19−19 凶天使・ルシエル様
ダンタリオンなら、思う存分使っていーぞ……そんな事を言われ、マモンにアッサリと配下の協力もご了承いただき。今度は単身でダンタリオンの屋敷に向かうが。やっぱり、明るくなった魔界に違和感を覚えっぱなしだ。だけど、ふと地上の情景を見つめれば。……そこには、妙に居た堪れない光景が広がっている。
「たっ、助けてくれ! 私は何も……悪いことはしてないぞ!」
「へぇ? ここに迷い込んで、まだそんな事を言う?」
「ここがどこなのか、知ってるかい? お兄さん。ここはなぁ! 悪人が落ちてくる、魔界って場所なんだよォ!」
「悪人⁉︎ こっ、この私が……?」
「そうそう。……お前、ココに来る前は相当に悪いことやってたろ?」
「悪いこと……。い、いや……その」
意地悪く2人の悪魔が交互に「獲物」に言葉を浴びせているのも、聞こえてくるが。被疑者のしどろもどろな様子を見る限り……うん。クロだな、これは。あの様子はきっと、自身が悪人だという自覚があっての逃げ腰だろうと思う。
(ふぅむ……見た目は気取っているばかりで、そこまで凶悪な感じはしないが。……人間は見かけによらない、とも言うし……)
何よりも、彼には悪いが……今、私は非常に急いでいる。ダンタリオンにお願いをした後は、ルシフェル様のお迎えもしなければならないのだ。いくら、魔界の時間の進みが神界より遅いとは言え……急ぐに越したことはない。
それにしても……ジュエルとアリエルはリッテルに連れられて、そのまま「魔界観光(行先はベルゼブブ邸)」へ繰り出していったけれど。こういう光景を目の当たりにすると、ここが紛れもない「魔界」であることを実感させられるし、気軽に観光できるような場所でもない事を再認識させられる。だが……。
(天使も同じような事をしている時もあるし、悪魔だけが残酷ってわけではないんだよな……)
正直なところ……天使の拷問は悪魔の折檻よりも遥かにえげつないと、私自身は思っていたりする。ハーヴェンがかつて「解体ショー」なる「悪魔らしい所業」を無理強いさせられていたと、聞き及んではいるけれど。しかし、妙に残酷な言い方だが……悪魔の折檻は、絶命した瞬間に痛みからは解放される「救い」はまだ残っている。一方、天使の拷問はその限りではない。ターゲットから必要な情報を引き出せない場合は、強制的に肉体的なダメージを回復しては苦痛を再体験さたり、更に痛覚を割増にした上での凄惨な拷問に掛けることがあるらしい。そう考えると……下手に回復魔法や再生魔法を使える手前、天使の手練手管の方が圧倒的に悪辣だと思う。被疑者からしてみれば、これ程までに惨鼻な事もないだろう。
(うん……? もしかして……こっちを見ている……?)
ぼんやりとそんな事を考えつつ……冷徹に「悪魔の所業」を邪魔するつもりもないと、そのまま上空を通過しようとしたが。どうやら、彼には私が「救いの天使」に見えてならないらしい。彼とバッチリ目が合ってしまった上に、こちらに手を伸ばして、「助けて!」と涙ながらに叫ばれれば。流石に冷酷な私でも、素通りはできない。……仕方ない。ここはちょっと、事情を聞くだけ聞いてみようかな……。
「どうしました? ……は愚問ですよね。えっと……一応はこの人が何をして魔界に迷い込んだのかを、聞かせてほしいのですけど……」
「あっ、あなた様は……!」
「もしかして、凶天使・ルシエル様⁉︎」
「……凶天使……?」
なんだ? その微妙にありがたみのない二つ名は。大きな悪魔2人の表情を見る限り、どう見てもどこぞの小悪魔ちゃん達と同じ種類の反応のようだし……。これ、怖がられているんだよな……?
「えっと……その。冥王・ヨルムンガルド様さえも、コテンパンに成敗するという、噂の大天使様で合っていますよね?」
「……多分、私のことだろうな、それ。それにしても、悪魔の間でも噂になっているだなんて、予想外なのだが。魔界では、私の手配書でも配られているのか?」
「いいえ、そういう訳じゃぁ、ないんですけど。小柄で八翼の大天使様と言えば、ルシエル様しかいませんし」
「そういうものか? ……小柄で八翼なら、転生の大天使・ミシェル様も同じだと思うが」
まぁ……私とミシェル様とでは髪と瞳の色が違うし、見分けもつくという事なのだろうか。ミシェル様も「旦那様探し」に精を出していた手前、こちらでの出現率も高めだと思っていたが……彼らの「手配書」の中に、ミシェル様の情報はない様子。おそらくだが、「小柄な大天使」イコール「凶暴なルシエル」という構図が出来上がっているものと思われる。
(げ、解せぬ……。どうして、こう……)
私は悪魔にさえも怖がられているのだろう。
手元の精霊帳からするに、目の前の筋骨隆々の悪魔はゴブリンヘッドという強欲の上級悪魔らしい。強欲の上級悪魔ともなれば、相当の実力もあるだろうに。……それなのに、私の方が強そうに見えるんだろうか? と言うか、あからさまに怯えた顔をしないでくれ。
「で、どうするんです? ルシエル様。……こいつを手放せば、いいんでしょうか?」
「そうすれば、許してもらえます?」
「はい? いや、許すも何も……私はただ、事情を聞きに来ただけでな。……ここは魔界だ。悪魔の成すことに天使が口出ししてはいけないことくらい、重々承知している」
「そ、そんな! 天使も……悪魔の肩を持つというのかッ! この麗しい私を助けないだとッ⁉︎ この、偽天使!」
「私は偽物でもなんでもないが。何より……自分で麗しいとか言ってしまえる時点で、精神的に度し難いな、こいつ」
そうして、ありったけの威嚇も込めて「キッ!」と効果音が付きそうな感じで睨んでみれば。気取り屋の人間だけではなく、彼を羽交い締めにしている悪魔2人の顔も引き攣る。……いや、だから。この程度で、悪魔が怯えないでくれ。ハーヴェンみたいに、陽気に笑い飛ばしてくれとまでは言わないが。私が睨みを効かせたくらいで、そんなに縮こまらなくてもいいんだぞ?




