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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−32 どんな花にも愛される権利があるのです

 自分の正しさを証明するために、悪魔を討伐せねば。ミカエルは尚も人間界に出てきたらしい悪魔の居場所を突き止め、彼の背後に神々しく降臨してみるものの。……どうも、その悪魔は天使に対しての畏怖を知らない様子。彼女をチラリと一瞥するのみで、逃げも隠れもしない。


「……見つけたぞ、悪魔。尚も人間界に出てきおって……豪胆な奴だな。さて……と。再びやってきたからには、駆逐される覚悟は出来ているのだろうな?」

「……随分なご挨拶ですね。しかし、私にはあなたに討伐される理由がないのですが?」

「何を抜け抜けと。何をしようと、しまいと。悪魔が天使に狩られるのは、必然というものだ」

「左様ですか? ほほぅ……? でしたら、今回は少しだけお時間をいただけませんか? 後程、あなた様の言い分くらいは、しっかりとお伺い致しましょう」


 ミカエルの手に握られた金色の神具を認めても、その背に8枚もの翼が輝いているのに気づいても。悪魔と思しき青年がしばしの猶予を願い出ては、相当の思い入れがあるらしい墓らしき物に再び向き直る。そうして膝を着いては黙祷を捧げ、最後に懐から取り出した可憐な孔雀色の花を供えた。


「……このミカエルを前に、余裕ではないか? お前は一体……」

「アーベント王子。こうして花を手向けられて、私はとても嬉しいですよ。しかし……あぁ、なんと労しいことか。もうあなたの墓を手入れしてくれる人はいないのですね……」


 崩れかけた墓に花を添え、一通りの祈りを捧げた後に、ようやくミカエルに向き直る悪魔だったが。彼の方は大天使・ミカエル相手でさえにも溢れる気品と余裕を見せつけながら、悪魔らしからぬ丁寧な物腰で会釈をしてはジャケットの襟を正す。


「さて、大変お待たせ致しました。それで? 私にどんなご用件で……は、野暮な質問でしたかね。あぁ、ご心配なさらなくても、私は人間界に悪さをしに出てきた訳ではありません。こうして、かつての主人の墓参りに来ているだけですので。何れにしても……あなた様は聞き分けのある方で助かりましたよ。何せ……前回はいきなり総攻撃されてしまいましたからね……。折角の花を台無しにされては、抵抗せざるを得ませんでした」

「ほぉ? だとしたら……こうすれば、少しは狩り取られる覚悟もできるか?」


 彼の勘所が手向けられた花だと分かれば、話は早い。そうして、ミカエルは足早に彼が先程まで膝を着いていたところに歩み寄ると、足を上げて振り下ろす……はずだった、のだが。


「いけませんよ、レディ・ミカエル様。美しい淑女がか弱い花を足蹴にするなどと。……花は愛でるものであって、踏みつけるものではありません。道端に咲くささやかな花であろうとも、庭園に咲く大輪の花であろうとも。どんな花にも愛される権利があるのです。そう、この世の全てのレディと同じように……ね」


 しかし、踏み下ろした足を白グローブの手で受け止められて、いくら力を込めようとも彼の掌を踏破することも叶わない。優雅な所作の割には、彼の手はミカエルの横暴を易々と受け止めて見せる。その様子に、目の前の悪魔が相当の大物らしい事を悟ると、虚勢を張ろうとばかりに喚くミカエルだったが……。


「お前の戯言を聞くつもりはない! いいから、その手を離さんか!」

「離しても結構ですが……私が去った後もこの花を残しておいてくれると、約束して頂けますか? 私が選んだばっかりに、踏みつけられる運命を辿ったとあらば……花も主人も浮かばれないというものです」

「だから、悪魔の戯言を聞くつもりはないと言っておるだろうに!」


 喚くついでに気味も悪くて、足元に傅く悪魔の頭になりふり構わずロンギヌスを振り落とすミカエル。しかし、その鋒さえも易々と受け止めると……仕方ありませんね、と呟いては悪魔が後ろに飛び退く。


「……なるほど、レディ・ミカエル様は相当に短気なお方のようだ。人の話を聞かないところといい、礼儀を知らないところといい。ふぅむ……躾のしがいに関しては、私の主人といい勝負でしょうか?」

「うるさい! そもそも……悪魔なんぞに躾けられる筋合いもないぞ!」

「全く……これだから、怒りん坊はいけません。そんなにも頭に血を巡らせては……勝てるものも勝てなくなりますよ?」

「だから、黙れと言っておろうに! えぇい、もういい! ……こうなったら、望み通りにロンギヌスでその心の臓を貫いてくれる!」


 下ろしたままのプラチナブロンドを振り乱し、勢いに任せてミカエルが踏み込もうとも。どこか呆れた様子で腰から抜いたサーベルを構えながら、対する悪魔はやれやれと肩を竦めて見せる。


「天王の名の下に怒号を纏い、荒神たる鉄槌とならんことを! 金色の息吹で全てを滅ぼせ、イエローカタストロフィッ‼︎」

「初手から風属性の最上位魔法を放ってきますか。ふむ……でしたらば。堅牢な鋼鉄の決意を知れ、我は純潔の庇護者なり。クリスタルウォール……で如何でしょうか?」

「なっ? クリスタルウォール、だと……? まさか、お前は地属性なのか?」

「その通りですよ。全く……人の話はきちんと聞くものです。先程から、忠告も差し上げておりますでしょうに。冷静さを欠いては、勝てるものも勝てなくなります。思慮を怠れば、思わぬ相手に大敗を喫することになります。……確かに、あなた様は大天使だけあって、相当にお強いのでしょう。今ので魔法の腕も一流とお見受けしました。ですが……全体的に気品が足りません。実力以上に、美しく勝つという事をご存知ないのが、非常に残念です」

