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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
600/1100

14−23 1人足りない

「……お嬢様、どうしました?」

「う、ウゥン……何でもない」


 洋服選びの後も続く、楽しいはずのひと時。歴史の本を探すルシエルと、興味本位で付いてきたマモンご夫婦もご一緒に、今度はいつもの本屋で「薔薇の乙女シリーズ」をハンナと選んでいたのだが。新しいお洋服に身を包んで、ご機嫌も最高潮だったはずのエルノアの顔が俄かに曇る。そんな彼女の様子に目ざとく気づいては、ハンナが声をかけるものの……エルノアは何かを隠すように、曇り顔の理由を話そうとはしなかった。


「ねぇ、ハンナ。ちょっと私、外に出てくるね」

「えっ? お嬢様、どうしたのですか? 何か、気になる事でも?」

「そういうわけじゃないんだけど……確かめたい事があるの」

「でしたら、私もご一緒しますよ。それでなくても、ハーヴェン様からもお買い物の時は1人になってはダメだと、言われていますし」


 大丈夫なのッ……と、何か強い意志を宿したような金色の瞳を見開いては、エルノアは尚も1人で出かけてくると言い張って、聞かない。しかし、ハンナはそれが「危険な状態」であることも十分に承知している。どうにかしてエルノアの単独行動を思い留まらせようと、言葉を尽くすが……平素からワガママになりがちなエルノアは、こういう時は本当に頑固だ。最後にはいよいよ、ハンナにさえも不機嫌な様子を見せると……彼女の制止を振り切って、階段を勢いよく降りていった。


「……お嬢様、どうしたのかしら?」

「姫様、どうしやした?」

「うん……。お嬢様、外に出ると聞かなくて。大丈夫かしら……?」

「大丈夫じゃないですか? 場合によっちゃ、マスターにかかれば居場所は特定できるでしょうし」

「……あい? でも確か、お嬢様は全幅契約持ちじゃなかったでヤンしょ? それでも、マスターの方で場所……分かるんでしたっけ?」

「「あっ……」」


 意外と抜け目のないらしいコンタローの指摘に、ついぞ固まるケット・シーの2人。それもそのはず、コンタローの指摘は間違いなく、正しい。

 契約主が魔力の移動経路を追えるのは、全幅契約か強制契約をしている場合のみだ。対等契約の精霊の足跡を逐一辿る事は、いくら大天使とは言え不可能なこと。その前提条件がない以上、エルノアを1人きりにするのが非常に危険だという事実にようよう気づいては……血の気が引いたように、青くなるハンナ。


「と、とにかく、マスターに言わないと!」

「あい!」

「それにしても、お嬢様はどうしちゃったんでしょうねぇ? ここだけじゃなくて、雑貨屋とカフェも、とても楽しみにしていたはずなのに……」


***

「あ〜、そんなに畏まらなくていいから……。俺、そんなに威圧的に見える?」

「い、いいえ……」


 例によって、本屋の店主(元は精霊王・オベロンだったらしい)がマモンの素性を見破っては、先回りの懸念で気の毒になるくらいに緊張して、怯えている。そんな彼を必要以上に怖がらせまいと、マモンも柔らかく対応しているが。……なんだろうな。ベルゼブブといい、マモンといい。行く先々で穏便に事を済ませようと、一生懸命に神経を砕いてくるところを見ても……上に立つ者には、それなりの品格が備わっているものなのだろう。


(マモンはマモンで、随分と腰当たりが柔らかいような。この辺はやっぱり……)


 私の隣でニコニコしているリッテルの影響なんだろうか。

 少し前の魔界では手の付けられない荒くれ者として、今の魔界では押しも押されぬ最強の真祖として。マモン程の大物であれば、どんな相手であろうとも、上からの物言いが許される立場でもあるだろうに。あまりに悪魔には似つかわしくない穏やかな対応に、先ほどまで同行していたかの天使長様とはえらい差だと、思わず嘆息してしまう。


「……ところで、リッテル。グリード様って、どうしてあんなにも植物に興味があるのか……聞いた事ある?」

「確か、刀の手入れに必要だからと言っていた気がします」

「はい?」


 残念ながら、霊樹に関する本の取り扱いはなかったものの。目の前の相手がかつての大精霊ともなれば、話を聞きたいとマモンが前のめりになるのも、無理はないのかも知れない。しかし、彼の熱心さが妙に引っかかっては……リッテルに事と次第を聞いてみたのだが。彼女の話によると、彼の所持する刀にはそれぞれ手入れに使う油に細かい好みがあり、真祖様はその調達に常々苦労しているそうな。


