表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第17章】機械仕掛けの鋼鉄要塞
716/1100

17−6 熱を持つが如く

 必要以上に真面目で細かい性格らしいマモンに、リッテルがこっ酷く叱られていたのを見送った後。別にライチを摘むくらい構わないのにと思いながら……それも彼なりの愛情表現なのだろうと、勝手に考えて。コーデリアは寂しさを紛らわせるように、煙管の吸い口に柔らかく唇を寄せていた。

 彼らには話さなかったが、コーデリアの物語にはちょっとだけ続きがある。そんな内緒の物語を1人、思い出しながら……ぼんやりと自分が吐き出した紫煙を見つめるが。今度は如何にもこうにも、人肌恋しいのだから自分も十分に薄情者だと、自嘲してしまう。


***

(ここは……どこぞ? それに……私は……)


 誰だったっけ?

 しっかりと名前こそ思い当たるものの、それ以外は何1つ思い出せない。今いる場所にも見覚えがなく、自分は道に迷っているのだろうという事しか分からない。それでも、何故か歩き続けなければと足を早めていると……既に何者か達に囲まれているのにも気づく。


「ほぉ〜……こんな所に生きのいい人間が来るなんてなぁ……」

「本当だ。ククク……楽しんだ後に、摘むのも良さそうだな。肌も肉も柔らかそうだ」


 目の前に現れたのは、どうやら自分を2重の意味で「食べる」つもりらしい3人の異形達。角を生やし、背中に翼がある時点で、彼らは所謂「悪魔」というものなのだろう。


「……あぁ、なるほど。私は地獄に呼ばれた愚か者ということか……なんと、情けない。一体、何をしたのだろうな……」

「うむ? お前、まさか……記憶がないのか?」

「そう、だな。名前以外は思い出せない」

「……!」


 記憶を失ったことを素直に白状すれば、何故か目の前の3人が困ったように顔を見合わせては、ヒソヒソと話をし始めた。これから食べてしまおうという相手の記憶がないことが、どうしてそんなに問題になるのだろう。彼女にはその事が不思議ではあるものの……同時に記憶はないにも関わらず、何かを諦めてもいて。既に自暴自棄にもなっていたこともあり、自分の生存さえも他人事にしか思えない。そうして大人しく、彼らの「会議」の着地点を窺っていると。その結論が出る前に、誰かが会話に割り込んでくる。


「あぁ〜、いだいだ。あっ、おまえだち、おでのかわりにおむかえ、してぐれてたの?」

「べ、ベルフェゴール様!」

「ベルフェゴール様が自らお越しになるという事は……」

「もしかして……この女、闇堕ち者ですかい?」

「うん、ぞうだよ〜。あはは。おで、いっしょうけんめいおぎようとしたけど、おぎられなかっだ……」


 そうして割り込んできた新顔の奴は……どこをどう見ても、この中で1番弱そうに見えるのだが。しかして、先程まで「迷子」を舌なめずりしながら見つめていた3人が忽ち平伏するのだから、ベルフェゴールと呼ばれた悪魔は相当に偉い相手らしい。


「だいじょうぶ? けが、ない?」

「え、えぇ……大丈夫でございますが。しかし……その。闇堕ち者とは?」

「うん。おまえ、あくまになった。だから、まかいによばれた。で、おでのりょうぶんになるから、むかえにぎた。なんだけど……ごめんよ〜。ほんとうはにんげんかいまで、おむがえにいきだかったんだけど、おぎられなくて……」

「は、はぁ……」


 スローテンポかつ、変なイントネーションの言葉遣いでベルフェゴールが説明する所によると。どうやら、自分は生前に相当の禍根を残していたとかで、死にきれずに悪魔になってしまったらしい。そして、ベルフェゴールの領分でもある「怠惰の悪魔」にはなりそうだが、明らかに新種だということもあり、慌てて迎えに来たのだとか。しかし……慌てている割には寝坊で遅刻をしている上に、言葉遣いには焦りも一切感じられないのが妙に間抜けである。


「それで……なまえ、おじえてほじい。なまえ、おぼえでる?」

「名前くらいは覚えておりまする。確か……シンズァンと、申したかと」

「し、し……しずあーん?」

「ですので、シンズァン……」

「しんざん⁇ ゔ……そのなまえ、おでにはむずかじい……。おりえんとのことば、はつおん、できない。……うーんと……だったら、おでのほうで、ごっちふうのなまえ、づけていい?」


 ちゃんと意味は同じ言葉にするから……と、自分の舌が不器用なのを理由に、妙な調子で名付け親を買って出るベルフェゴール。一方でそんなに難しい発音ではないのだが……と、渦中のシンズァンは呆れながら彼を見つめているが。悪魔だという割にはどこかユーモラスで、人懐っこい笑顔を見せるベルフェゴールの様子に……根拠がないなりにも、安心していたのも事実だ。


