19−7 おやつは絶対に譲らない
「ハーヴェンは角が3本あって、尻尾は2本だ!」
「で、色は青でいいのかな?」
「うむ……こんな感じで、いいのではないか? しかし……妾もハーヴェンの肉球を触ってみたいのぅ」
ちびっ子天使2人と、見た目は子供の女神様が仲良く顔を突き合わせては……白亜の床に、ダイナミックな落書きを展開している。マナの女神にかかれば、画材(この場合はクレヨン)の手配もお手の物という事なのだろう。……彼女達の周りには大量のクレヨンが散乱しており、マナツリー以外は見事に真っ白だったはずの空間が、殊の外カラフルに散らかっていた。
「あっ! ルシねぇに、ルシエル!」
「もしかして、今日もおやつ持ってきてくれたの?」
しかして、呆れているだけの私をよそに……ガブちゃんとラフちゃんが、呑気かつ邪悪な反応を返してくる。ど、どうして……このちびっ子天使達は、私がおやつ持参なのを見抜いてくるんだ? きょっ、今日こそは……絶対に渡さないんだから……!
「……持っていませんよ、今日は」
「そうなの? ……ねぇ、マナ。ルシエル、おやつ持っていないって、本当かな?」
「うむ? どれ……ほぬ! 確かに持っておるぞ、こやつ。どうやら……中身はクッキーのようじゃな?」
「……⁉︎」
ど、どうして、分かったんだ⁉︎ ……と、驚くと同時に、今回は相手も非常に悪い事を悟る。……そう言えば、神界では天使の言動の真偽は翼の魔力を通して、マナツリーに筒抜けだったんだっけ……。例え相手が化石女神相手だろうとも、嘘はつけないという事か……。
「お前達、いい加減にせんか。ルシエルのおやつは若造が彼女のために作ったものであって、お前達の分ではない。……菓子はリストから、適当に選べば良かろう」
「えぇ〜⁉︎ だって、ハーヴェンのおやつみたいに、美味しいのないもん」
「だったら、ルシエルのおやつは私達が食べて、ルシエルはリストからおやつを出せばいいじゃない」
「そうだぞ、ルシエル。……ここは1つ、子供の妾達におやつを譲らんか」
な、なんて、横暴な……!
「グスッ……! ハーヴェンのおやつは絶対に譲らないぞ……! これはお仕事のご褒美に貰った、大切なおやつなんだもん……!」
「……これ、お前達。こんな事でルシエルを泣かせるな。おやつに関しては、別途私から若造に頼んでおく故、今は我慢せんか」
「はぁ〜い……」
「チェッ。今日も美味しいおやつが食べられると、思ったのに」
「それはともかく……お前達は一体全体、こんな所で何をしておる! ここは神聖なるマナツリーの膝元ぞ。落書きなんぞ、していい場所ではないわ!」
そうそう。そうですよ、ちびっ子様達。そもそも、どうしてこんな所で芸術を爆発させているのか、理解に苦しむ。おやつを譲る、譲らない以前に……ここで遊んでいる方が大問題だと思うのだが。
「ズビッ……ルシフェル様。それはそうと……」
「あぁ、そうであった。……マナ、お前に聞きたいことがあるのだが」
「なんじゃ、ルシフェル。妾に何を聞きたいと申すのだ?」
「うむ。お前の子供についてだが。……ローレライの認識では、お前の子供は死んだのではなく、追放されたことになっているそうだ。……それは誠か?」
「……いや。私はあの子を追放なんぞ、しておらん。少なくとも私が認識している内容は、お前達が知っている通りだよ。ただ……実を申せば、生まれたと同時に息を引き取ったのは、誤りだとも言えるかもしれんが。あの子は、妾が気づいた時は、姿形すらなくなっておったのだ。だから、我が子は死んだものと思って……妾は三日三晩、泣き腫らしたのだよ。誰がこの身に宿した愛しい子を……追放なんぞ、するものか」
そう涙ながらに呟きつつ、先程までの不遜な態度を萎ませて、悲しそうな顔をするマナの女神。あぁ、なるほど。彼女は自分の子供を放逐したのではなく……見失っていたのか。
伝説通りであるならば。マナの女神はヨルムンガルドと別れた直後に、マナツリーへと姿を変えたことになっている。こうして化身を作り上げられれば良かったのかもしれないが……おそらく、当時の彼女にはそんな余裕もなかったのだろう。
(そういうことなら、仕方ないか……)
キャッチコピーは「1枚食べれば、元気100%」。隠し持っていたオートミールクッキーには、さりげなくアプリコットのドライフルーツとココナッツがブレンドされているらしい。私の好物も抑えつつ、腹持ちもバッチリなクッキーは間違いなく、仕事のパフォーマンスを底上げしてくれる一品だろう。そんなクッキーを旦那はしっかりと、ちょっと多めに用意してくれた様子。そうして気遣いも詰まった紙袋から、3枚取り出すと……ちびっ子達に1枚ずつ、お裾分けしてみる。
「……全く、仕方ありませんね。はい、今日は特別に1枚ずつ差し上げますから、これで元気を出してください。そして、ガブちゃんとラフちゃんはいい子にしていてくださいね。ハーヴェンのおやつは、いい子にしかあげられない決まりなのですから」
「そ、そうなの?」
「うん、それじゃぁ……私、いい子になる」
「……妾もいい子になるぞ」
いや、ちょっと待て。化石女神様はいい子になる以前に、子供じゃないでしょうに。知れっと、やり直し大天使様達に馴染まないで欲しいのだが。
「ま、まぁ……みんないい子になるのであれば、私は文句もございません。では、ルシフェル様」
「あぁ、そうだったな。……この様子だと、マナの認識とヴァルプスの語った現実には齟齬があると見ていいだろう。……とにかく今は今後の方針について、皆と話さねばならんか。部屋に戻るぞ、ルシエル」
「承知しました。それにしても……ミシェル様とラミュエル様も、揃っているといいのですが……」
「あちらはおそらく、大丈夫だろう。何せ、ヴァルプスはラミュエルと契約していると聞いているしな。緊急事態なのは、我らもよく分かっておるが……事を勇んでは、成功するものも失敗しかねん。それでなくても、ローレライの正常化の失敗は許されぬ。……こういう時こそ、慎重に進めるべきだろう」
急がば回れ。確かに、ローレライの正常化は急を要する事案ではあるだろう。だが、だからと言って何も分からないまま突入するのは、危険すぎる。今のローレライは分かっているだけでも、クシヒメの悪意が巣食っている。そして、ローレライを拐かしている以上、ミカエルの息もかかっていると見ていい。今のローレライは……天使が気安く入り込める場所ではなくなっている事だけは、紛れもない現実だろう。




