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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−51 誰かを頼る強さ

 膝を抱えて、歩き出す勇気もなくて。首を垂れて、顔を上げる希望も持てなくて。どこまでも純白の世界に逃げ込んだ堕天使と、どこまでも清廉な世界に封じられた魔が者と。今はただただ、互いに身を寄せては……誰にも邪魔されない世界で、語り合う。


「……ハミュエル。私は本当に……世界に必要とされていなかったのだろうか。私はやはり、この世界に見捨てられたのだろうか?」

「いつになく、しおらしいな。名もなき堕天使よ。……大丈夫だ。お前もまた、不要な存在でも、放棄された存在でもない。……以前にも、申しておったろう? 世界にとって正しい者、世界にとって都合の良い者。……それだけを残した世界に何の意味がある、と。どんな者も、意味がなくとも生まれてくるもの。どんな者も、意味はなくとも自分が誰なのかを見つめようと、必死に生きるだけ。だけど……皆がそれぞれ生命も意思もある、かけがえのない存在でもあるのだ。誰1人として、同じ者はおらぬ。全てが全て、違うからこそ……分かり合おうとするのだし、より良い関係を築こうと努力するというもの。決して世界は誰にも、完璧など求めてなどいなかろう」


 そんなはずはない。自分は何よりも強く、崇高で……いや。もう意地を張るのも苦しいし、自分にこれ以上失望するのにも、疲れ果てている。

 既に口癖になりつつある、否定の言葉さえも紡ぐこともできず……代わりに深いため息を吐くミカ。彼女がここまで落ち込んでいるのには、とうとうラボのメンバーに「見捨てられ」、「置いてけぼりにされた」という現実を突きつけられたからだ。


「完璧を求めていない……か。ふふっ、そうかもしれんな。……私はかつて、自分は完璧な存在だと思っていた。だが、本当は心のどこかで分かってもいたのだ。……自分よりも完璧な存在が、この世界には確かにいることも。それらを探そうと思えば、両の指でも数え切れぬかもしれん」

「別に、順序に拘る必要もないだろう。誰もが皆、オリジナルの特別な存在である以上……意味のない基準に当てはめて、わざわざ序列を作る必要もないのだよ」


 ハミュエルの答えに、フンといつもながらに太々しく鼻を鳴らすミカ。それでも、こうして話し相手がいるのも悪くないと、意外にも素直に相手を認めながら……やっぱりため息をつく。


「……だが、私はこれからどうすれば良いのだろうな……。実は、な。どうも私がいない間に、主要な拠点がことごとく制圧されていたらしくてな。……久しぶりにアーチェッタに顔を出してみたら、明らかに天使と思われる奴らが出入りしておってからに。更に……ボーラも奴らの手に落ちたらしい。我らが育ててきたレプリカの前には……あろう事か、ルシフェルがおった」


 しかも、妙に見慣れない男を連れていたのだ……と、ミカはさもやり切れないと嘆息する。

 天使に男性はいない。故に、ルシフェルの隣にいた奴は間違いなく、天使ではないだろう。あれ程までに硬派で、融通の利かない「姉」が男を連れ歩いているなんて。そんな彼女の変化にミカは呆れて物も言えぬと、さも上からの思考で小馬鹿にしてしまいたかったが。……実際には、目の当たりにした光景が羨ましくて仕方がなかった。

 きっと、彼女は今も神界に必要とされていると同時に、誰かを頼る強さも見つけ出せたのだろう。

 絶対に正しいはずの天使が誰かを頼り、弱さを見せるなど、言語道断。かつての天使は皆、自身を特別視することで正義と大義名分を補填してきたのだし、特別な天使達はどんな局面であろうとも絶対強者であるはずだった。だが、実際には天使は絶対強者でも、正義の使徒でもなく……他の命と同じように、オリジナルの自我と意思を持ち、精神的な弱さも持ち合わせる、ごくごく普通の不完全な生命体に過ぎなかったのだ。


「ハッ……本当に、情けない限りだよ。今更、自分が弱いことを認める羽目になるなんて……な。もっと早く、その事に気づけていたのなら……ここまで落ちぶれることもなかったのかもしれない」


 新しい世界の母になる。その為には何を犠牲にしても、構わない。例え……自分の存在であろうとも。だが、いくらミカ……もとい、ウリエルが自分自身の存在そのものを消費し、削っても。世界がウリエルを掬い上げることは、とうとうなかった。堕天している以上、神界に戻ることも叶わない。自分のために、新しい世界が作られていると思っていたのに。実際には、ミカもまた、利用されるだけのお粗末な存在だったのだ。しかも、彼女はまだ……自分に充てがわれた本当の意義を知らない。ただ、誰かさんの引き立て役として残されたという事実を……彼女はまだ、知らな過ぎた。


「……うむ? ……名もなき堕天使よ。どうやら、お客人がいるようだ。……お前は私の影に引っ込んでおれ」

「客人だと? この空間に自在に入り込めるのは、お前の体を引き継いだ私だけのはずだが……?」


 ミカが使っている体は、ハインリヒのボディディプライブでハミュエルから奪ったものだ。肉体に付随する祝詞に打ち込まれていた楔を基準に、ポインテッドポータルを使って出入りしていたのだが……ハミュエルによれば、「全く同じ手段」を使って純白の揺り籠に入り込める者がいるのだと言う。


「お邪魔しま〜す。……あっ、いたいた。ハミュエルさん、久しぶり」

「ハーヴェンか。……久しいな。ルシエルも、元気そうで何よりだ」

「えぇ、お久しぶりです。ハミュエル様。それはそうと……」


 咄嗟に隠れたハミュエルの影から、ミカが「お客人」達をマジマジと見つめれば。真っ白な空間に忽然と現れたのは、3人のお邪魔虫。自分を騙した「憎たらしい悪魔」と、自分の契約を上書きせしめた「厄介な天使」。そして……更に、もう1人。尻尾に所々傷を作った痛々しい外観とは裏腹に、明らかに桁外れの魔力を醸し出している老女の存在に……ミカが誰だろうと訝しがる前に、ハミュエルが呻き声を上げながら反応する。


「まさか……そちらはエスペランザか……?」

「お久しゅうございます、マスター。本当は、もっと早くお迎えに上るべきでしたが……臆病な私のこと。貴方様の姿に対峙する勇気を持てずに、今の今までお訪ねせず、申し訳ございません……」

「……いや、いい。それに、今の私はそなたにマスター等と呼んでもらえる存在ではないのだ。何せ……この身だ。とっくに天使としての資格も、矜持も失っている。……もう、そなたの契約主ではないのだよ」


 輪郭も曖昧な黒い体で、首らしき部分を伸ばしては……ハミュエルは悲しげな声で、エスペランザに応じている。しかし、彼女の言い分の中に明らかに捨て置けない内容があったのにも気づいては……ミカはハミュエルの影でキュッと唇を噛み締めていた。


(……お迎えに上がる……か。そう、か。ハミュエルにはこうして迎えに来てくれる奴がまだ、いるのだな……)

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