19−11 変なところは鈍感なんだから
プランシーがいなくなっても、変わらず子供達の腹は減る。プランシーがいなくなっても、たくさんの子供達が孤児院を必要としている。
そうして、私……アーニャは院長がいないならいないなりに、孤児院で忙しい日々を過ごしていた。だけど、最近やって来たティデルとエドワルドが意外にも働き者で大助かり。エドワルドは家事に関しては、微妙に戦力外な感もあるが……別の部分で頼りになるし、今はこれで問題ないだろう。
「……アーニャ、洗濯終わったわよ」
「ふふ、こっちも完了しました」
「ありがとう、ネッドにティデル。でしたら、休憩にお茶とおやつはいかが? そろそろ、子供達もおやつの時間だし」
「……うん、もらおうかな」
「私も、是非に頂きたいです」
今日もネッドと一緒に洗濯に精を出してくれていたらしい。相変わらず、彼女の仏頂面に笑顔はないけれど。ティデルはやや無愛想だが、律儀な性格ではあるらしく、きちんと掃除の手伝いはしてくれる。
ティーダと双子ということもあり、彼女と瓜二つだったことに……最初はちょっと、戸惑いもあった。だけど、こうして暮らしていれば、彼女が「ティデル」だという現実にも、否応なく慣れるというもの。私自身はなんだかんだで、ティーダの思い出を共有できる相手がいることに、そこはかとない安心を覚えていた。
「なんだか、懐かしい味がする。このクッキー。なかなか、美味しいわね」
「そう? それは良かったわ」
ハーヴェンからクッキーのレシピをもらっておいて、正解だったみたい。最近は彼に倣って、おやつの類も作っては、子供達に味見をしてもらっているけれど。流石に、レシピの出どころが出どころなもんだから……今のところ、「不味い」と言われずに済んでいる。ティデルの反応からしても、今日のクッキーも喜んでもらえるに違いない。
「明日はもう少し、難しい計算のお勉強をしましょうか」
「もう少しって、どんな?」
「1つ、桁を増やしてみましょう。3桁の足し算・引き算に挑戦です」
「なんだか、難しそう……」
数字の上がり下がりの仕組みが理解できれば、大丈夫……そんなことを言いながら、今度はエドワルドが子供達を引き連れてやってくる。
エドワルドは元々がお偉いさんだったせいか、家事のスキルはからっきしだった。手伝わせたところで却って汚れ物が増えるので、専ら彼には子供達に勉強を教えてもらっている。しかし、彼自身はお偉いさんだったとしても、無駄に偉そうな態度を取ることはない。言葉遣いがちょっと重厚過ぎる気がするが。それでも、孤児院という環境にもすんなりと馴染んでは、子供達からも「エド先生」と呼ばれて懐かれているようだ。しかも……。
「エドワルドは教え上手だもの。きっと、みんなもすぐにできるようになるわ。分からないところがあったら、どんどん質問してあげて」
「うん、そうする!」
「ハハ……シルヴィア様に褒められるなんて、思ってもみませんでした。……剣を握らずとも、人のお役に立てることがあるのですね」
「武器を取ることだけが、人を守る手段ではありません。……勉学を通じて、生活の基盤を整えることも大切なのよ」
自分の「役目」を聞かされてからというもの、シルヴィアはますます大人びたように思う。彼女がエドワルドと知り合いなのは、当然とは言え……エドワルドにさえも「心得」を忠告する今の彼女は、王女の気品以上に使命感に満ちているようにも見える。
「ほらほら、おやつの時間に難しい話はなしにしてちょうだい。勉強をしたら、甘いもので栄養補給もしなさいな」
「それもそうですね。すみません、レディ・アーニャ。それじゃぁ……いただきます」
「いただきまーす!」
そうして、子供達にしっかりとおやつとお茶が行き渡れば。途端に嬉しそうな声が上がるのだから、お菓子作りにもチャレンジしてみて本当に良かったと思う。そうだ……受付で頑張っているパトリシアちゃんにも、お茶とクッキーを持っていってあげようかしら。
「ネッド、ちょっと受付へ差し入れに行ってくるわ。こっちはよろしく」
「もちろん、お任せくださいな。パトリシアさんもきっと、喜びますわ」
相変わらず面倒見のいいネッドに、食堂に会した面々を任せて。健気な受付嬢にも、お茶とおやつをお届け……と、彼女の持ち場に出てみるものの。カウンターで明らかに困った顔をしているパトリシアちゃんに、そのまま一息入れてなんて言えない気がする。そもそも、何がどうなって……ジャーノンとセバスチャンが、こんな所で睨み合っているのよ。
「……僕はあなたみたいな危なさそうな奴がリヴィエルと一緒だなんて、絶対に嫌です」
「……おや、そうですか? でしたら、そのお言葉……そっくりそのままお返ししますよ、セバスチャン殿。……悪魔のあなたに、そんな事を言われる筋合いはありませんね」
……何これ。一体、どういう状況なのかしら?
