19−23 有り難み溢れるお言葉
「さて……と。一応、確認だけど。こいつが何をしたか……ルシエルちゃん、興味ある?」
「……いいえ。正直なところ、ここまで失礼な奴には興味もないですね。移動中に助けてと言われ、仕方なしに連れて参りましたが。最初から、積極的に助ける気はないと明言もしていますし。魔界における悪魔達の活動を邪魔する程、無粋でもありません」
「そーか、そーか。……悪魔にも寛大なご理解をいただけて、何よりだよ」
大天使様の有り難み溢れるお言葉に、随分と悪魔に対しては甘いんだなと思う一方で……ルシエルちゃんは嫌い(と思われる)な相手には徹底的にドライなのだと認識する。いくら気に入らないとは言え、この反応は冷静を通り越して冷酷だと思うんだが。……やっぱり、彼女のご機嫌を損ねるのはやめておこう。色んな意味で。
「そんな、天使様! この麗しい私をお見捨てになるのか!」
「……さっき、私のことを偽天使と申したのは、どこの誰だったかな」
「いや、私を捨て置くなんて、余程の物好きか、変人かのどちらかです! そんな非常識な奴が、本物のはずないじゃないですか!」
つーか、さ〜……。その根拠のない自信、どっから溢れてくるんだよ。こいつ……いよいよ、救いようがないな。
「なんだか、話がちっとも進まねーな……。とにかく、だ。こいつは俺が預かるとして。ルシエルちゃんはダンタリオンの所に再出発、でいい感じか? 送迎はなしで、大丈夫?」
「大丈夫です。偽天使はサッサと退散することにします」
そこで皮肉をぶっ放さなくても、よくない? そして、そんなに睨まなくてもいいんでない? 視線だけで人を殺せそうだぞ、マジで。
「う、うん……そういうことなら、気をつけてな。ダンタリオンにも、よろしく言っておいてくれよ」
「えぇ、そうします。……それでなくても、彼にも問い詰めないとならないことができてしまいましたので。きっちり話も着けなければなりません」
「あいつに問い詰めること……? ル、ルシエルちゃん。頼むから、荒事だけは避けてやってくれよな。あいつ、頭でっかちなもんだから、腕っ節は貧弱でさ。……上級悪魔は怪我をすると、治りも遅いし……」
「ご心配いただかなくとも、左ストレートまでで我慢します。まぁ、そうならないように善処しますが」
「……」
左ストレートって、アレだよな? ハーヴェン(悪魔の方)を吹っ飛ばすとかっていう、アレだよな? そんでもって、いつかの時にお墓の入り口を木っ端微塵にしたアレだよな?
何があったのか、知らねーが。……ダンタリオン、大丈夫かな。
(生きろ、ダンタリオン……!)
善処するって言われても、不安しかないんですけど。そんな不安の種な背中を見送って、ぎこちなく手を振ってみても、ちっとも落ち着かない。……後でダンタリオンの様子も、見に行った方がいいかな。
***
「ミカさん、大丈夫か?」
「……あぁ、大丈夫だ。しかし……最期の思い出にするには、惜しい体験だな。……もっと早く、外に出てみるべきだったのかもしれん」
割合穏やかだったとは言え、ティデルのご機嫌があまり麗しくないこともあり、妖精さんデリバリーを済ませた後はカーヴェラの街をぶらついているのだけど。最近、トラブル続きだったこともあり……久しぶりの買い物に、モフモフズもワクワクが止まらない様子。いつもの本屋に到着するなり、蜘蛛の子を散らしたように興味の赴くまま、本の森を探索し始めた。片やミカさんも、人間界の本屋に興味津々なご様子。本棚のカラフルな背表紙を指でなぞりながら、「これは面白そうだ」とフムフムと独りごちている。
……因みに、ギノはピキちゃんのご希望もあって孤児院に残ることになってしまった。一方的な婿殿扱いに苦笑いしつつ、なんだかんだでちょっとお兄ちゃんになったこともあるのだろう。プランシー不在の穴も埋めなければならないとばかりに、ギノは当面の要員不足カバーもしてくれるつもりらしい。帰り際にゲッコウダケのお世話をお願いしてくるとなると、相変わらず植物の沼にはドップリみたいだが。それを差し引いても、俺としては頼もしいこと、この上ない。
「いつもながらに、突然押しかけて悪いな、マルディーンさん」
「いいえ、お気になさらないでください。それでなくても、あなた達は上得意様ですし。いつでも歓迎ですよ」
ギノの心配もそこそこに、本屋の店主にも挨拶をしてみるが。いつも通りに愛想もいいマルディーンさんが、朗らかにそんな返事を寄越す。しかし……それは売上的な意味の上客ってことだろうか? それとも、素性の観点からの上客って意味だろうか?
