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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第19章】荊冠を編む純白
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19−16 あなたに根付く

 最近は、人間界の魔力の薄さにも慣れちゃった。

 図らずとも「ザフィ先生」の身の上に馴染んでしまったと、ザフィールは嬉しそうに肩を揺らす。そうして翼を仕舞い込んで、今度は転生部門の上級天使から孤児院のお医者様に転身し。上着代わりに引っ掛けている白衣を翻しながら、ザフィは慣れたように孤児院の食堂へ顔を出す。


「ただいま〜」

「あら、ザフィ。お帰りなさい」


 きっと、おやつの時間の後なのだろう。手慣れた様子で後片付けをしながら、アーニャが気の利いたことに子供達は“エド先生”に連れられて中庭で遊んでいると、都合のいい状況報告を寄越した。


「意外と時間がかかったみたいね? もうちょっと早かったら、ハーヴェン達ともお喋りできただろうに」

「向こう側の時間は進みが早いのよ。そこまで時間はかけていないんだけど、ねぇ。それにしても、ハーヴェン様がこっちに来てたんだ? また、なんで……は、アハハ……。聞くまでもないわねぇ……」


 リッテルの前向きな様子からしても、孤児院(+ドン・ホーテン邸)の警護には強欲の真祖様も力を貸してくれるに違いない。そんな事をアーニャに手早く報告しながらも、先程からビシビシとこちらに伝わってくる視線の鋭さに、ザフィはまたも乾いた笑いを漏らす。……どうも、例のキーパーソンは相変わらず天使には手厳しい相手のようだ。余計な憎まれ口を叩くこともないが、小さな体から溢れる敵対心はちょっとした威圧感さえ感じられる。


「シルヴィア、ありきたりな事を聞くけど……今日の体調は大丈夫かしら?」


 しかして今重視すべきは、妖精様のご機嫌よりも王女様のお加減の方である。この際だから、ピキ様の不機嫌は軽やかにスルーすることを決め込むと、ザフィがシルヴィアにそれとなく体調を尋ねる。


「はい、大丈夫です。それに……心の準備もできています。いつでも、トレーニングをさせてください」

「そっか。……まぁ、シルヴィアは色々と飲み込みが早くて、こっちとしても助かるけど。だけど……無理だけは絶対にさせないからね。それだけは、勘違いしちゃダメよ。少しでも辛かったら、すぐに言って頂戴」


 “無理はしないで”と受動的に接するのではなく、“無理はさせない”と能動的に行動する。このことは天使長と大天使4名の合意による決断でもあり、ザフィに与えられたミッションであった。彼女達は皆、シルヴィアを犠牲にする方向ではなく、シルヴィアに協力してもらう方向での合意を示した。それはある意味で、今までの神界では考えられなかったことだが……それも「いい傾向」なのだろうと、ザフィは決意を新たにする。


(えぇ、分かっているわ。……この子を女神に仕立てるのは前提かもしれないけれど、必須条件じゃない。……この子の存命だけは、何を差し置いても死守せよ……だったわね)


 ザフィが直々に頂いた「ありがたいお言葉」は、天使長の厳命である。しかして、内容は非常に優しく思えるが……実際の難易度は相当に易しくない。

 正直なところ、シルヴィアを見殺しにして女神の依代として仕立ててしまった方が、圧倒的に手間も少ないし、成功率も高い。だが、今の天使のトップ達は犠牲の強要を何よりも否と位置付けている。かつての天使であったのなら、人間など取るに足らぬと……見殺しにして、きっとアッサリと生贄に仕立てることもしているだろうに。


「あぁ、アーニャも悪いわね。……万が一があったら、手伝ってもらうかも」

「分かってるわよ。何でも言ってちょうだい」


 当然とばかりにカラリと協力を申し出ながら、大きな胸の下で腕を組むアーニャ。そんな彼女の頼もしい表情に、やっぱりイージーモードじゃつまらないわと、ザフィも固唾を飲み込んではシルヴィアの様子を見守る。きっと、1人で「指輪の初回稼働」に立ち会わなければならないとなったら、いくら豪胆なザフィとて不安で仕方なかったに違いない。だけど、今は同郷の悪魔が一緒にいてくれるだけでも、ハードモードさえも乗り切れそうだと考えては。シルヴィアに生きて欲しいと、ザフィも強く願う。


「……シルヴィア、いきますよ。一応、説明しておきますが、私のこの姿は仮の姿なのです。これからは指輪を経由して、女神としてあなたに根付くことになりますが……最初の段階であれば外に出ることはできますので、そっちの天使が言っていたように、無理はしないように」

「はい……女神様もありがとうございます。でも、大丈夫です。私、この素敵な世界と……支えてくださった皆様のためにも、頑張ります」


 尚も揺るがないシルヴィアの力強い返事を受け取って、ピキ様が決意したようにスゥと息を吸う。そうして、しばらく意識を集中していたかと思うと……とろりとした艶のある、美しい淡いグリーンの宝石へと姿を変えて見せた。テーブルに音もなくコロリと転がったそれは、忽ち不思議な虹彩を放ち、「もう一度」ステンドグラスのような輝きを漏らし始める。


(さ、私を指輪の石座に嵌めなさい。そして……苦しくなったら、指輪ごとすぐに外すのですよ。いいですね?)

「分かりました、女神様。だけど……ちょっと変な感じですけど、まだ苦しくありません。どちらかと言うと、くすぐったいと言うか」

(そう。でしたら、このまま互いに馴染めるようにしましょう。……大丈夫。あなたとなら、上手くやっていける気がします。ふふふ……これから、よろしくね。シルヴィア)

「はい……!」


 指輪に納まった瞬間から、ピキ様の声はザフィとアーニャには聞こえなくなっていた。だけど、慈しむように指先を見つめては、頬を染めるシルヴィアの様子に……彼女が確かにそこにいる事も認めて。互いに頷き合っては、天使と悪魔もまた、どこか安心したように頬を染める。初回稼働はとりあえず……滞りなく、乗り切れたようだ。

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