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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
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17−7 心という不確定要素

「ここにきて、何があったのでしょうね? あなたが自我を持ち直すなんて」

「別に、何もない。ただ……もう少し頑張れそうなだけ」

「そうですか? で? どうします? これ、いりますか?」

「……いらない」


 ハインリヒが差し出した赤いお薬を拒絶して、どこか人間臭い仕草で首を振るハール。唯一の餌でもあるそれを拒んだら、その身は持たないだろうに。それでも……限りなく虚でありながら、明確な意思を示しては断固としてハインリヒの配慮を辞退する。


「ま、無理強いはしませんけど。ですけど……」

「……パンが食べたい。……スープが飲みたい」

「えっ? 今……なんと?」

「だから……パンと、スープが、欲しい……」


 しっかりと栄養を補給しないと死んでしまいますよ……と、ハインリヒが忠告しようとしたのも束の間。既に必要ないはずの「人間の食事」を所望しては、ハールが仮面越しの鋭い眼差しを向けてくる。その様子に……俄に高揚するハインリヒ。


「そう……そうですか。えぇ、もちろんですよ。すぐに食事を用意させましょう。ふふ……ふふふふふ……! 理由は分かりませんが、あなたは自我を取り戻して、完全な存在に近づこうとしているのですね……! それは僕としても、大いに歓迎するべきことです。是非にそのまま、自分らしさを追求してください」


 僕のためにも……ね。

 散々土足でハール(エドワルド)の心を踏み躙ってきたクセに、魂が息を吹き返した事にも迎合してはハインリヒは、自身の研究が成功しつつあるのに興奮していた。とは言え……。


(しかし、成功の鍵が何だったのかを確認する必要はありますね……)


 欠陥だらけの「無敵兵」の完成を目指すには、彼の自我を持ち直させたきっかけが何なのかは是非に押さえておきたい項目だ。ハインリヒが「神人合一」と定義しているルベドの領域まで昇華できても、最後まで自我をしっかりと維持できた「被検者」は今まで誰1人いない。大抵はレッドシナモンの副作用に負けては精神に異常を来たし、肉体の制御もままならない状態になるのが常だった。しかし、今のハールは自我を取り戻して、状況を安定させているではないか。もし、そのまましっかりと精神と肉体の均衡を保っていられるのなら。完璧な容れ物としての肉体を求めるハインリヒにとっては、何よりも好都合だ。


(そう言えば……この感じは例のプロトタイプと似ている気がしますね。確か、あの時は……)


 自我を取り戻したハールの様子を訝しがりながらも……今度は同じ状況が約720年前にもあったかも知れないと、ハインリヒは思い出を引っ張り出していた。

 そうそう。あの時はとある女が乱入したせいで、プロトタイプの自我が吹き戻されたのと同時に、傑作を台無しにされたんだった。しかし、もし彼女の存在こそがプロトタイプを完成に近づけたのであれば。「無敵兵」の完成には肉体へのアプローチだけではなく、精神へのアプローチも必要なのかも知れない。そこまで考えて……今度は上機嫌から一変、ハインリヒは折角のご機嫌を急下降させる。


(……何を、馬鹿馬鹿しい。心なんて不安定な要素をプロセスに組み込む訳にはいきません。そんなメソッドを認めてしまったら、確実に安定した肉体を作ることができないではないですか)


 忌々しげにそんな事を考えながら、料理がある程度できるらしいコランドにハールの給餌をお願いしようといそいそと移動していると……そのコランドがグランティアズにいるはずのオズリックと一緒にやってくる。しかし、彼らの方は妙に慌てているようにも見えて……何か良からぬことが起こったのだろうと、ハインリヒの興味は彼らの緊急事態の中身にすぐさま向き直る。


「おや? どうしたのです、そんなに慌てて……」

「すまない、ハインリヒ。少し……不味いことになってな」

「不味いこと?」

「えぇ……オズリック様がおっしゃるには、フェイルランが行方不明になっているのだとか」

「は?」


 あれ程までに忘れっぽく、他者依存が激しかったフェイルランが持ち場のグランティアズから勝手に飛び出すなんて、あり得ないとハインリヒは高を括るものの。しかしオズリックが言うには、彼女は例の魔法書を持ち出しては読書に勤しんでいた形跡があるものの……とある部屋に魔法書とちょっとした人形を残すばかりで、本人の姿が見えないのだそうだ。


「……ジルヴェッタの部屋に、魔法書と一緒にこんなものが残されていてな。おそらくだが……フェイルランは何かを思い出したんじゃなかろうか」

「まさか。健忘症も甚だしいフェイルランが何かを思い出すなんて、馬鹿げていますよ。本当にきちんと探したのですか?」

「探したさ。それこそ、城中隈なく隅々まで」


 だけど、見つからなかったのだ……と肩を竦めながら、とりあえず引き上げてきた魔法書(複製版)と人形をハインリヒに見せるオズリックだったが。その人形が何を象っているのかは、人間の文化には興味を示さないハインリヒさえも、イヤでも思い至る。三つ編みが取れてしまってはいるが、あからさまに気取った表情といい、取って付けたような厳かな雰囲気といい。それがまさに大人気の勇者像なのだろうと考えると、ますますハインリヒとしては鼻持ちならない気分にさせられる。


「……フェイルランはこれを見て、何を思い出したと言うのでしょうね? まぁ、いいか。僕の方はちょうど、この魔法書を再確認したいと思っていましたし……グランティアズはそろそろ、潮時でもあるでしょう。とは言え……ハァァ……。肝心の女神がいないのでは、結局は計画が進まないではないですか……」

