3−7 材料を引き続き募集中
「あの〜、タルルトから求人の張り紙を見てきました。お仕事、まだ間に合います?」
「ん? あぁ、聖水詰めのお仕事ですか? えぇ、大丈夫ですよ。是非、お手伝いください」
聖堂の中に入って、右手にある受付らしき場所で声をかけると……見るからに、人の良さそうな若い男がにこやかに対応してくれる。カラーの色からして、一般階級みたいだな。この雰囲気であれば、気軽に世間話もできそうな気がするが。……でも、あまり内情は知らされていないかもなぁ……。
「人数は何名様ですか?」
「4人。俺とお嬢様達も、できれば参加したいのですが?」
「お嬢様?」
俺の答えに、愛想のいい男がルシエル達の方を見やる。今の彼女達であれば、見た目は普通の女の子達に見えるはずだが。
「大丈夫です。では、一緒にご案内した方がいいですか?」
「できれば、それでお願いできますか? 労働というものを体験させたいとかで、旦那様よりお嬢様達をお預かりしてきたんです。服装はそれなりに、浮かない程度のもので配慮してきたんですが……差し支えないでしょうか?」
「えぇ、えぇ。でしたら、是非。しかし、素晴らしいお考えですね。働くということは、何においても大切なことです。そういうことであれば、4名様とも同じ場所でお手伝いいただけるよう、計らいましょう」
「よろしくお願いいたします」
「では、こちらにお名前を。あ、あなた様が保護者として、代表のご記名で構いません」
「そう? それじゃ」
そうして記名を促された台帳に、「ハール・ヴェン」と記入する。妙な偽名だが、下手に他人の名前を書くよりかは、咄嗟に呼ばれた時にも自然に反応できるだろう。それに……この名前なら程よく、話題のタネにもなる。
「おや、かの英雄と同じお名前なのですね? 実に素晴らしい」
「ハハ……そうなんですよ。髪色が絵本のハールと同じ色だったとかで、両親がそのように名付けたようです。まぁ、俺自体は英雄には程遠いんですけども」
「いえいえ、そのようなことはございません。しばらくしたらお呼びしますので、そちらでお待ち頂けますか? タルルトからお越しではさぞ、お疲れでしょう? どうぞ、ごゆるりとしていてください」
「ご親切に感謝いたします」
終始、腰あたりのいい男が奥に引っ込むが。とっても親切そうな感じだし……騙している気がして、どうも申し訳ない。何れにしても、中には案内してもらえそうだ。
「ハーヴェン様、すごいです!」
「ん? 何が?」
そんなやり取りをして、お待たせしている「お嬢様」に合流すると……興奮気味のリヴィエルが話しかけてくる。
「きっと私達だけでは、あんなにすんなり入れてもらえないと思います。こんなに鮮やかな潜入方法があるなんて……私、感激しました!」
「そ、そう?」
「そうですよ〜。やっぱりハーヴェン様は頼りになります〜」
「あ、うん……って、ルシエル、どうした?」
「……」
見れば、1人だけ妙に浮かない顔のルシエルが俺のベストの裾を握りしめている。……随分と悲しそうな表情だが。今の話に、気に入らないことでもあったんだろうか?
「保護者……ということは、私は娘程度に見えたってことだろうか」
「……そんなことで機嫌を損ねるなよ。ほら。今日頑張れば、特製ビーフシチューが待ってるぞ〜」
そんなことを言っても表情が晴れないところを見ると……ルシエルは食べ物に釣られてくれるほど、甘くはないらしい。やっぱり、エルノアみたいにコロリとご機嫌は直らないか。
「別に、幼女体型は今に始まったことじゃないけどな……正直、ちょっと傷つくな」
あ、気にしているのはそこか。
「そか? 俺はそれもいいと思うけど?」
「そうなのか?」
「あぁ。女の魅力は何も、胸の大小だけじゃないと思うぞ」
「本当に?」
「うん、それは本当。少なくとも、俺は胸は判断基準にしてないから。もっと自分に自信持っていいぞ?」
「……ハィ」
(あぅぅ、ちょいちょいラブラブ度合いが分かるのが、妙に悔しいですぅ……!)
(これはオーディエル様にも、報告しませんと……!)