今日になって気づくなんて、妙に間抜けなんだけど。どうも俺は「こっちの出立ち」でも、それなりに目立つ風貌らしい。街に繰り出したら繰り出したで、行く先々で「悪魔勇者様」と言われては握手やサインをねだられたりと、妙な塩梅だ。
そもそも……街の皆さん。悪魔はありがたがるもんじゃありません。お祈りの対象は悪魔じゃなく、天使にしておいた方が無難だと思うぞ。
「それにしても、ハーヴェン様がこちらの勇者様ご本人だったなんて、驚きましたよ。でも……」
「でも?」
「今となっては、それも納得だなと思っています。……だって、おっしゃっていたではないですか。あなたは人間界で悪さは何1つしてない……と。この絵本が嘘だらけだって、奥様がお怒りだった理由もよく分かりました」
「そか。うん、まぁ。……現実はそんなトコロでな。情けない勇者は子供達を守れなくて、後悔と失望とで悪魔になっちまったんだ。……少なくとも、“絵本の勇者”は都合よく作られただけの登場人物でしかないんだよ」
教会が作り上げた、彼らにとって都合のいい世界。そして、俺は彼らにとって都合のいい勇者に仕立て上げられただけの、薄っぺらい存在だった。だけど、教会が作った楽園の箱庭はとてもじゃないけど、神の意志に反目する異端審問官をそのまま置いてくれる程、甘くもない。結局……俺は彼らにとって都合のいい勇者じゃなくなったから、追放されたことになるんだろう。悪魔になった異端審問官の末路としては、これ程までにお誂え向きの境遇もないのかも知れない。
「……ハーヴェン。あのな……」
「うん? どうした、ミカさん」
「その……あの時は……」
「あぁ、あの時の事はもう……気にしなくていいぞ。もちろん、あんた達がやってた事は絶対に許されない事だけど。でも、キッチリ反省してるんだろ? その様子だと。……それに、俺だって勇者って立ち位置に慢心していたトコロもあったし。俺も教会という組織の中で、許されない事を沢山してきたんだよ。自分に救えない者はないはずだって、バカみたいに信じていたクセに……教会の言いなりになっては、間違った事も相当にやってきた」
それこそ、神様を真似して髪の毛まで伸ばして。誰でも救いを求めて、引っ張れるようになんて……タダの理想だけをぶら下げて。だけど、結局……俺は誰も助けられなかった。理想はどこまでも、理想でしかなかったんだ。誰かの腹を満たす事もできやしないし、誰かの傷を癒す事もできやしない。
「あっ。こんな所で変な感傷に浸ってる場合じゃないよな。とにかく、今は買い物を楽しむことにしておこうか。折角、一緒にこうやってお出かけできるようになったんだ。楽しまなきゃ、損だぞ」
「楽しまねば、損……か。そう、だな。今は私も存分に楽しむことにしようぞ。それと……お前のその前向きさ、見習わねばならんな」
「そうそう。そういうコト。悪いんだけど、マルディーンさんもお付き合い願えるかな?」
「もちろんですよ。埃っぽい本屋でよければ是非に、心ゆくまで楽しんでいって下さい」
丸メガネの奥から穏やかな瞳を覗かせて、かつての大精霊様がニコリと微笑む。何となくだが、マルディーンさんは魔力検知能力と例のポスターの存在もあって……ミカさんの正体もしっかりと、見抜いたんだろうと思う。それでも、余計な事も言わずに俺達を丸ごと歓迎してくれるとなると……うん。彼の言う「上得意様」は素性の観点から見ての言い分だったのだろう。こんな風に安心して買い物ができる店っていうのは、本当にありがたい。