「勝利に美醜は関係ない! それに……魔法に頼らずとも、私にはこれがある! ロンギヌス、悪しき者を駆逐するため……私に力を!」

「重ねて申し上げますが……人の話はきちんと聞くものですよ? ますます、野蛮で滑稽ですねぇ……」


 どこかミカエルを小馬鹿にしている悪魔は、ため息混じりの柔らかな微笑を漏らし続ける。洒脱な礼服の佇まいに、落ち着いたネイビーの髪。長めの毛髪は鮮やかなブルーのリボンでしっかりとまとめられ、後毛やほつれ1つない。そして、底なしの余裕を見せつける深いグリーンの瞳はどこまでも穏やかだ。それなのに……その動きの無駄のなさと言ったら。エレガントでありながら、乱れも隙も作らない剣捌きは嫌味な程に格調高く。まるで円舞を踊るかのようなステップは、しなやかに変則的なリズムを刻んでは……着実にじわじわと彼女のペースを乱していく。


「お前……本当に何者なのだ……? 憤怒の悪魔の中でも、相当上位の奴だと聞いてはいたが……」

「おや。天使様方の間で、そのような評判が立っておいでか。いや、名乗る程のものではございませんが……一応、憤怒のナンバー2だとだけは申し上げておきましょう。……と、いけません。少々、長居し過ぎたようです。そろそろ、主人の子守に戻らねば」

「……逃げるのか?」

「そう取っていただいても構いませんよ。……私には最初から争う気も、悪さをする気もございません。ただ、思い出に浸りにきた……それだけなのです。それでは、ご機嫌よう。レディ・ミカエル様」

「まっ、待て! それでは、私が困るのだ!」

「ふむ? それはまた……どうしてでしょう?」


 明らかな実力差がある以上、互いに無傷で済ませることは彼女にとっても都合がいいだろうに。しかし、自身の正しさを証明しなければならないミカエルには、どうしても「証拠」を持ち帰る必要がある。そして、自分こそが天使長の座に相応しいと示さなければならない。それなのに、悪魔を討伐するどころか遊ばれた上に逃げられたとあれば……今度は天使長を失望させるだけではなく、情けない奴だと見下されるに違いない。


「……本当にちっぽけな理由でございますね。それは要するに……私を手土産にすることでご自身の恥を隠そうとしているだけではありませんか。……詳しい事情は存じませんし、お伺いするつもりもございませんが。そんな事では、あなた様はずっと2番手のままでしょうね」

「だろう、な。私とて……よく分かっておるのだ。私には力が足りない。いや……違う。私は最初から天使長に及ばぬように力を制限されて作られている。だからこそ……限界を破り、この手で頂点の座をもぎ取って……」


 しかし、しばらくワナワナと震える左手を見つめては……ミカエルは何かを諦めたように肩を落とす。

 ミカエルだって、本当は分かっている。「失敗しない者など、この世には存在しない」事くらい。しかし、ミカエルにはそれを受け入れられない理由が既に出来上がってしまっていた。……おそらく、このままでは自分達は「正しくない」と判断され、遅かれ早かれ排除されてしまうと、薄々気づいてもいたのだ。だからこそ、自分は「絶対に失敗しない正しい存在」であることを証明しなければならなかった。ルシフェルから話の論点がズレていると言われようが、大馬鹿者と罵倒されようが。中級天使と同じ失敗を大天使がするはずもないだろうと、見せつける必要があったのだ。

 それなのに……憤怒の「ナンバー2」の悪魔は大天使・ミカエルさえも素気無くあしらう程の実力者だった。しかも、彼の方は「主人を躾ける」立場にあるらしい。もちろん、それが彼流のジョークないし、ハイパーボリである可能性もあるだろう。しかし……2番手同士だと言うのに、彼の実力は属性の相性を抜きにしても、否応なしにミカエルに彼我の差を諒解させるものだった。


「まぁ、いいでしょう。こうしてお会いしたのも何かの縁です。……そちらの花を残していただけるのであれば、証拠とやらの欠片をお渡しするのも一興でしょうかね?」

「貴様は……このミカエルに恩を売るつもりなのか?」

「いいえ? ですから、申しておりますでしょうに。……こちらの花を残していただければ、それで十分だと。これは一種の取引ですよ。それに……」

「それに?」


 故人の墓前で争うなど、無粋にも程があります……と静かに呟きながら。意外と冷静に矛先を収めたミカエルに、悪魔は最大限の同情と温情を示す。そうして、精悍な執事姿を悪魔の姿に変じると同時に……美しい尾羽を1本引き抜いては手渡した。


「……綺麗、だな……」

「お気に召されて、何よりです。その尾羽をどのような理由で持ち帰るかは、あなた様のご判断にお任せしますが。……これに懲りて、あまりご自分を追い詰めないよう、くれぐれもご自愛を」

「……」


 最初から最後までミカエルを丁重にレディ扱いしては、悪魔が鮮やかに展開した転移魔法で帰っていく。一方で半ば呆然としながらも、手元の尾羽と墓前の花の色とを見比べては……ミカエルは自分でも理由の分からない涙をハラハラと流していた。

【作者の意味のない呟き】


鳥(憤怒)の悪魔を取り逃したから、カーネル……。

はい、これ余談。

KFCのカーネルおじ様のお髭と立ち姿はとっても好きですが、作者は鳥ちゃんを食べるなんてことはどうしてもできないのです。

豆腐メンタルを抱えた同族意識もあり、ケンタさんには半径1メートル以内に近づけなくて……。

何これ、なんの防御魔法? (そんなものはありません)。


なお、これまた余談ですが。

作中の憤怒の悪魔が鳥類なのは「アングリーバード」の語呂に影響されただけなのです。

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