俺達がそんなやりとりをしていると……今度はマディエルとリヴィエルが隅でヒソヒソ話をしている。何か分からなくて、困っていることでもあるんだろうか? あっ、そういえば……。彼女達は普段、食事も摂ることもないんだよな。それじゃぁ、人間の生活ってものが分からなくても仕方ないかもなぁ……。よし、これも何かの縁だ。お食事を体験してもらうのも、いいかもしれない。
「あ、そうだ。マディエルにリヴィエル。よければ……お仕事が終わったら、ウチで食事でもどう? 今夜はルシエルのリクエストで、ビーフシチューの予定なんだけど」
悪魔のお誘いに、大袈裟に目を丸くして振り向く、天使2名様。
「え、いいんですか?」
「ハーヴェン様の手料理、私達も食べれるんですかぁ?」
「あぁ、構わないよ。食事は大勢の方が楽しいし。な、ルシエル?」
「……そうだな、いいと思う。本当は独り占めしたいけど……ちょっと大人気ないし。それに、これからこういう仕事が増えるかもしれないし……2人も食事を経験しておくのも、悪くないと思う」
「だ、そうだ。だから、今日は一緒に頑張ろうな」
「ハイ!」
そこまで話をしていたところで、お呼び出しがかかる。さっき担当してくれた男とは別の男の後について行くと……受付の奥の通路から少し行ったところの部屋に通された。他の人は……あれ、いないのか?
「今日は俺達だけなんですか?」
「あぁ、いえ。いくらお仕事のお手伝いとは言っても、ここは工場ではなく聖堂ですので、大きな部屋を用意できないんです。神聖な大礼拝堂を使うわけにも参りませんし……それで皆様にはある程度、個室に別れてお仕事をお願いしているんです」
「そうだったんですか」
「えぇ。では、仕事内容の説明をしてもよろしいですか」
「あ、お願いします。さ、お嬢様達もよくお伺いしてください」
俺が急に話を振っても、リヴィエルがきちんと反応する一方で……ルシエルはいつにも増して、ダンマリだが。それでも、きちんと頷いているところを見ると……無口キャラでいくつもりらしい。で、残りのマディエルは……。
「あ、アゥう、メモとります〜」
……これはこれで、問題ないか。
「では、こちらの水で手を清めていただけますか?」
「……じゃぁ、まずは俺から」
そう応じて、何の気なしに目の前のボウルに張られた水に手を入れるが。水に手を入れた瞬間、妙にピリッとした感覚が、指から手の甲までを隈なく刺激してくる。……うん、これは普通の水じゃなさそうだ。
「えぇ、大丈夫です。他のお嬢様方も申し訳ありませんが……一度、お手をお清めいただくよう、お願いいたします」
「いや、その必要はないぞ」
「……え?」
さっさとボウルから手を引き上げ、ポケットからハンカチを取り出して手を拭うと同時に……そのまま、ハンカチをボウルに放る。するとハンカチは透明だったはずの水を吸って、みるみる真っ青に変色していった。どうやら……青い色は俺の水属性に反応したもののようだ。
「なるほどな。可能性のある相手を選別・収集するためのお仕事ってところか? ルシエル達はこの水、触るんじゃないぞ。こいつは多分、ほんのちょっと瘴気を含んでいる。大したことはないとは言え……闇属性を持っていないお前達には、それなりの毒になるはずだ」
「ハーヴェン、どういうことだ?」
「あぁ、多分……精霊の材料を引き続き募集中、ってところだろ? 魔力に反応できる奴がこれを触った時点で、一発アウト……人間だったら気絶ものかな?」
「⁉︎」
「お清め、か。よくもまぁ、教会っていうのは……言葉の使い方は本当に上手いよな? これで気分を悪くしたり、倒れたりした奴がいたら“穢れを祓う”なんつって、体良く隔離する……って算段か?」
そこまで俺が言ってやると、さっきまで丁寧にお仕事の概要を説明してくれていた男が豹変する。俺はそれとなく、適当にアテ推量を披露してみたつもりだったが。あっ、この様子だと……もしかして、図星? 図星……なのか?
「貴様、何者だ?」
「見ての通り、お嬢様方の使用人だけど? まぁ、ちょっとした任務を帯びて……ここに参上しました、ってところかな?」
「に、任務⁉︎」
「ということで、ちょっと失礼? 清廉の流れを従え、我が手に集え! その身を封じん、アクアバインド!」
男の慌て具合を他所に、さっさと魔法を錬成し拘束系の水魔法を発動。うん、以前より詠唱スピードも錬成度も上がっているみたいだ。試練の成果……上々、ってところだな。
「これはまさか……魔法⁉︎」
「ご名答〜。あんたはそこそこ内情を知っていそうだな。ルシエル、とりあえずこいつを締め上げるか?」
「そうだな。リヴィエル、任せられるか?」
「えぇ、もちろんです。拷問は得意中の得意です」
そう言って、見た目は可愛いはずのリヴィエルが腰のポーチから……ごそごそと工具らしきものを取り出す。見れば……それはいかにも使い込まれています、といった風情のペンチと鉗子のようだった。えっと……それは一体、何をどうしちゃうものなんでしょうか……? 何だか、もの凄ーく嫌な予感がする。
いや、俺も悪魔だし、そういう光景も見慣れているっちゃ、見慣れているけど……。あなた達は悪魔ではなく、天使様でしたよね? そんな道具を取り出して、彼に何をなさるおつもりなのでしょうか……?