「きょうから、おまえはごーでりあ。それで……あくまめいは、おりえんとでびる。どう? それでいい?」

「ゴーデリア?」

「あっ、ごめん。ごーでりあ……じゃなくて、ご、ご、こっ! こーでりあ。ごっちのことばで、しんぞうって、いみだよ〜」

「コーデリア、で……ございますか。あぁ、なるほど。……そうですね、その方がよろしゅうございますね。郷に入っては郷に従えと、よく申しますし。……こちらの言葉で名乗るのも、肝要というものでしょう」

「うん、うん。ぎにいっだ? それじゃ、ごーでりあ。おでのいえにあんないずるよ。ちゃんとおせわはずるから、あんしんして〜」


 結局、「ゴーデリア」になっているじゃないか。嬉しそうによく分からない上下運動で肩を揺らしながら、自分を魔界に誘うベルフェゴールに呆れつつ。けれども……その誘いに自然に反応するように、コーデリアが契約の言葉を口にする。


「かんげいずるよ、おりえんとでびる・ごーでりあ。こわがらなくても、だいじょうぶ。おでが、ちゃんとまもっであげる」

「えぇ、かしこまりました。これから、よろしくお願いいたします……マイ・ボス」


***

(全く……本当に今も昔も、悪魔のくせに人畜無害なのだから)


 しかし……目の前でスヤスヤと寝息を立てている親玉の本当の凄さを、コーデリアはよく知ってもいる。普段から散々、甲斐性なしと罵ってはいるものの。ベルフェゴールは実際にはそこまで弱くない……いや、本気を出せば魔界でも相当に強力な悪魔ではある。ただ……余程のことがない限り、やる気が出ないだけだ。


(……ふふ、それでよろしゅうございます。それこそが、怠け者なりの生き方というものでございましょう)


 常に情熱を激らせる必要はない。常に努力しようと振る舞う必要もない。本領を発揮するべき時を見誤らなければ、構わない。必要な時に熱を宿すことを忘れていなければ……それで十分。


(お前様がこうして修繕してくれた煙管道具は以前にも増して、美しゅうございます。これでも……私はお前様には、心底感謝しておりまする)


 怠け者ではあるが、ベルフェゴールはある種の職人でもある。伊達に魔界の武器職人達をまとめ上げているわけではなく……実は自身が1番、手先だけは器用な上に物作りが得意だったりする。そうしてマジマジと手元の煙管を眺めては、「お直し品」を渡してきた時のベルフェゴールの様子も思い出して。尚も、くすぐったい気分にさせてくるのだから……ベルフェゴールはなかなかに手癖も悪い。

 ゴラニアの地で悪魔になったコーデリアに残されたのは、豪奢だが所々に傷を負った朱塗りの道具箱。闇堕ち直後の彼女はその道具の使い方も、煙管の蒸し方も忘れていたが。それでも、きっと大切な物だろうからと……ベルフェゴールは預かった記憶のカケラをコツコツと修復しては、彼女の手元に返したのだった。最期の記憶を思い出す前の配下に記憶のカケラを戻すのは、あまり褒められた行為ではないが。しかし、何かと無邪気過ぎるベルフェゴールは「完成品」を一早くコーデリアに見せたくて……そのあまりよろしくない行動に出てしまった。そして、その結果……。


(まぁまぁ、呆れる程に殿方というのは、同じ顔をなさるのですね。誂えたように、そっくりな笑い方をされるのですから。……無駄に色々な事を思い出してしまったではないですか)


 惚れた女を喜ばせるために贈り物の趣向を凝らすのは、古今東西どこの男も変わらないものらしい。自らの手で磨いた煙草盆を差し出し、はにかむベルフェゴールの笑顔は……彼女の記憶を疼かせる誰かが、思い出の品を贈ってくれた時と同じ笑顔だった。そうして、意図せず思い出の品を受け取ってからと言うもの……コーデリアはその笑顔の本当の意味を知ろうと、無我夢中で紫の煙を吹き続けた。そして、ついに……笑顔の意味に、ようよう彼女なりの答えを見つけ出す。


「……私も相当に浮気者でございますね。いくら死に別れたとは言え……夫とは別の殿方からの求愛を嬉しいと、心の底から感情を熱らせるのですから。ふふ……ほんに、情けない。お前様があまりに一生懸命でしたから……恋しく思われることが心地よいと、絆されてしまったではないですか」


 それは、ただの錯覚かもしれない。それは、馬鹿な思い上がりかもしれない。だけど、その笑顔が彼女のボロボロだった心に確かな火種を落としたのは、紛れもない事実。そんな事をハッキリと自覚しながら、クツクツを笑いを零しては……最後にフゥッと、紫色の煙を吐く。手元の煙管が雁首だけにここぞと熱を持つが如く。必要な時に、必要な情熱を発揮する不器用な主人を見つめては……たまには一緒に一眠りも悪くないかと、枕元に持ち込んだ煙草盆に煙管を預けるコーデリアだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