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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−33 愛される花ではなく、捨てられる花

(ご自愛を……か。結局、最後まで名前を聞けなかったな……)


 今となっては右手にあるカレトヴルッフの一部にもなった、美しい尾羽の輝きを思い出しては。孔雀色の煌めきと目の前の黒い影とを見比べて、悪魔だという理由だけで異形の姿に彼を重ねたことを俄かに反省するミカエル。たとえ僅かであろうとも……彼女にも、かつては自身の恥や過ちを認める謙虚さも一応はあったのだ。だが……彼女はその反省を表に出せる程にまでは素直でもなかったし、強くもない。


(そうだ……結局、私は認めてもらえなかった。……例え、偽りの証拠であろうとも……)


 褒めてもらえる事もなかった。正しいと肯定してもらえることも……なかった。

 最初から優秀なのは、当たり前。最初から完璧なのも、当たり前。特にミカエルは始まりの天使の中でも姿形も美しく作られた事もあり、自分こそがマナツリーに愛されるべき存在だと思っていた。しかし、いくら主張しようとも……マナツリーはミカエルではなくルシフェルこそを尊重し、天使長にしか語りかけようとしない。ギルテンスターンには「今も昔も、霊樹の主人たる存在」と言いはしたが。本当は……昔のミカエルは霊樹に語りかける権利さえ持たない、「2番目の存在」でしかなかった。


(マナツリーは姉上しか、見ていなかった。それなのに、それを当然と鼻で笑って……! そうだ、あいつは私に……)


 あの日、偽物の手柄であろうともきちんと「証明」を持ち帰ったというのに……。その顛末は自分はマナツリーに愛されていないし、ルシフェルに認められていないのだと……ミカエルに痛感させることとなる。


***

 有り余る虚栄心から、気づけば悪魔から受け取った羽を「討伐の証」として、喧伝してしまうミカエル。そうして華々しく凱旋すれば、他の天使達は手放しにミカエルを褒め称えるのだから、彼女もそれを当然だと思い込むことで、嘘をついている罪悪感を忘れようとしていた。しかし……何故か、呼び出された天使長室で待っていたのは、同僚達とは対照的なまでにこの上なく渋い顔をしたルシフェル。その硬く険しい面差しは、ミカエルの舞い上がった気分を急激に醒めさせていくと同時に、罪悪感を思い出させる。

 その顔を見た時、最初はルシフェルは自分に天使長の座を譲りたないだけなのだろうと、ミカエルは甘く考えていたが。しかし、ルシフェルはともかく……神界は大天使のちっぽけな虚栄心による虚偽を認める程、甘い世界ではなかったのだ。


「そうか……お前は悪魔を無事、人間界から追放せしめたのだな。……任務、ご苦労だった」

「……それだけですか、姉上。約束通り、私を天使長……」

「私はともかく……マナツリーが何も知らぬとでも思っているのか? その羽は悪魔を討伐した暁に手に入れたものではないだろう?」


 ルシフェルが冷徹な態度を貫くのは、ミカエルの手にある羽が「討伐の証拠」ではなく、「交渉の結果」であることを知っていたからだ。そして……その事実をルシフェルに伝えたのは他でもない、最も認めさせなければならないマナツリーだというのだから、都合も格好もこの上なく悪い。


「……いずれにしても、お前の働きで悪魔が人間界を去ったのは事実。人間界の平和を保ったという意味ではお前の行動は正しくもあろう。……これ以上は私からは何も言わぬし、その羽は戦利品として持っていて良い。とにかく、話は以上だ。下がれ、ミカエル」

「本当に、それだけですか……? 姉上も本当は何か、腹に溜め込んでいるものがあるのでは? どうして……あなたはそんなにも私には無関心なのですッ⁉︎ どうして……どうして……?」


 私を認めて、褒めてくれないのですか? このままでは……私は1番のあなたを憎まなければならなくなる……。


「とにかく、下がれと申している。ミカエル……頼むから、これ以上は私の手を煩わせないでくれ。それでなくても……見ろ。この嘆願書の山を。私は今からこの内容を精査し、マナツリーと今後についても協議せねばならん。……お前の悪魔を追い払ったという手柄さえ、この山の前では塵に等しい」

「はっ……? これは……何の嘆願書ですか? しかも……私が姉上の手を煩わせている……ですって?」

「これは……な。お前達大天使の勤務態度改善を要求する嘆願書だ。だから、予々申していたであろう? お前達の振る舞いは目に余るものがある……と。確かに、我ら始まりの天使は個々に強力な能力と、特別な地位を与えられてはいる。だが、たった5人で世界を平和に導くことはできぬのだ。それでなくても……お前は調和の大天使であろう? その役目を忘れたのか?」

「もちろん、忘れておりません。調和の大天使の職務は精霊の管理、及び使役に必要なデータを収集し、情報を整理すること。そして、情報を元に精霊をきちんと従属させられるように、共有することです」

