19−49 きめ細やかな配慮
(あぁ〜……もう1度、来ちゃったなぁ。ナーシャに……。しかし、アイタタタ……腰が痛い……!)
列車に揺られること、一晩と4時間ちょっと。旅慣れしているジャーノンによれば、リルグを含む、ナーシャへの旅行はちょっとしたコツがあるのだという。それが……。
「だから、言ったでしょうに。……列車の中でも、適度にストレッチをしておかないと、後で苦労しますよって」
「……は、はい……今となっては、そうしておいた方が良かったと、痛感してます……」
意地を張って、ジャーノンの助言に従わなかったことが、ひたすら悔やまれる。一方でリヴィエルは素直にジャーノン直伝のストレッチと軽い体操で、腰痛の苦悩も鮮やかに回避した様子。心配そうにセバスチャンを見つめては、優しく声をかけてくれる。
(これはこれで、悪くないけど……。ぼかぁ、本当にバカだった……)
別の意味で、デレデレと情けなく表情を緩ませて。リヴィエルの優しさに、ここは満足しなければと割り切る。しかし……こっそりと目論んでいたアテと予想が外れたことに、セバスチャンは落胆していた。
「ごめんなさい、セバスチャン。いくら回復魔法でも、腰痛は治せなくて……」
「あはは……そうなんだ。いや、これは僕がいけないよね。……勝手に、回復魔法があれば平気だと思っていたのが、1番悪いし……」
リヴィエルによれば、回復魔法は傷を癒すための魔法であって、疲労を取り除く魔法ではないらしい。病気(主にステータス異常、というヤツである)に効く、治癒魔法もあるにはあるが。セバスチャンの腰痛は病気ではなく、ただの筋疲労である。要するに、「ご忠告通りに」適度に運動すれば良かっただけの話だ。
「それはともかく……この宿で知り合いが働いているようでして。今回はこちらにお邪魔しようかと」
「あっ……ここは、もしかして……」
ナーシャ駅前から伸びる、申し訳程度の大通り。大都市・カーヴェラとは比較するのも残酷なくらいに、ナーシャは完璧に寂れた町である。いわゆる観光地でもないため、店の数も、宿の数も限られる。そして、ジャーノンがお邪魔しようと言い出したのは……セバスチャンが人間として最期の日を過ごした、因縁有り余るあの宿だった。
「すみません、2部屋お願いしたいのですが……空いてますか?」
「いらっしゃいませ……って! ジャーノンじゃないの! 部屋? 今なら選び放題だし、大丈夫よ」
「あぁ、お久しぶりですシャーリー様。お元気そうで、何よりです」
「元気なものですか! こっちはメチャクチャさっむい冬を乗り越えたばっかなの!」
ジャーノンが受付らしき場所で、部屋の空き具合を聞いてみれば。これまた、セバスチャンとしては見たことのある中年と思しき女性が応じてくれる。彼らの様子からするに、道中の話にもあったジャーノンの知り合いというのは、シャーリーと呼ばれている彼女のようだ。
「それはそれは、失礼しました。でしたら、こちらは越冬の記念にでも、是非に皆様でご賞味ください」
「ふ、ふん……! 気が利くじゃないの、相変わらず。……ルムトプフ、か。季節外れだけど、悪くないわね」
ルムトプフ、季節のフルーツのラム酒漬け。本来は、聖夜祭のホリデーシーズンに合わせて食される果実酒である。しかし季節外れとは言え、ジャーノンが土産にと持ち込んだのは、それなりの高級品。瓶まで少しばかり凝ったデザインを施されており、琥珀色にゆらゆらと浮かぶフレグラント・ペア(梨)の様子からしても、香りも抜群に違いない。
「ま、いいわ。必要なのは、2部屋だったわね。……あら? そちらのお兄さん、もしかして……去年、やってきた方かしら? 確か、売れっ子作家さんだったわよね」
ジャーノンの手土産に気を良くしたのだろう。すんなりと部屋を用意しますと、シャーリーが案内をしてくれようとするが。顔馴染みの「連れ」に更なる知り合いの顔を見つけては、驚いた様子を見せる。
「あっ、去年もお世話になりましたね。あはは……今回も取材でやって来たんですけど」
