20−5 ほぼ100%で顔見知り
どうしよう、いや……本当にどうしようかな、これは。
目の前で息を荒げて、頭を抱えているキュクロプスが苦し紛れに名乗ったものの。……彼の名前に、有り余る心当たりがあり過ぎて、何をどこまで話してやっていいのか分からない。
(……まさか、彼とこんな所で再会する事になるんて……)
キュクロプスはハッキリ「ヤジェフ」と名乗った。もちろん、俺の知っている「ヤジェフ」とは別の奴だという可能性もゼロじゃないが。……俺の名前に対する反応を見る限り、彼はほぼ100%で顔見知りの「ヤジェフ」だろう。
「す、すいやせん……突然、頭が……」
「……無理はするな。きっと、お前の記憶が反応しているんだ。悪魔ってのは、辛い記憶を封印されて闇堕ちするもんなんだけど……記憶は封印されているだけで、失っている訳じゃない。だが、悪魔にとって辛い記憶はいらないモノ扱いになるらしくてな。それを無理に思い出そうとすると、頭が痛む仕組みになっている」
「そう、だったのですね……」
多分、こいつは悪魔になってから本当に日が浅いんだろうな。コーデリア込みで考えると、意外と面倒見のいいベルフェゴールが「悪魔の存在」について説明していないとも、思えない。おそらく、まだ説明する機会がなくて、そのままになっているだけだろう。
(それが、俺と意図せず再会しちまった……と)
それでなくても、悪魔の記憶はとっても繊細な問題だ。例え親の悪魔と言えども、ホイホイと踏み込んでいい部分でもない。無駄な説明をして、却って苦しませないのも、親玉の配慮というものだろう。
(ここはとにかく、キュクロプスのお使いを見届けて、お見送りするのがいいだろうか。あ、違うな。……折角だから、お届けはお兄さん達に任せるか)
騒ぎ疲れたのか、今度はウルウルし始めたお嬢さんを羽交い締めにしながら、ニヤニヤしているインキュバス達。無事に獲物を確保できて上機嫌らしい彼らに、ついでにキュクロプスの荷物を預かるようお願いしてみる。
「悪いんだけど、ヤジェフのお届け物をアスモデウスに渡してもらうことって、できるか?」
「あっ、いいっすよ。と言うよりも……」
「アスモデウス様、きっと喜ぶよな。だったら、俺っち達が責任を持って、届けてやるよ」
「多分、ベルフェゴール様に頼んでたってなると……中身はアクセサリーだよな?」
悩み多きキュクロプスの代わりに、交渉をしてみれば。健気にも「アスモデウス様の笑顔が見たい」と、デリバリーにも快く応じてくれるインキュバスの皆さん。アスモデウスのご機嫌の良し悪しがモロに影響するとあって、彼らも必死な部分があるのかも知れない。……この様子であれば、品物をちょろまかしたりもしなさそうだ。
「しかし、中身はアクセサリー……なのか? ベルフェゴールが? アクセサリー作り?」
「なんだ、知らないのか? ベルフェゴール様はいっちゃん手先が器用だって、有名な話なんだぞ?」
「いや、それは知ってるよ。ただ、俺としてはあのベルフェゴールにアクセサリーを作るセンスがあるのかが、疑問だっただけで」
「なーに、言ってんだよ。ベルフェゴール様の近くには、コーデリアがいるじゃん。デザインはコーデリアがやってるらしいぞ」
「あっ、なるほど。……そういう事か」
謎は解けた……じゃなくて、な。アクセサリー作りは「夫婦共同作業」なのだと理解して、ちょっとほっこりする。
「そういう事だから、ヤジェフ。お届け物はお兄さん達にお願いして……怠惰の領域に帰ろうな。見送るよ」
「すいやせん、ハーヴェンさん。ちょいと、しばらくズキズキしてそうですし……そうしてくれると、ありがたいです」
「うん。それじゃ、行こうか」
やっぱり腰が低過ぎるヤジェフを預かり、インキュバスの皆様に後はよろしくと、お嬢さんを押し付けてみるものの。当のお嬢さんは最後の悪あがきとばかりに、またまた大声で喚き始めた。
「ちょっと、待ちなさいよぉ! 私はどうなるのよッ⁉︎」
「う〜ん、どうなるのかは俺には分からないけれど。魔界まで堕ちてくるような悪さをしたんだし……ちゃんと、お仕置きコースを堪能してくれると、嬉しいな」
「何よ、それ! お仕置きって……冗談じゃないわ! ついでに助けて行きなさいよ!」
いや、「何よ、それ!」はこっちのセリフだと思うな……。ついでに悪人助けなんて、冗談じゃないぞ? それでなくても、今の俺は聴覚が格段に良くなっているもんだから、これ以上の大音量はキツい。無遠慮にギャンギャン喚かれるのは、ヤジェフとは別の理由で頭に響く。そうだな……ここは助けないにしても、夢の中へお誘いした方が良さそうだ。
「へいへい……それじゃ、ちょっと素敵な魔法を見せてあげようかな。怠惰を誘え、微睡みを呼べ。我は望む、汝らの揺りかごとならん事を……スリーピングミスト!」
「ほ、ほにゃぁ……?」
ピンポイントに的を絞って、コンパクトに睡眠魔法を発動してみれば。いかにも情けない声を出して、崩れ落ちるお嬢さん。悪魔には多少の状態異常への耐性はあるため、インキュバスの皆さんを避ける必要はなかったのかも知れないが……無駄な敵対関係を作らないためにも、こちらには戦意がないことも示してみせる。
「なーんて、無防備でチョロい寝顔なんだろ」
「こいつ、黙ってればマジで可愛いな。……このまま悪戯したくなっちゃうぜ」
「それはやめとこうな? 最近は天使様の目もあるし、あまり刺激的なことはしないでくれよ。お外ではっちゃけるのは、程々にしておこう?」
このまま去るのが、不安になってきたが。兎にも角にも、お嬢さんの処遇はプロにお任せして、俺はお使いを済ませてしまおう。
「……お待たせ。行こうか、ヤジェフ」
「へ、へい。しかし……ハーヴェンさんはいいんですかい?」
「うん? 何が?」
「いや……あっしなんかに、構っていられるほど、お暇じゃないでしょうに……」
「ま、これも何かの縁だろう。それに、行き先の方角自体は合ってるし」
俺の目的地は強欲の領域……ベルフェゴールの所轄地でもある、永久凍土の崖下地帯。怠惰の領域へ出向いた後は、ちょっと引き返すだけで済む場所だし、寄り道自体はそこまで負担にはならない。
(しかし……魔界の事を話すにしても、俺がどうすればいいのかは分からないまんま……だよなぁ)
生前のヤジェフとギノに再会の瞬間があったのかは、俺には知る術もない。だが、こうして上級悪魔になっている時点で、ヤジェフは相当の未練を抱えて死んだことだけは間違いないだろう。……何が引っかかって怠惰の悪魔になったのかは、分からないけれど。ヤジェフの未練はきっと、ギノ絡みに違いないと考えれば、考える程。……下手に顔見知りな分、余計に辛い。




