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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−34 あの子からの伝言

 目を開けば……足元の魔法陣が役目を終えたと言わんばかりに、搔き消えていく。どうやら、俺は無事に自分の記憶を取り戻せたらしい。朧げな意識が鮮明になっていくと同時に、新しい力が湧いてくるのが、確かに感じられた。


「……」


 目の前には、表紙が擦り切れた聖書が安置されている。俺の記憶のカケラ……俺が人間として、生きていた証。聖書の最後のページには、思い出の中でも一際色褪せない記憶……あの子との約束の赤いリボンの切れ端が、きちんと挟まっていた。


「終わった〜? 気分はどう?」


 部屋から出てきた俺の姿を確認すると、ベルゼブブが相変わらずの調子で声をかけてくる。


「あぁ、悪くない。それに、大事なことを色々思い出した。少なくとも……俺が何をしなければいけないかは、しっかり見えたよ」

「そう? それはよかった。……うん、魔力も随分と上がっているみたいだね。試練達成おめでとう、ってところかな?」

「……そうだな。ところで……俺が籠ってから、何日経ってる?」

「う〜ん、大体2週間ってところかな?」

「そっか。だとすると……あっちの時間で3日くらいか。随分、かかっちまったな。早く帰らないと」

「帰る? やっぱり、ルシエルちゃんのところに……帰るの?」

「ルシエル……ちゃん?」

「お前の試練中、心配そうに2回位、こっちに来ていたよ」

「は……? あいつ……こんな所にまで、来たのか?」

「うん。真っ黒いドラゴン従えて、乗り込んで来た」


 しばらくしたら帰ると、書き置きしておいたのに。そんなに俺の帰りが待てなかったのか? しかも、ゲルニカまで巻き込んで……あいつは一体、何をやっているんだ。


「そっか。ツレが随分と迷惑をかけたみたいで、すまなかったな」

「ツレ、か。……記憶を取り戻したら天使が憎いとか、神様なんて糞食らえとか、言うのかと思ってたんだけど。やっぱり、あの子はお前にとって特別なんだね。まぁ……なら、仕方ないか」

「ルシエルが俺にとって特別とか、分かり切った事を改めて言わせんな。大体、あいつはあいつだ。俺が恨んでいる天使は別の奴だよ」

「おぉ、言うね〜。そうそう。あの子からの伝言も預かっているけど。その様子だと、伝えなくても大丈夫そうかな?」

「伝言?」

「うん。もしかしたらお前が死んじゃうかもしれないし、記憶への折り合いのつけ方によっては……君の所には帰らないかも、ってお話ししたら。……いやさ、もう。本当に泣き出しそうな顔で伝言をお願いします、って言うもんだから。……でも、お前はあの子の元に帰る気なんだろう? だったら、必要ない内容だと思うんだけど」


 泣き出しそうな顔……? あいつが? 俺のために……?


「……一応、聞いてもいいか? その伝言」

「あ、気になる? 気になる?」

「うん。ものすごく、気になる」

「そう? じゃ、伝えるね。“もしお前が私を少しでも思い出してくれるなら、私のところに帰って来てくれるなら、その時は私を好きにして構わない。もし、帰ってきてくれないのなら、今更遅いかもしれないけど、これだけは覚えていてほしい。私も……”」


 ……伝言にしては随分と長いな、オイ。あいつは何で、そんなに焦っていたんだか……。


「う〜ん。この先はやっぱり、会って直接聞いた方がロマンチックかな? とにかく、好きにしていいって言ってるんだし、帰ったら……うんと楽しむといいんじゃない?」


 しかし、最後の肝心な部分をはぐらかすベルゼブブ。ルシエルは伝言を預ける相手を、間違えた気がするな。


「……全く。あいつは変な誤解をするところと、心配性は相変わらずだな。俺が付いていてやらないと、ダメか?」

「そう……かもね。それじゃ、最後に僕から試練達成の贈り物をしようかな」

「贈り物?」

「お前の記憶のカケラ、ちょっと預かっていい?」

「……あ、あぁ?」


 そう言われて、何の疑いもなく聖書をベルゼブブに手渡す。ベルゼブブはそんな聖書の最後のページに挟まれていたリボンをそっとつまみ出すと、何やら呪文を唱えた後に魔力を込め始めた。そうして彼の手元から赤い光が溢れたかと思うと……リボンが他のものに作り替えられたらしい。再度開かれたベルゼブブの手のひらには、真紅の指輪が2つ、転がっている。


「はい、これ。お前の分とルシエルちゃんの分。互いの魔力とシンクロ率を上げるお守りだから、ペアで身に付けること。それと……知ってる? 人間は結婚すると、お揃いの指輪を嵌めるんだって〜。折角だし……押し倒したついでに、プロポーズもしちゃえばいいんじゃない?」


 軽々しくプロポーズとか……何を言ってるんだ、この大悪魔は。


「えっと……なぁ、悪魔的には天使と結婚とか、アリな訳? 大体、魔界って結婚とかって概念あったっけ?」

「別に、細かいことはいいんでない? どうせ、夫婦を名乗ってみたところで天使とは子供を作れるわけでもなし。悪魔側としては欲望に忠実なのは悪いことじゃないし、むしろ無駄に偉そうな天使を組み敷くなんて……それこそ、最高に気分がいいと思うけど」

「そういうもん……なのか?」


 結婚することがイコール、子作りではないと俺は思うんだが……。

 とは言え、悪魔の恋愛に対する感覚は正直なところ、その辺りもセットと言うか。いや、どちらかと言うとそっちがメインという部分が強いし……この一際不真面目な大悪魔に、感覚の違いを説いたところで仕方ない。

 悪魔にとって「欲望に忠実であれ」が美徳である以上、浮気も日常茶飯事。しかも、それはされる方が悪いとまで言われる始末だし……結婚の中身自体が綺麗に吹き飛んでいる魔界では、その辺の感覚は冗談抜きでズレているんだろう。

 ……悪魔が想像する夫婦という関係は、ゲルニカの言う「共同体」には程遠いのかもしれないなぁ……。

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