「そうだな。グランティアズの仕上げ自体には、すぐに取り掛かれそうだが……女神が不在である以前に、スペルディザイアを使うにも、まだまだ準備が足りない。使い手として最有力候補だったフェイルランがいなくなった上に、神父は悪魔としては不足があるのだろう?」

「えぇ……誠に申し訳ございません。私はどうも、もう片方に色々と持って行かれているせいか……悪魔としての本領を発揮できないのです……」

「あぁ、すまない。別にそなたを責めているつもりはないぞ。悪魔ですらないワシの方こそ、そんな事を言えた立場ではなかろうて」


 オズリックとコランドは相性も悪くないのか、麗しい仲間意識を持ち寄っては、互いに差し障りのない気遣いを見せる。その様子に、どこか除け者にされた格好になっては、ハインリヒとしてはますます面白くない。何もかもが妙に噛み合わずに上手くいかない状況で、こうも仲良し加減を見せつけられると、かつての相方(と言うには、不出来が多すぎるが)が失踪した現実に今更寂しいと思わされるのだから、つまらないではないか。


「オズリック。戻ってきて早々にすみませんが、あなたにはヴァンダートに行ってきて欲しいのです。グラディウスの馴染み加減を見てきてくれませんか」

「承知した。しかし……なかなかにローレライも曲者だったみたいだな?」

「そのようですね。とは言え……その曲者具合が非常によろしかったお陰で、僕達に新しい神様を作るきっかけが与えられたのですから。ここはローレライの配慮を有難いと思わないといけませんかね」

「しかし……そのグラディウスとやらは、大丈夫なのですか? 聞けば、調整役がとっくに逃げ出した後だとか……」

「もちろん、コランドの言いたいことも分かりますよ。霊樹は自分の手元にある魔力と魂とで使者を仕立てるのが、正しい姿ですからね。あなたの懸念は至極、真っ当なものでもあるでしょう。しかし、純正品でなくとも自身の魔力と適合する相手であれば、使者としてお抱えにすることは可能なのです。まぁ、きっとローレライの使者はブリュンヒルドの変質に怯えて逃げ出しただけでしょうけど」


 本当に馬鹿な事をしたものだ。精霊に支配されまいと抵抗した結果がただの逃亡だったなんて、お粗末にも程がある。それでなくても……。


(……機神族は他の世界で生きていけません。ベースが機神族である以上、今頃はその使者も鉄屑に成り果てていることでしょう。全く……機械仕掛けのくせに、多様性を持つからいけないのです)


 ローレライが人間界に根を下ろしてからと言うもの、代替わりをすることもなく機神界に君臨してきた女王・ブリュンヒルド、その名はヴァルシラ。絶対防御を誇る幾千の盾による魔防壁によって、ユグドラシルに仇なす者を悉く抑え込み、そうして朽ちた魂こそを浄化してユグドラシルに捧げることで……悪しき者さえも世界の循環へと戻しては、救済を実現させてきた慈悲深きはずの守護女神。しかして、その実態は機神族にあって唯一、成長を伴う変化を遂げる異能の統治者というシステム構成を孕む存在でもある。

 そして、変異性というプログラムを内包するが故に、ブリュンヒルドは自分こそがローレライの持ち主だと勘違いのエラーを起こし始めたのだろうとハインリヒは勝手に考えていた。だが、そのきっかけが何だったのかは、ハインリヒには知る術もないが。


(熱暴走を起こしたブリュンヒルドに取り込まれたら大惨事になりかねないと、使者は助けを呼びに外に出たのでしょう。しかし……その声は届かなかったばかりか、ますますブリュンヒルドを調子づかせる遠因になった……)


 そこまで思い至って、やはり新しい神様の依代は必要だという結論に至っては……コランドには別のお願いをしようと決めるハインリヒ。それでなくても、マナツリー・レプリカに女神を宿すための依代が必要な現状は変わっていない。それに……向こう側の世界にも手を伸ばそうと、拠点作りも進めていたのではないか。であれば、ついでにそちらの視察も一緒にしてもらおうと腹づもりしては、今度はコランドに向き直る。


「あぁ、そうそう。コランドには“お食事”の後、カーヴェラに行ってきて欲しいのです」

「カーヴェラ、ですか?」

「えぇ。カリホちゃんに活動拠点の整備をお願いしておりましてね。折角です。あなたにはそちらの様子を見に行って頂くのと……可能であれば、そのカーヴェラにいるらしい依代を探してきて下さい」

「……あぁ、依代の確保が必須なのは変わらないという事ですな」

「そういう事です。お願いできますか?」

「かしこまりました。人間の街には興味はございませんが……そちらに紛れれば、私も悪魔になるきっかけを掴めるやもしれません。……ハール様のお食事が済みましたら、早速行って参ります」

「頼みましたよ。それで、僕は……あぁ。やっぱり、フェイルランを探した方が良さそうですかね? 何だかんだで、彼女には悪魔としての使い道はありましたし。……居なくなられるのは、少々困りますね」


 手渡された魔法書と人形とを見比べては、決して寂寞に駆られた訳ではないと……誰に向けるでもなく、心の中で言い訳をしてみる。しかし……認めたくはないが、本当はフェイルランがいなくなって不安なのだと、ハインリヒは憂鬱を募らせていた。ただ、見下して馬鹿にしているだけのはずだった相手なのに。いざ居なくなると寂しいのは、どうしてなのだろうと考えて……自分の心という不確定要素が何よりも不愉快だと、尚もご機嫌を正せないままである。

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