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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第18章】取り合うその手に花束を
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18−23 悪魔と記憶

 今日は出勤日なので、しっかりとお仕事をしなくっちゃ。

 そうして、孤児院への通勤路を急ぐパトリシアの横には、平常運転でウキウキが止まらないセバスチャンが張り付いている。何せ、昨日のカーヴェラはちょっとした事件があって、お祭り騒ぎだったのだ。しかも、新聞に載っていた顔ぶれが紛れもなく、パトリシアのお知り合い(本当はセバスチャンも知り合いではあるのだが)ともなれば。……何かと、首を突っ込みたがるセバスチャンが大人しくしているはずもなし。こうして、パトリシアは朝から不本意ながらも兄同伴で、職場へ出向くのだった。


「……お兄ちゃん。一応、確認だけど」

「なんだい、パトリシア」

「……例の天使様と悪魔様が孤児院にいるかも知れないのは、いいとして。お願いだから、変な絡み方はしないであげてよね」


 生憎とパトリシアも「天使様降臨事件」を目撃したわけではないが。この大都市・カーヴェラで天使と悪魔とが争いを繰り広げた上に、実は勇者だったらしいハール・ローヴェンが悪魔になっていたなんて、誰が予想だにできようか。しかも……。


「まさか、あのハーヴェン様がハール様ご本人だったなんて。……なんだか、信じられないわ」

「おや、そうかい? 勇者なんて、言われていても、彼だって振り出しは人の子な訳だし。まぁ、本物のハール・ローヴェンは生まれつき魔法が使えた、“奇跡の子”だったみたいだけど。……でも、彼自身はその扱いに、納得していたわけじゃないみたいなんだよねぇ。……その辺も、もうちょっと詳しく聞ければいいなぁ」

「なーんか……妙にハール様に詳しいのね、お兄ちゃん。まさか突撃取材をやらかしたり、していないでしょうね?」

「えっ? い、いやぁ〜……そんな訳、ないじゃないか〜。ハール様と僕がお知り合いなはず、ないだろ?」


 いかにもな疑いの目を向けられて、しどろもどろで妹の追及を逃れようとするセバスチャンだったが。相変わらず、パトリシアはセバスチャンの事となると、異常なまでの鋭さを見せる。しかも、親玉同伴だったとは言え、ハール(今はハーヴェンと名乗っています)相手に突撃取材をやらかしたのは、紛れもない事実。根も葉もある上に、バッチリ事実有根な隠し事を繕える程、セバスチャンは器用ではないのだった。


***

「そう、だったの。あのプランシーが孤児院を放り出して、どこかに行くなんて……」

「うん。俺も想定外過ぎて、何をどう説明したらいいのか、分からないんだけど。……どうも、プランシーは魂ごと1人が2人に別れていた状態だったらしくて。……今は悪い側の奴に取り込まれているみたいなんだ」


 朝飯も済ませて、魔法道具のお届けついでにアーニャとザフィに事情を説明するものの。2人の顔がみるみるうちに不安そうになると同時に、困惑顔になるもんだから、説明している俺としても申し訳ない気分になる。

 プランシーの状態には常々、気をかけていたつもりだったけど。だけど、それだけじゃ足りなかったのか……あいつはもう片方が持っていた記憶も思い出して、完全な闇堕ちを果たしたみたいだった。

 それこそ、プランシーが悪魔になった仕組みが分からないから、何とも言えないのだけど。でも……あいつの記憶の残り方がおかしかったのは、彼らが分離していたせいだと見て、間違い無いと思う。


 悪魔にとって、記憶はどこかで生きていたという存在の証明であり、何よりも捨てがたいものでありながら……最も不要な要素でもある。

 目の前の楽しい事を優先するのなら、苦しい記憶や、悲しい記憶はいらない。悪魔はいつだって享楽至上主義でなければならないし、今が楽しければそれでいいと考えるのが普通なんだ。だから……嫌なことは全部、全部、忘れちゃいなよ。

 悪魔になった当初は、親玉からもそんな事を言われていたけれど。でも、その上辺の享楽にただただ身を委ねるだけなのは、どこか空虚でつまらない。まぁ、俺の場合は魔界で楽しいことをうまく見つけられなかった部分もあるのかも知れないが。でも、「記憶を失ったという事実」を必死に忘れようとしても。自分の中で確かに生きているらしい記憶の方が「思いだせ」と、頭の中をグチャグチャに掻き回す時があった。

 本当のお前は、そんなんじゃない。本当のお前を、思い出すんだ。……そうして記憶に促されるまま、思い出を取り戻した上級悪魔には多かれ少なかれ、自我の変遷が発生する。なにせ、「目の前の面白いこと」に縋るように「本当の自分」から目を逸らし続けていたんだから。

 「悪魔になった」という事実はイコール、「辛い想いをして死んだ」ということに他ならない。そして、本当の自分を思い出すということは……その辛い想いをしなければならない程に、情けなかった自分にも向き合うことになる。


 そんなことを思い出しながら、プランシーはかつての彼じゃないだろうことを説明しては、結構絶望的な状況であることをアーニャとザフィにも伝えるが。それでも1つだけ意外にして、ちょっと前向きなネタを振りまいてみる。


「ただ、さ。意外な事に、プランシーはルシエルとの契約を切る真似はしていないみたいでな。今日、ルシエルが神界データと照らし合わせて居場所を確認してきてくれるみたいだから。とは言え……」

「そうね。……記憶を取り戻した事で、自我の書き換えが入っているのなら、プランシーは元の状態で戻ってこないかもね」

「そうなの?」

「えぇ。……悪魔の記憶喪失は性格の変質も多少、含むものなのよ。思い出さなくていいことを忘れた分、悪魔は楽しいことや面白いことを詰め込むことで記憶の隙間を埋めるているの。……そうして、必死に記憶喪失の違和感から目を逸らしては、辛いことから逃げているのよ」


 流石に自分も追憶越えをしただけあって、アーニャが噛み砕くように「悪魔と記憶」にまつわる通説をザフィに説明し始める。そんな彼女の説明に俺も思わずウンウンと頷きつつ、納得しちまうけれど。……そう言や、ダンタリオンも同じような事を言っていたっけな。


《実際は叶えられなかった夢に対する絶望を抱いて闇堕ちするのが、本来の悪魔の姿です》

《我々はこの上なく救われない身を、魔界で焦がし続けているに過ぎません》


 プランシーの場合は身を焦がしていたのは魔界でじゃなく、人間界だが。だけど、あいつが「叶えられなかった夢」を常々、抱えていたことはよく知っている。

 タルルトの孤児院で知り合った時から、プランシーはどこか悲しい顔をして、子供達のために汗水垂らしていた。きっと、恵まれない境遇は自分も同じだったろうに。その挙句に……悪魔になった彼の記憶には「叶えられなかった夢」は沢山あっても、「楽しかった思い」はそんなになかったに違いない。

 アーニャがザフィに懇々と説明している、「叶えられなかった夢」に対する絶望を忌避する悪魔の習性には、完全に同意だけれども。だけど、プランシーにはそれだけでは済まされない根深い絶望があったんじゃないかと……つい、考えちまう。

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