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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−40 思い通りにならない僕達

 神父様は今頃……どうしているのだろう?

 遠慮がちに差し込む、柔らかな朝日に照らされて。僕は、神父様が使っていた部屋のベッドで目を覚ます。アーニャさんによれば、ここは病院だった時の宿直室らしい。他にもきちんとした部屋が空いているから、そっちを使いなさい……なんて、アーニャさんは言ってもくれたけど。神父様の帰りを待つのであれば、彼が使っていた部屋で寝起きをしていた方がいい気がして。こうして、ぼんやりとカーテン越しの空を見上げては……神父様の今を思って、ため息を吐く。


(神父様……僕達のことも、嫌いになっちゃったんだろうか……)


 ウリエルさんから聞かされた、神父様の深い深い闇。だけど……その気持ちは神父様だけじゃなくて、生きていれば誰だって、抱えざるを得ないものだとも思う。

 ……思い通りにならないこと、思い通りにならない相手。生きていれば誰だって、1度や2度は思い通りにならないことに悩んだりする。いや、寧ろ……世の中は思い通りになることの方が、少ないかもしれない。だけど……神父様はその「思い通りにならない」に対して、仕返しをすることにしたらしい。もしかしたら嫌われていたかもしれない、思い通りにならない僕達も含めて……この世界に怒って、この世界を恨んでいる。


「ウゥン……今はそんな事を考えている場合じゃないや。とにかく、起きなくちゃ……」


 どんな事実がそこにあったとしても、神父様が僕を助けてくれたことに変わりはない。だから、僕はちゃんと神父様が帰ってきてくれるように、できる事をしなければ。決意も新たに顔を洗って着替えると、きちんとやる気が湧いてくるから不思議だ。そうして、お水を飲もうとふと机の上に目をやれば。昨晩に何気なく置いた、青い種が詰まった小瓶と目が合う。


「そう言えば、種まきは春だって……マモン様の説明書に書いてあったような……?」


 朧げな記憶をきちんと確かめようと、ちょっぴり緊張しながら「僕専用の呪文」を唱える。

 脱皮を達成してから、僕も自分専用の空間を持てるようになったけれど。なんだか、「僕専用の空間」がある事にぎこちなくて、まだまだ慣れない。それでも、自然と知っていた呪文を唱えれば……預けていたものを呼び出せて、ちょっとだけ自信も取り戻す。


「……やっぱり、春って書いてある。だったら……そうだ! ここのお庭にも、埋めてみようかな……」


 呼び出した手書きの説明書をなぞりながら、種まきの時期を再確認する。“種まきは春”。その文字に、今の孤児院に思い出の花を植えるのが、とっても名案な気がして。そうと決まれば、グズグズなんてしていられないと……僕は部屋を飛び出した。


(オトメキンモクセイは神父様も覚えていた花だもの。きっと……)


 僕達の事を嫌いだったとしても、同じお花を見つめたことは「楽しい記憶」として思い出してくれるに違いない。だって、神父様も言っていたじゃないか。オトメキンモクセイは「とてもいい香りだった」って。もし、オトメキンモクセイに嫌な思い出があったのなら……いい香りだなんて、絶対に言わないと思う。


「早速、アーニャさん達にも相談してみよう。みんなで……お花を育ててみたい、って」


 そして……あぁ、そうだ。しばらくこっちにいるのなら、荷物とゲッコウダケもきちんと持って来よう。成り行きで孤児院に住むことになったから……図鑑も置きっぱなしだったし、今日は一旦、向こうに帰ろうかな。


***

 何かが、おかしい。グラディウス侵攻を再開したハインリヒ一行の先頭を依然、嬉々としてプランシーが進むが。歩いても歩いても……目的の場所に辿り着ける気配もなければ、霊樹が不気味に脈打つ一定リズムの環境音に、不安ばかりが煽られる。しかも先程から、右手の人差し指が妙に熱いことに……プランシーは焦っていた。


