18−58 支配するための代償(+番外編「グリちゃんは絵心を育成中」)
どの位、眠っていたのだろう。どの位、意識を失っていた?
神の候補者を自負していた「天使だった者」は、仄暗い女神の果実を消化して、いよいよ全能なる者・グランディアとして目を覚ます。しかしこれは一体、どうしたことか。かつてローレライだったグラディウスに根を張り巡らしたは良かったが、彼女はようよう、自分が個という存在を見失っていることにも気づく。
愚者に拳を振りかざそうとも、その手がない。弱者を足蹴にしようと踵を上げようとも、その足がない。神経はあるが、別次元の感覚が産まれたての女神に深い絶望を示してみせた。
(これは……何が、どうなっている? 私は……どうなってしまったのだ……?)
しかして、答えを示してくれるはずの生意気な古巣の女神は、もういない。それは、そうだろう。彼女はミカエルだった神の候補生が存在も魂も、喰らい尽くした後なのだから。理由を答えたくとも、答えようもない。逆にグランディアが現実を問おうとも……問えるはずもなし。ただ、分かっている事としては……「望まぬ形」で彼女はグラディウスと同化し、霊樹そのものになったという事だった。
(違う……私は、霊樹になりたかったのではない……! 私は、ただ……)
グラディウスを支配して、ドラグニールを屈服させ、神聖なる新しい世界に相応しい霊樹をもたらす。そして、新しい世界に君臨して……神自らの手で、どこまでも美しく、完璧な世界を作る。そう……ただ、望みはそれだけだったはずなのに。最高の世界に君臨するのは、最上の神でなければならない。誰よりも強く、誰よりも正しく。そして……どんな者よりも圧倒的に美しく。自分はそんな神になるのだと、彼女は強く強く、夢を思い描いていた。
きっと、ルシフェルがそんな彼女の願いを聞いたらば、「思い上がりも甚だしい」と一笑に付すに違いない。どうしようもない程に、深すぎるエゴイズムとアロガンス、そして手に負えない程に強すぎるナルシシズム。かつてはミカエルだった者のヒトとナリを存分に引き継いだ女神にしてみれば、自身を投影する偶像が漆黒の霊樹では格好がつかないではないか。
(しかし、なぜ? ルートエレメントアップは、あくまで霊樹を隷属させるだけの魔法だったはず……。それがどうして、霊樹と一体化する羽目になるのだ?)
魔法は概念を理解していなければ、きちんと発動しない。それはゴラニアという世界における、意地悪く、普遍的で複雑な魔法のルールである。そんな「常識」はグランディアとて、よく知っている。だが、彼女はルートエレメントアップの概念を「本当は知らなかった」ため、最後の最後で重大なミスを2つも犯していた。それは……従属させていたディバインドラゴンの名前を書き換えたことが、1つ目。そして……彼そのものを喰らうことで、ディバインドラゴンの特性を引き継いだことが、2つ目である。
ルートエレメントアップは手酷い代償を伴う、継続構築込みの「補助魔法」。ディバインドラゴンという上級精霊を犠牲にして、霊樹の役割と魔力のコントロールを「肩代わり」するための魔法だ。だが、かつてのミカエルは魔法の効果を「都合がいいように」履き違えていたのだ。ルートエレメントアップは霊樹に「いう事を聞かせる」魔法であり、延いては自分の手中に収めるための魔法だ……と。
ルートエレメントアップは本来、「支配」の魔法ではない。どこまでも「代役」の魔法だった。不測の事態に陥った霊樹が正常化するまでの間、ディバインドラゴンが示した「自己犠牲」の覚悟に対する恩賞として、霊樹が世界に再びの平穏をもたらすための魔法でしかない。
彼女は魔法の構築に必須だった「覚悟を示す」ために、「精霊の名前を刻む」必要があることを知らなかった。
彼女は魔法の本当の意味が、ディバインドラゴンが命を賭して「霊樹を清める」方策であることを知らなかった。
彼女はただただ、ディバインドラゴン達の「自己犠牲に伴う覚悟」を「支配するための代償」だと勘違いしていた。そして、その覚悟を「ローゼンクランツ」になったディバインドラゴンを喰らったことで、意図せず引き継いでいたことを……彼女は知らな過ぎたのだ。
【番外編「グリちゃんは絵心を育成中」】
オスカーとほぼ入れ替わる形で、ホクホク顔の嫁さんが帰ってくる。そうして、早速教えてもらったことを試そうと、嫁さんにモデルをお願いしてみれば。なんだか、嬉しそうに応じてくれるもんだから、俺もちょっと嬉しい。だけど……。
(実物を前にしても……こうやって描いてみると、本当に難しいよな……)
ソファに腰掛けて、優美な笑顔を見せるリッテル。本当に嫁さんは美人だなと思いつつ、手を動かすけれど。オスカーには見たままを直感で描けばいい、なんて言われたが。なーんか思ってたのと、違う。ヒジの折れ方とか、肩からのラインとか……上手く表現できないのが、歯痒い。
「そうか。奥行きを出してみれば、いいんだな」
そうそう、そうだよ。オスカーも言ってたじゃん。遠くにあるものは縮めて描けば、遠近法でそれらしく見えるって……あ? さっきとポーズが知れっと変わっているような……。
「あ、ごめん。疲れちまったか? 少し、姿勢を崩してくれてもいいけど……だけど、脱ぐ必要はないんだぞ?」
「そうなの? でも……折角ですから、1番綺麗な姿を描いて欲しいなと思って。美人画はヌードも多いでしょう?」
「そういうもんか? しかし、何つーか。……裸を1番綺麗な姿って言える時点で、凄いよな。しかも、美人画って自分で言う?」
ま、まぁ? 嫁さんは確かに美人だし、裸も見慣れているし。別にいいか……。
(……だけど、さ。これ……やっぱり、恥ずかしいんだけど。俺の方が)
そうしてモジモジしていると、何故か俺のすぐ横からリッテルがフムフムとスケッチブックを覗き込んでいる。えぇと……そんなに、見ないでくれないかな。しかも、素っ裸で隣に立たないで欲しいんだな。
「うふふ……あなたの目には、こんな風に見えているのね?」
「い、いや……まだ練習中だし、思うように描けていない部分もあるし……」
「そうなの? だったら……直接触れて、観察するのもいいんじゃないかしら?」
「はい?」
いやいやいや、待て待て! 俺はいかがわしい事は何1つ、考えてないぞ! 大人しく絵を描きたいだけなんですってば!
(あっ……これは観察と見せかけて、襲われるパターンか……? 誰か、助けてッ……!)
……俺はヌードモデルになるつもりはありません。お願いですから、当然のようにひん剥かないで下さい。真面目に芸術を堪能させて欲しいです。
本当に……本当にありがとうございました……。




