17−23 蛮勇にして凡愚
自分の役目を故郷の霊樹ではなく、醜悪な姿に変貌したローレライのお膝元で聞かされて。あまりに身勝手な契約主の理想に逆上したオズリックには、最早理知的な判断力は残っていなかった。そうして、ここぞとばかりに鱗にストックしていた魔法を次々に解き放つが……。
「ここで闇に飲んでくれる! さぁ、心ゆくまで滅亡の吐息を聞くがいい!」
「ダークシンフォニアの同種多段……そして、詠唱なしの魔法発動……か。クク。それでこそ、我が世界の礎としても都合がいい。蛮勇にして凡愚。この期に及んで、エレメントマスターの固有能力を披露しなくていいものを」
詠唱なしの魔法発動は「塔」の検知に引っかからない。フランツ、もといミカエルはその事も熟知していたからこそ、オズリックに詠唱なしで魔法を発動するよう指示していた。心の内ではとっくに愛想を尽かし、袂を分かった神界に気取られないように事を運ぶには、「塔」の監視を掻い潜るのは必須事項。そして、そんな契約主のオーダーに対し、オズリックも素直に従っては余程のことがない限り、鱗に留めた魔法だけを使うようにしてもいた。それでなくても、鱗に魔法をストックできるのは非常に便利な現象である。詠唱をしなくていいという事は、口を塞がれていても発動できるという事であり、「沈黙」の状態異常下ですらも発動を可能とする。しかし……便利な反面、鱗への魔法ストックには明らかなデメリットが存在するのも事実であった。
「……記録通りにしか発動しない魔法など、取るに足らぬ。お前の魔法能力を隅々まで知っている私に、その手は通用せぬぞ?」
「クッ……! ならば、これならどうだ⁉︎」
「……無駄だ。地属性の魔法だろうと、闇属性の魔法だろうと。私の鉄壁を穿つ魔法など、ありはしない」
あらかじめ書き込まれた魔法を開放している以上、鱗から解放した場合は魔法自体を臨機応変に組み替えることはできない。もちろん、大量の魔法をそれぞれの鱗に書き込んでおけば、ある程度の状況のには対応もできるだろう。しかし……そもそも鱗に魔法を書き込んで、効果を損なうことなく保持すること自体が難易度の高い技術なのだ。
鱗に魔法をストックするということ。それは鱗を魔法道具素材という媒体に見立てて、魔法概念と一緒に流動的な魔力を封じ込める作業になるが、一般的な魔法道具と同様に永続的な効果の保存はできない。魔力が足りなければ、「引退した魔法道具」に成り下がるのは、竜族の鱗といえど事情は変わらなかった。だから、定期的に魔力を調律してやらなければならないし、調律を忘れて利用不能になった場合は鱗ごとその身から切り離さなければならなくなる。故に……生命線でもある鱗を大量に失う可能性を考慮した場合には、無作為に不要な魔法を溜めこむのは賢いやり方ではない。
そして、オズリックは地属性の竜族にも関わらず、攻撃魔法に重きを置いては防御魔法のストックは最低限に留めていた。片や、ミカエルの方は手にした武器で知り尽くしたオズリックの攻撃魔法をいとも容易く防いで見せる。そんな「彼」の手に握られている見覚えのない武器に、不穏な威圧感を感じては……流石のオズリックは意図しない恐怖心から、ジリジリと後退りしていた。
「……怯えているのか? まぁ、そうだろうな。この剣は私のためだけに作られた、神聖なる武器……その名はカレトヴルッフ。とある悪魔の尾羽と、かつては我が手にあった神具・ロンギヌスの片鱗とを融合させて作り出した、究極の武器だ。この刃を前に……切り裂けぬものなど、無きに等しい」
自分より強いものに怯えるのは、生物としての本能。少しでも長く生き延びようとするのは、生物としての自然な反応。恐怖心を忘れ、盲目的に歩みを進める愚者には大抵の場合、素敵な未来は残されていない。肝心の防御を捨てているが故に、がむしゃらにならざるを得ないオズリックを怯えさせる聖剣は……暗黒の寂光と神聖の閃光とを宿し、尚も静かな圧迫感で荒唐無稽な勇気を萎縮させ始めていた。
「……別に怖がらなくてもいい。私はただ、お前に本来の役目を全うさせようとしているだけだ。……まぁ、何れにしてもお前が死ぬことに変わりはないがな」
「そんな事を受け入れられるとでも、思うのか⁉︎ ワシは……ワシは……!」
「知っているよ。愛しいシェルデンを我が物にするために、スペルディザイアを使うつもりだったのだろう? 夢を叶えるために、故郷を捨てて……その愛を認めなかったドラグニールに復讐するつもりだったのだろう? だが、私のドラグニールに復讐されるのは、少々都合が悪い。霊樹の力を弱めてくれたのには感謝しているが、滅ぼされては困るのだよ。とは言え……悪魔の魔法書で枯れる程度では、我が新世界の礎には不適格というもの。ふふ……だが、あやつは見事に障害を退けて見せた。それでこそ、崇高なる天使の手に齎されたドラグニールの真髄というものだ」