「……⁉︎」

「どうしたの、神父様」

「私の“生身ではない部分”が、何かに反応しているようです。指が……異様に、熱い……!」


 そこまで呟いて、堪らず右人差し指を「外す」プランシー。しかして、彼にさも憎たらしいと放り出された指は、床に叩きつけられた後、苦しそうにのたうち始めた。


「ゔっ……なに、あれ……?」

「ちょっと、気持ち悪いかも……!」


 まるで単独で生きているかのような反応を示す指に……仕方なしに同行していたロジェとタールカがまず、素直な感想を漏らす。黒い色も相まって、プランシーの義指はあからさまに不気味だった。そうして、しばらく身悶えしていたかと思うと……更に悪い事に、今度は器用にムカデのような足を生やすではないか。……指に足が生えるなんて。虫のような形態に変化したそれはあまりに醜く、見える者に生理的な嫌悪感を植え付けるのにも、十分すぎる程に気色悪い。しかも……。


「う、うわぁ! アレ、こっちに来るよ⁉︎」

「ちょ、ちょっと! こっちに来ないで!」

「落ち着いて、2人とも……って、いやっ! 私も無理かも……!」


 子供達2人と、彼らにも優しさを見せていたバビロンが一緒になって、こちらに突進してくる「指虫」1匹に慌てふためく。


「3人とも落ち着きなさい……全く、こんな虫ケラ相手に情けない……」


 そんな3名様を冷ややかに見つめるのは、魔力も態度の大きさも取り戻したハインリヒ。尚も冷静さを見せつけるように、カサコソと床を這い回る指虫を一思いに踏みつけるが……。


「……おや? 意外と硬いですね、これ。プランシー……この指は一体、何でできているのですか?」

「それは私にも分かりかねます。この指を寄越したのは、暴食の真祖だったのですが……素材の説明までは、なかったようです」

「ふぅ〜ん、そう。暴食の真祖と言えば……ベルゼブブでしょうかね。だとすると……これ、結構厄介な魔法道具だったりします?」


 足裏でモゾモゾと抵抗する指虫に蔑むような視線をくれてやりながら、ハインリヒが不愉快だとばかりに鼻を鳴らす。魔界を早々に飛び出したハインリヒには、ベルゼブブが魔法道具作成のスペシャリストであることは、知り得ぬことではあるが。ベルゼブブが大物悪魔である以上、ある程度の道具は作り出せることくらいは、容易く予想もできる。

 それでなくても、ベルゼブブが作った魔法道具は揃いも揃って、痒い所に手が届く厄介な代物ばかり。しかも、ここぞとばかりに悪趣味を振りまく茶目っ気も忘れない。


「あっ! この虫ケラが! 逃げようたって、そうはいきま……えっ? と、飛んだ……?」


 身を捩らせて、ハインリヒの足裏から脱出した指虫はいよいよ、気色悪い茶色の薄羽をはためかせ「ブゥ〜ン」といかにもな効果音と一緒に飛び回る。黒光りする本体に、気色悪い茶色の羽ともなれば。ここまで見る者の潜在的な嫌悪感を引き出す生き物は、そうそういないだろう。そうして……。


「……! こ、こら、離れないか、この……!」

「……神父様、よくそれを鷲掴みにできるわね……」

「バビロン様、今はそんな事を言っている場合ではありません! こ、この……あっ⁉︎」


 選りに選って、貴重な宝石にくっついた不浄の羽虫を引き剥がそうと……躊躇もなく、プランシーが左肩に手をやるが。まるでこいつは自分のものだと言わんばかりに、聞き分けのない羽虫が魔界産の宝石・ヨルムアイに齧り付く。しかし、そんな貪欲な食いしん坊を狙う、更なる食いしん坊がもう1匹。ニョロリとバビロンの襟元から顔を出したと思ったら、あろう事か「ヘビさん」がパクリと宝石ごと羽虫を丸呑みにし始めた。

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