懐。前回とは異なり、腰痛も克服した長老様の元気な姿に安心したまでは良かったのだが。その後に続く「お願い」に、私は返事をしあぐねている。

 長老様の「ギノを連れてきて欲しい」というお願いは、エレメントマスターの後継者として役を引き継ぎたい、ということではあるらしい。だが、ギノに役を引き継ぐという決断を引き出した、長老様の覚悟があまりに重すぎて……私はどう答えて良いのか、分からなかった。


「誠に申し訳ございません、長老様。私達の力が及ばないばかりに、長老様にそのような決断をさせることになるなんて……」


 これは明らかに、神界側の対応が遅かったせいだろう。ユグドラシルは少しずつとは言え、回復に向かっているが、まだまだドラグニールという強力な霊樹を受け入れる体制を整えられずにいる。そのために使者を擁立しようとも、女神の覚醒には程遠い。


「なぁに、これはルシエル様のせいでも、天使様方のせいでもない。いずれ、こうなるのも分かっていたことじゃ。そもそも、ワシは既に十分に生き過ぎた。本当であれば、とっくに次世代に役目と命とを繋いでいなければならないのを……ワシ自身の過ちと都合とで、それらを先延ばしにしてきたに過ぎん」

「しかし……!」


 長老様に「自己犠牲」を思い留まらせようにも、代替案をすぐに用意できない自分が不甲斐ない。

 彼の説明によると、ルートエレメントアップの真意……つまり、「本当の意味での紲」となるために、ルートエレメントアップでドラグニールと融合し、長老様自身を繋ぎとすることでユグドラシルを全快へ押し上げようという事らしい。だが、ルートエレメントアップは術者を犠牲にすることを前提とする魔法だ。そんな魔法を使う覚悟をするという事は……死を覚悟することに他ならない。


「本当に、申し訳ございません……! 私達が至らぬばかりに……」

「マスター。どうか、堪えていただけませんか。無論、ルートエレメントアップを使わずに済むのなら、それに越したことはありません。ですが、考えれば考える程……長老様の秘術に縋るしか世界を救う手立てはないというのが、竜族全体で至った結論なのです。……考えてもみて下さい。ローレライを正常化するのも必須ですが、ユグドラシルを立て直すのも急務です。このままローレライを鎮圧できても、ユグドラシルが回復する確証はまだないのです。それ程までに、ユグドラシルは弱体化しています。そして……ギルテンスターン様がルートエレメントアップを発動した今となっては、同じ魔法を使わなければならない対象は1つではなく、2つに増えてしまいました。ですから……せめて、可能性がある方へ賭けようというのが、私達竜族の総意でもあるのです」


 きっと、ゲルニカも「その決断」を受け入れるのに、相当に苦悩したのだろう。情けなく涙を流す私の背を摩ってくれつつも……ゲルニカの方こそ、今にも泣きそうな顔をしているじゃないか。 


「そう、か。ルシエル様はワシらのために涙を流してくださるのじゃな。……エルノアが出会った天使様が、ルシエル様で本当によかったの。きっと……あの子がルシエル様と出会わなかったら、ワシらはずっとずっと世界の窮状を見て見ぬフリのままじゃったろう。そして、世界もろとも真綿で締められるように……朽ちていくより、他になかったじゃろうて」


 覚悟を拾い直した事は、誇りを取り戻した証拠でもある。

 そう、長老様は言葉を結んでは……最後に柔らかく微笑む。


「ユグドラシルがここまで追い詰められるまでに、ワシらは何も気づけなかった……いや、気付こうともせんかった。きっと……あの魔法書がなくとも、我らは天使様に乞われるまで、我関せずを貫いておったじゃろ。ほんに……世界の守護と魔力の調律を本分とすると豪語しておった竜族が、情けない限りじゃ。じゃから、生き恥を晒してきおったワシが代表して、竜族の過ちを精算する事にしたんじゃよ。新しい世代のために、養分となること。新しい世代に、潔く世界を明け渡すこと。……これこそが、長老としての本分でもあるじゃろう。じゃから、お願いじゃ。次世代の可能性……エレメントマスターの候補として、ギノ君をここに連れてきてくれんかの?」

「……承知、しました……。事情の説明も込みで、私が責任を持って連れて参ります」

「すまぬの、ルシエル様。本当はあの子もこちら側にいなければならないというのに……面倒なことを押し付けてしまって。……しかし、ゲルニカ。そもそも、ギノ君がこっちにないのは、避難のためじゃったんだって? おヌシはもうちょい、強気に出ちゃっても良いじゃろうに。このままじゃ、テュカチアちゃんやエルノアちゃんに圧されっぱなしで、へなちょこの汚名も返上できぬぞ? こんな調子じゃ……ワシ、心配で天寿を全うできないじゃないの」

「えぇ、本当にすみません……。私も善処いたします……」


 最後の最後にゲルニカの「へなちょこ加減」を詰っては、長老様がいつも通りに笑ってみせる。本当に嬉しそうに、本当に朗らかに。だけど、長老様の瞳の奥に宿る確かな覚悟を感じては……私は涙を渇かせないでいる。いくら、彼の自己犠牲は竜族が決断したことだと、言われようとも。……寂しいものは寂しいし、悲しいものは悲しい。

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