「……そう、か。お前は……そんな事も教えてやらねばならぬ程に、役目さえも勘違いしておるのだな」

「勘違い……?」


 調和の大天使の職務は「精霊データ」の管理であって、「精霊自体」の管理ではない。まして、そのデータも精霊を「従属」させるためのものではなく、彼らの協力を仰ぐための「より良い関係を築く」ためのものだ。だが、ミカエルには最初からそんな概念は存在しなかった。自分達以外は劣等な魂を持つ「支配するべき相手」でしかない。であれば、相手が精霊だろうと、部下の天使だろうと。彼女にしてみればその存在価値はそれこそ、塵に等しい。


「……調和の大天使の役目は精霊の情報を管理し、力を借りるためにしっかりと彼らを理解するための礎を作ること。支配するための情報を共有するのが仕事ではない。人間界の魔力の調和を担う彼らとの架け橋として、礼を忘れず、感謝を尽くして、世界の安寧を築くことこそが最大の任務だ。そして、もう1つ。調和の大天使はこの神界に集う同胞達が互いに協力し合えるように、働きかけねばならぬ。しかし……なるほど、な。お前がそんな勘違いをしているから……ここまでの嘆願書が集まるという訳か。本当に……情けない限りだ……!」

「待ってください。どうして、それが私のせいなるのですか? 大体、そんな誤った報告が上がってくるのだって、姉上が下級天使なんかを甘やかしているからではありませんか! 仕事を失敗するような役立たずに懲罰を与えるのは当然でしょうに!」

「……では、悪魔を取り逃したお前はどうなるのだ? 確か……お前はこうも言っていたな? “大天使と中級天使が同列に並ぶことなどない”……と。フン。大口を叩いていた割には、仕事の出来はその中級天使と大差ないではないか。悪魔討伐の任務をし損じ、調和の大天使の仕事を放棄しているお前のどこに、懲罰を与える権利があると? 私には、役立たずはお前の方だとしか思えん。そんな役立たずに“誤った報告”等と言われたところで……信じられるはずもなかろう」

「……!」


 とにかく、下がれミカエル。もう、これ以上話すべきこともない。

 ルシフェルの口から漏れるのは望んだ称賛の言葉ではなく、聞きたくもない失望の言葉。勘違いしていると決めつけられ、役立たずだと言い切られ。その上、彼女の方はミカエルの言い分を受け入れることなく、下級天使や中級天使から上がってきた嘆願書の言い分を尊重するつもりらしい。そして、それが意味するところは……。


(そう……か。私は……愛される花ではなく、捨てられる花と判断されているのだな……)


 頑固で融通の利かないルシフェルのこと、嘆願書の趣旨を余すことなくマナツリーに報告するに違いない。そして、ルシフェルこそを愛しているマナツリーはきっと、彼女の言い分を聞き入れるだろう。そうして下された判断の先にあるのは……大天使達が間違っていたという、粛清の滅びのみ。しかも……このままでは、その決断が下されるまでの猶予もあまりないように思える。


(そうなる前に……手を打たねば……。そもそも、私の失敗を……マナツリーが知っていたと言うことは……)


 翼の戒めを通じて、彼女はミカエルの行動を監視していたのだろう。……その事から、自分はマナツリーには愛されるどころか、信頼さえされていないのだと気づく。


(この翼がなければ……自由になれるのか? いや……違うな。翼がなくなれば、魔力を補充できない。それでは、粛清される前に自ずと息絶えることになる)


 天使にとっても魔力は言わば原動力であり、命の根源。そんな魔力の供給器官である翼は、マナツリーの束縛が具現化したものだ。翼が白い限り、マナの守護を受けられると同時に、彼女の監視を逃れることもできない。そして、戒めを無理やり振り切った時……天使は堕天したという扱いになる。だから、この場合は堕天してしまえば、マナツリーの戒め……延いては監視を免れることはできる。しかし、その選択はミカエルが「本当に望む未来」を描くことはないだろう。堕天使は言わば、マナツリーの期待に応えることが出来ずに挫折した劣等生。その翼の黒は「軟弱者」の証でしかない。……始まりの天使ともあろう者が、そんな情けない境遇に堕ちる訳にはいかない。


(認めてもらえないのなら、認めざるを得ない存在になればいい。……大天使のままでは姉上を超えることはできない。マナツリーの意識が変わることもない……)


 であれば、自分が神になってしまえばいいではないか。それに、マナツリーを屈服させることはできなくても……自身が植えた霊樹であれば、使者と交渉を持つことは可能である。であれば……まずはドラグニールを従えるとするか。そして、ドラグニールこそを神に仕立て上げれば、それを齎した自身も神の高みに登れると……ミカエルは考えるに至ったのだ。

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