「セバスチャン、今はそんな事を言っている場合ではないわ。ここはジャーノンさんも一緒に来てもらいましょう? それでなくても、ナーシャは余所者がすんなりと馴染める場所ではないと聞いています。ジャーノンさんはリルグの花畑の元の状態も、ご存知なのですよね?」
「えぇ、そうですね。……先程も申しました通り、リルグにはルルシアナの所有地があり、契約農家にて麻酔用のオトメ栽培をしておりました。……定期的に状況を確認するのも、私の仕事でしたから」
「だけど! 相手はあのルルシアナだよ、ル・ル・シ・ア・ナ! カーヴェラでブイブイ言わせては、悪さばっかりしていたゴロツキなんだよ! そんな相手が一緒だなんて、君の身も危ういッ!」
今日もピシリとスーツを着込んだジャーノンは、どこをどう見ても気安いゴロツキには見えないが……。まぁ、ルルシアナ自体は相当にカーヴェラで怖がられているみたいだし、セバスチャンの絶叫も仕方がないのかも知れない。私としては、ジャーノンの肩を持ってやりたい気分だが。一方的にやり込めるのはよくないと……状況整理も兼ねて、まずはパトリシアちゃんに声をかけてみる。
「……パトリシアちゃん。あの2人、何をこんなにモメてるの?」
「あっ、アーニャさん……。こんな所でお兄ちゃんが大騒ぎして、すみません……。別に、大した事じゃないんです。ジャーノンさんがいつも通り、お菓子をお持ちくださったのですけれど。なんでも、暫くリルグに行かなければならないとかで、アーニャさんにご挨拶を……という事だったみたいなんです。でも、よく分からないのですけど、リヴィアさんもリルグにご用事があるとかで……一緒に連れて行って欲しい、って申し出られたんです。それで……」
私が差し出したお茶とクッキーに、小さくありがとうございますと言いながらも……困り顔を戻せないままのパトリシアちゃん。そんな彼女の説明によると。どうもセバスチャンは……ジャーノンがリヴィエルと一緒にリルグに行くのが、気に食わないらしい。
(なるほど、ね。要するに……)
セバスチャンはリヴィエルがジャーノンに取られやしないか、誤解しているのだろう。だったら、あぁ、そういう事? この場合は、私が誤解を解いてやればいいのかしら?
「ジャーノン。一緒にリルグに行くのはいいけれど……リヴィアの隣は、きちんとセバスチャンに譲ってあげなさいよ?」
「アーニャ、いつの間に……って、それ……どういう意味だい?」
「……なんだ、気づいていなかったの? もぅ……相変わらず、変なところは鈍感なんだから。見りゃ分かるでしょ? セバスチャンはリヴィアにほの字なの。あんたみたいにスマートで強そうな奴がくっついてきたら、そっちを心配するのは、当然でしょ? 譲ってあげなさい、っていうのはそういう事」
「アハハ、なるほど、なるほど。あなたが私に食ってかかってきたのは、そういこと……だったのですか?」
「……」
きっと、私の指摘が図星だったのだろう。さっきまでの勢いを途端に窄めて、セバスチャンが顔を真っ赤にしながら俯く。……なんでしょうね。セバスチャンは本当に、あのマモンの配下なのかしら? 強欲の悪魔の割にはウブすぎて、安心して見てられないわよ、全く。




