17−53 心意気も最高
「1番よくない状態なのが、エドワルド」
姫様の手紙には確かに、そんな事が書かれていて。リンドヘイム聖教に連れて行かれたエドワルドはおそらく、向こうさんで実験台にされる憂き目に遭ったのだろう。だけど、その憂き目に遭ったのは兄貴の方だけじゃなくて、弟も同じだったらしい。角に尻尾、そして微弱だけれども確かに感じる魔力。そんな見るからに「人間じゃなくなった」タールカだったが……中身はまだまだ、人間臭さが残っている様子。部屋にいるのが俺と嫁さん、それで付き添いらしいロジェだけとなったら、人目も憚らずまたボロボロと泣き出した。
「……こんな事、お願いできない立場なのは、分かってる。今の兄上は、確かにもう……化け物なんだと思う。だけど……兄上はまだ少しだけ自分のことも、僕のことも覚えていて。……グスッ……ハーヴェンに会って、勇者とは何かを教えてもらって……グランティアズを救うんだ、って言ってた……。ハーヴェンなら、きっと救ってくれるって……信じてたみたいだった」
そこまで言葉を吐き出すと同時に、更にボロボロと涙を流し始めるタールカ。そして、口を挟まないにしてもタールカの背中を優しく摩ってやるロジェ。そんな彼らを前に、俺はぼんやりと投げられたお願いを反芻していた。
勇者とは何か……か。俺にだってその真意は分からないし、ハッキリ言ってしまえば勇者なんてものは、人の都合と立場とで「ありがたみ」が変わってくる。俺が勇者だったのはあくまで、教会が用意した信仰のプラットフォーム限定の話だ。それでなくても、生前はリンドヘイム教徒に改宗しない「異教徒」を異端審問官として狩ってきた経歴もある。その行為は決して褒められたものでも、崇められるものでもないし、「異教徒」側からしたら俺は勇者でなはく……それこそ悪魔に見えただろう。そんな俺に勇者が何たるかを教えることはできないし、グランティアズを本当の意味で救えるかも怪しい。それでも……。
「そか。……エドワルドは俺の事、そんな風に思っていたんだな。だとしたら……うん。俺はみんなの勇者にはなれないけど、誰かの勇者にはなれるかもしれない。そういう事なら会ってみようかな、エドワルドに」
「本当⁉︎」
「あぁ。ただ、こっちにも都合があってな。明日でもいいかな……って、ルシエル。どうした?」
その流れでロジェとタールカも一緒に夕食でもいかが……とお誘いしようと思ったのに。隣でデザートも含め、夕食に目がないはずの嫁さんが険しい顔をしながら、何かを見つめている。そうして、彼女の手元をどれどれと見てみれば……そこにはカイムグラントの情報が妙な塩梅で記載されていた。
【カイムグラント、魔力レベル9。魔神、風属性。ハイエレメントとして闇属性を持つ。攻撃魔法と補助魔法を行使可能。登録者:ミカエル、ルシエル】
「……ようやく、情報の更改が完了したみたいだ。さっきまで、繋がっていた契約の糸も不安定な状態だったが……意外にも、契約自体は切れていないらしい。今の状況であれば、塔のデータと照合すれば居場所もある程度特定できるだろう。だけど、魔力レベルが何気なく更新されている。……このレベルになると全幅契約だったとしても、向こうから強制解除されかねない」
「あの、さ……ルシエル」
「なんだ?」
「もしかして、プランシー探しを後回しにしたのって、情報が更新されるのを待っていたりしたのか?」
「当然だ。相手の状況が分からないまま、事を起こしたところで上手く行くとは限らないだろう? ……まぁ、さっきのはちょっとしたサービスだと思ってくれればいい。私の翼はこういう時にこそ、広げるためにあるんだ。待ち時間ついでに旦那様の立場を補強するのも、悪くない」
そこまで言った後で、急に恥ずかしくなったんだろう。そっぽを向きながら、ちょっぴりツンツンしちゃうルシエルの膨れっ面を目の当たりにして、俺は猛烈に反省していた。
本当にすみません、愛しいマスター様。俺、さっきまでルシエルさんも天使様補正の趣味全開で暴走していると思っていました。勘違いのお詫びに……今夜のデザートは俺の分も献上する事にします。
なんて、こっそり考えつつも。ルシエルがいつも通り冷静なことに安心しちまう俺がいる。うんうん。これでこそ、俺の自慢の嫁さんです。可愛すぎるツンツン顔も、俺のために翼を出してくれちゃう心意気も最高なんだな。
「しかし……登録者が知れっと連名になっているのを見ても、向こう側のプランシーにも契約者がいたことくらいは分かるのだけど。……もう片方の名前からしても、非常に厄介な事になっているな……」
きっと、ルシエルの精霊帳は2人分の祝詞が1人に戻った時点での契約者をそのまま記載しているだけなのだろう。だけどこの場合は、ルシエルとプランシーの契約をシェアしている天使のお名前に、非常に嫌な予感がする。ミカエルって確か……ドラグニールを齎した偉い天使様だった気がするけど。まさか……そのミカエルさんも向こう側で悪さしているんだろうか?
「まぁ、それはさておき。ロジェに、タールカ。話が途中になっちまって悪いんだけど。よければ、今夜はウチに来ない? 明日の段取りも、その時に話そうな」
「いいの……?」
「もちろん、構わないぞ。俺は自分の料理を沢山の相手に食べてもらいたいタチなの。……本当は急がないといけないのかもしれないけど、タールカには気持ちを整理する時間も必要みたいだし。……俺で良ければ、相談にはいくらでも乗るからさ」
「う、うん……」
そこまで言ってやれば、タールカの方も少しは警戒心が和らぐんだろう。ゴシゴシと涙を拭いながら、ようやく少しだけ笑ってみせる。そして、タールカのその様子にロジェも安心した表情になるのだから、この子達は向こう側で寄り添って暮らしてきたのかもしれない。きっと、角と尻尾がお揃いの色に染まっているのを見ても、「同じ目」に遭わされたんだろう。……やれやれ。本当に向こうさんは残酷なことをする。こんな子供にまで手を出して、こんなにまで泣かせて。挙げ句の果てに悪魔に成り下がった元勇者にまで頭を下げさせるのだから。冗談抜きでつくづく趣味がいいな、教会の皆さんは。