「……それで、実はミルナエトロラベンダー以外の植物も育てては、みんなのために油を絞っているみたいです。現に、主人が腰に下げている風切りちゃんは、レイジンツバキから作られる髪油が好きで、レイジンツバキはグリムリース産の珍しい落とし子なのだとか。なんでも、あのクロナデシコの派生種なのだそうですよ」

「そうだったんだ……」


 なるほど。それでマモンは霊樹の落とし子にも詳しかったのか。いつかの時に、シルヴィアの髪飾りに付着したクロナデシコをアッサリと見破ったと聞き及んでいたが。彼の鮮やかな目利きは、落とし子を含むコレクションの育成ノウハウがあってこそだったんだ。


「マスター! 大変ですッ!」

「どうしたの、ハンナ。そんなに慌てて……」


 私がようやく打ち解けて、楽しそうに話し始めたマモンと店主の様子を見守っていると。青い瞳を張り裂けんばかりに見開いて、これは一大事とばかりにハンナがやってくる。そんな姫様の後から、困った様子でコンタローとダウジャもやってくるが。……その顔ぶれに1人足りないことにも気付くと、ハンナの焦燥の原因を理解する。……エルノアはどこに行ったのだろう?


「……ハンナ、エルノアはどうしたの? あの子に何か、あったのかな」

「す、すみません……。マスターは気付かれませんでした? お嬢様が出ていかれたのを……」

「いいや、見かけていない気がするけれど……」


 私としたことが、目の前の平和な光景に気を取られて……エルノアが出て行ったのに、気付けなかったか?


「……あ? どうした?」

「えぇと、どうやら、エルノアが勝手に外に出て行ったようでして……」

「あぁ。確かに、ついさっき慌てて出て行ったみたいだけど……。もしかして、それ……見逃したの、マズかったか?」


 気付いていたのだったら、言ってくれてもいいじゃないですか! どう考えてもマズいでしょう、それは!


「表向きは平和に見えるけど、街の中は意外と危険な場所が多いの……。もぅ。どうしてあなたったら、エルノアちゃんが出て行ったのを、言ってくれないの?」

「どうしてって、言われてもなー……。俺にしちゃ、こっちで危険な場所とか言われても、ピンと来ないし。マルディーンさんとの話の方が興味あったし……」


 それはそうでしょうとも。最強の悪魔にしてみれば、人間界での危険がどんなものか想像もできないのは、普通だろう。しかし、それは大抵の荒事は力尽くで解決できる真祖だから許される怠慢であり、瘴気さえも物ともしない悪魔だからこその特権である。その渦中に迷い込んだのがエルノアともなれば、話は別だ。


「……すみません、グリード様にリッテル。私はエルノアを探してきます。ですから……」

「えぇ、お任せください。ルシエル様がご所望の本は私の方で見繕っておきます。それと、グリちゃん」

「は、はい……?」

「本のお代金はあなたが持ってね。エルノアちゃんの事を報告しなかった、お仕置きです!」

「……それ、俺がお仕置きされないといけない事なのか? まぁ、代金を出すくらいは別にいいけど……」


 別に代金は後で支払うつもりだったんだけどな。リッテルの一方的な宣言に渋々と言った感じのマモンに、申し訳ない気分になりつつ……私の方はモフモフズを連れて、外に飛び出す。


「……コンタロー、エルノアの匂いを追えるかな」

「もちろんでヤンす! 任せるですよ!」


 人間界の街中で魔法は使えないし、エルノアとの契約が対等契約である以上、彼女の行動を把握できる範囲は限られている。街中でうろついているだけなら、コンタローの鼻で何とかなるだろうが……万が一、長距離の移動をされた場合は完全にアウトだ。


(しかし、エルノアはどうして外に飛び出したりしたのだろう……。何か、重要な事に気付いたのか……?)


 この後も、雑貨屋とカフェの楽しい時間が待っていると言うのに。それさえも投げ出して飛び出すとなると……余程の何かに気づいたのだろう。どうもエルノアの感情を読み取る能力は起伏が激しく、安定していないように思えてならないが……そんな事を考えるのも、後だ。

 そうして他のことは一切合切、後回しとばかりに一生懸命フンフンと鼻を鳴らしてエルノアを追跡し始めたコンタローの導きを頼っては……気が付けば、その場の全員が走り出していた。

【作者より】


気がついたら600話……。

しかも、文字数もとんでもない分量になっている事に、今更気づいた間抜けは私です。

相変わらず展開が遅くて、申し訳ない限りですが。作者の自己満足がフルオープン状態なので、諦めてくださいませ。

出来る限り、背景や因果関係なども書きたいとか不毛な事を考えているので、展開速度はこのままだと思われます。

「誰得?」と言われてしまいそうですが……完結とハッピーエンドだけは保証致しますので、今しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今後とも、よろしくお願いいたします。

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