「そうだったの。教会の方達からはベランダから転げ落ちたって、聞いてたけど……無事だったのね。何よりだわ」
「……」
幽霊じゃないわよね? ……と、シャーリーが疑り深い目を向けてくるものの。彼女も必要以上にお客様の事情を追及するつもりもないらしい。さっさと仕事を済ませてしまいましょうと、3人を「この宿でオススメ」な3階へと通してくれる。
(無事どころか、僕は死んでるんだよなぁ……アハハ。そう。僕……ベランダから落ちた事になってるんだ)
シャーリーが何気なく溢した世間話に、複雑な気分にさせられるセバスチャン。
本当のところは幽霊どころか、悪魔なんです……実は殺されたんですと、言えるはずもなし。どうやら、自分はベランダから放り投げられた「被害者」ではなく、ただただベランダから滑落した「間抜け」で処理されていたみたいだ……と、悔しさと同時に、呆れてしまう。
「さ、どうぞ。ここの2部屋を使うといいわ。鍵はコレね」
「ありがとうございます。では……はい、セバスチャン殿。こちらの部屋はお2人で使ってください」
「えっ?」
2部屋と聞かされて、てっきりジャーノンと相部屋だとばかり思っていたセバスチャンにとって、彼の提案はまさに天啓である。これは要するに、2人であんな事や、こんな事を語らって……。
「……むほッ⁉︎」
「セ、セバスチャン⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「あらあら。まだまだこんなに寒いのに……逆上せちゃったのかしら?」
「そんなところでしょうね。しかし……ハハ、ちょっと思い切りすぎたかな?」
ジャーノンとしては純粋に、セバスチャンの恋路を邪魔するつもりはないという、意思表示のつもりだったが。哀れ、ポンコツ悪魔第2号さんには刺激が強すぎたのだろう。セバスチャンがキューパタンと、鼻血を吹き出し倒れる。
「よっこらせ……っと」
「すみません、ジャーノンさん……」
「大丈夫ですよ、リヴィア。しかし……セバスチャン殿、意外と軽いですね」
きちんと食べているんでしょうか……と易々とセバスチャンを抱えながら、ジャーノンが訝しげに首を傾げる。しかし、さっきの悪戯を忘れるつもりもないらしい。当然のように「お2人で使ってください」と示した部屋へセバスチャンを運び込むと、リヴィエルにウィンクをして見せる。……どうやら、介抱はお願いしますという合図みたいだ。
「さて……と。セバスチャン殿が目覚めたら、明朝の段取りを決めましょう。それまで……ふむ、私は食料の調達にでも行って来ますか」
「あら。食堂くらいあるわよ、この宿にも。しかも料理は何気に美味しいもんだから、宿泊客はいなくても、そっちは盛況も盛況。……そんなんだから、わざわざ3階を用意してあげたのに」
「……そうでした。1階が食堂で騒がしくなるので、とばっちりを受ける2階は避けてくださったんですね」
「そんなとこね」
ジャーノン相手にさえも、抜かりなく対応をしながら……最後には「ごゆっくり」と、宿の従業員らしい一言を添えて1階へ戻っていくシャーリー。そんな彼女の背中を見送りながら……かつてのお嬢様は、ここでの生活にもしっかり馴染んだらしいと、ジャーノンは安心してしまう。
もちろん、今回の目的はリルグの視察……それこそ、お嬢様が手紙で異変を知らせてくれていた……を確認する事が大部分を占める。しかし一方で、ジャーノンはもう片方の報告に関しては、ご隠居に喜んでもらえそうだと胸を撫で下ろしていた。
(……ご隠居。あなたのご息女はしっかりと、ナーシャに根付いていますよ。真っ当に働いて、誰かを気遣われるようになり……きちんと生きておいでです)
それこそ、2階では騒音でゆっくり休めないだろうと、3階を勧めてくれるくらいに。以前の「お嬢様」だったら、きっと他人にそこまでのきめ細やかな配慮を見せるなんて……絶対になかったに違いない。