「ふん! そんな事、ワシには関係ないわ! ワシに必要なのは新しいマナツリー……延いては、ドラグニールのない新しい世界の方だ。そもそも、ドラグニールはお前なんぞの物ではないぞ!」
「……そうか。それは残念だ。……その答えを聞いて……私は心底、お前に失望したぞ」
だから、もういい。その口を閉じろ。
そうしてミカエルは自身が掌握しているディバインドラゴンの祝詞に「悪戯」を仕掛け始める。全幅契約さえ結んでいれば、強制契約に切り替えることも可能。だが、強制契約は精霊に対し絶対服従を強いるが故に、対象者に最大級の不自由をもたらす。だから……ミカエルは全幅契約を保ったまま、ディバインドラゴンから名前のみを奪うことにした。
「これで……よし、と。本当はすぐさま強制契約に切り替えてしまいたかったのだがな。強制契約では精霊から言葉をも奪い取ってしまう。だが……お前にはまだ、ルートエレメントアップを使うという使命が残っている。だから、服従の証に名前だけいただく事にするよ。さて。まずは最初の命令だ。とにかく……私がいいと言うまで黙っていろ。そして、そこで……私がグラディウスを屈服させるのをただ、見ていろ」
「……」
名無しのディバインドラゴンは祝詞からかつての個体名を削除され、自我そのものを失い始めていた。名前を呼ばれることは、何よりも大切なこと。名前を呼ばれることは、その存在を肯定されること。しかし、その名前を奪われては……精霊は自分が誰だったのかさえ、分からなくなっていく。
「しかし……名前がないのは少々、不便だな。それに、魔法自体を忘れられても困る。……ふむ。だったら、こうするか」
どうも、ミカエルの思想はどこまでも「彼」中心で回っているものらしい。彼から名前を奪ったのは他ならぬ、自身だと言うのに……更に自分勝手な事を言い出しては、もう1度ディバインドラゴンの祝詞に「悪戯」を施し、あろうことか全く別の名前を書き込んでみせる。そうして、「彼」がディバインドラゴンに与えた名は……少しばかり、ロマンティックなものだった。
「今からお前は薔薇の冠……ローゼンクランツ、だ。我ながら、いい名だと思わんか? 私のドラグニールにその身を持って……素敵な白薔薇の冠を誂えておくれ」
自己満足にも程がある嘲笑を漏らしながら、あとはローゼンクランツの存在など初めからなかったかのように、ミカエルは鋼鉄の霊樹・ローレライに向き直る。
もう、待ち惚けるのも飽き飽きだ。いつになったら、新しい世界の礎を稼働することができるのだ? 待てど暮らせど答えが与えられないのなら……自分で探してしまった方が退屈凌ぎにもなって、余程いいではないか。
“失敗作”の命を圧縮して錬成した熱エネルギー・ラディウスをいくら注ごうとも、グラディウスは折角のエネルギーをどこかで消耗しては、沈黙を守ったまま。そして……目の前の霊樹の中に潜む、天使の介入を許さない程の女神こそがエネルギーを横取りしているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
神の座を争う相手は、自分よりも早くクージェに根付き、悪意を振りまいてきた古代の女神。彼女の仮想敵はミカエルのそれと同じ相手かも知れないが、最終目標……世界の神に上り詰めること……も同じなのであれば、非常に不都合だ。だからこそ、強硬にミカエルの支配を弾き飛ばす存在そのものを、へし折らなければならない。
「……世界の支配者は1人で十分だ。そして、世界樹となるべき存在はお前ではない。私が齎した最上の霊樹・ドラグニールこそが、世界に調和を齎すに相応しい。お前はただ、私の世界を作るための足場になっておればいいのだ。……生意気な自我など、捨ててしまえ」
穢れた大天使の暴虐な提案に、言葉を発することもできないらしい機神王・ヴァルシラはキリキリと不穏な機械音を響かせては、怒りの形相を露わにして見せる。しかし、それすらも取るに足らぬと、手にしたカレトヴルッフで彼女の首を薙ぐミカエル。そうされても尚、ヴァルシラには怨嗟の断末魔を上げることさえ許されぬが……だけど、ミカエルは知らない。彼女の死と同時に、ある仕組みが稼働することを。ヴァルシラの最後の抵抗を搭載した、とあるシステムが再起動することは……どこまでも、ミカエルには知り得ないことだった。




