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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
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14−22 最悪な顔合わせ

 ルルシアナの方々と商談したついでに、いつものお店にお邪魔しまーす……してみたまでは、よかったものの。気軽に潜ったドアの向こうに広がるのは、いつもとは程遠い妙な光景だった。


「ルシ姉はどんなお洋服が好きなの?」

「そうだな……作りはともかくやはり、色味は白や緑だと落ち着くな」


 ルシ姉って、誰でしょうか? ここ、いつものブティック……だよな⁇


「そうなんだ〜。あ、でもね。ルシ姉は赤も似合うと思うの!」

「そ、そうか? ……ふむ。確かに、たまには鮮やかな色もいいかもしれんな……」


 あのルシファーが、しっかりとエルノアちゃんに馴染んでやがる……。

 商売帰り際に嫁さんに洋服をねだられたものだから、センスのいいマダムにお願いしようと思ってたのだけど。居合わせているのが、見たことのある顔しかないものだから……どこからどう、理解していいのか分からない。


(ど、どうしてベルゼブブとルシファーに……エルノアちゃんまでいるんだ?)


 これ、何の冗談⁇ よくよく見れば、店の奥にはルシエルちゃんにハーヴェンの所のちびっ子達もいるみたいだ。だとすると……これは、何か? こいつらもまとめて、この店のお世話になっているのか⁇


(ここは、気付かれないうちに退散した方が……)

「あっ! グリードのお兄ちゃんに、リッテルさん!」

「う、うん……。お邪魔、しまーす……(ウゲェッ! もうバレたし!)」

「まぁ、奇遇ですね! エルノアちゃんもお買い物?」

「うんっ!」


 ナニ、この最悪な顔合わせ。もちろん、仲がいいのは悪いことじゃないよ? だけど、ね。お願いだから……。


(そこで競うようにファッションショー、始めないでくれないかな……)

「まぁまぁ! いつもながら、リッテル様は何をお召しになってもお似合いですね。それに……ホホホ。お嬢様も可愛らしいですこと。その白のワンピース、お気に召しました?」

「うん! これね、いつかのリッテルさんみたいで可愛いから、とっても気に入ったの!」

「もぅ、エルノアちゃんったら。お上手なんだから」

(子供の褒め言葉を本気にするなよ。それに……まだ洋服を増やす気なのか?)


 最近は嫁さんの衣装が目に見えて増え始めたので、仕方なしに、もう1つクローゼットを増設したんだけど。そんな物を置いてしまったせいか、彼女の物欲はますますノンストップのご様子。俺も裸足で逃げ出したいレベルで、欲張りになっちゃったものだから……すみません、俺の強欲の真祖としての存在意義が揺らいでいます。俺の立場、かなり危ういです。お願いですから、これ以上は暴走しないで下さいませんでしょうか……?


「えっと、リッテル。俺は邪魔みたいだし、ちょっと外で待って……」

「おやおや〜? グリちゃんじゃないのー。おっ久〜!」

「あ……うん。お久しぶり……」


 なーにが、おっ久〜……だよ、このクソッタレのハエ男。あっちでは毎日のように、合わせたくもない顔を合わせているだろうが。お前が変なタイミングで話を振ってきたせいで、見事に逃げそびれたじゃん! しかし、それはそれとして。ベルゼブブの格好は何の冗談だろう……?


「ベル……あ、いや。グラトゥニーはその格好、どうしたんだ? えっと……もしかして、頭でも打ったのか?」

「グリちゃん、いきなり酷〜い! 僕は今日から! お嫁さんのために! 生まれ変わることになったの!」

「そ、そうか……」


 ルシファーのために、ねぇ……。

 マジマジと見れば見るほど、ベルゼブブは至ってまともな格好をしているが。いつもの破壊力抜群の姿を見慣れてしまっているせいか、これはこれで却って落ち着かない。


「あ、あなた。あの、ね。その……」

「あ?」


 俺が1人でゾワゾワと萎縮しているのを、知ってか知らずか。ファッションショーを一頻り楽しんだらしいリッテルが、俺の顔色を窺うように話しかけてくる。そんな嫁さんの手には、黒レースのワンピースと、柔らかそうなピンクのドレス。どっちも彼女にはバッチリ似合うだろうが、これはおねだりってヤツだろうなー……。


「ハイハイ、分かってますよ。そのワンピース、両方気に入ったんだろ? 俺的には黒っぽいのが好みだが、2着とも買っていいぞ。ただし! しばらく服を増やすのは、禁止。お前の衣装で、どれだけ場所を取っていると思っているんだ? そろそろ、ちゃんと容量ってものを考えろよ。容量ってものを」

「そ、そうね……。でも……ふふ。あなたはこういう雰囲気の方が好きなのね?」

「……ここで俺の好みを掘り下げる必要性は、全くないんだが」


 悪戯っぽい表情を見せるついでに、獲物を狙う顔つきになる嫁さん。この表情は……うん、間違いない。俺の方が今夜、襲われるパターンだ。ちょっと覚悟しておこう。そんな事に今からゲンナリ(ほんのりワクワク)しつつも、この顔ぶれの中で1番話が通じると思われるルシエルちゃんに、事と次第を確認する。

 すみませーん。ここ……人間界で合ってます?


「あ、あのさ、ルシエルちゃん……これ、どういう状況?」

「あぁ、お久しぶりです、グリード様。えぇとですね……今日はグラトゥニー様の衣装を探しにきたついでに、カクカクしかじか、マルマルくまぐま……」


 きちんと人間界仕様の名前で呼んでくれつつ、ルシエルちゃんが非常に安定感のある状況説明をして下さる。それによると……どうやら、今日のメインはあちら側でキャピキャピしている天使様や竜族のおチビさんではなく、ベルゼブブの改造計画が発端らしい。あぁ、なるほど。それで、ベルゼブブも珍しく落ち着いた格好をしていたのか。しかも……。


「へぇ。本屋と雑貨屋かぁ……。雑貨はともかく、本屋は興味があるかも」

「そうなのですね。私自身は歴史の勉強をし直さなければならないので、こうして出てきたのですけど……グリード様はどんな本に興味がおありで?」

「そうだな〜。やっぱり、植物学の本かなぁ。つっても、俺が読みたいのは霊樹関連の本だけど。だから、この場合はこっちで探すより、ダンタリオンに教えてもらった方がいいんだろうけど……」


 なんだけど、なー……。あいつに教えて頂戴とお願いすれば、教えてはくれるだろうが……無駄な上から目線でムカつく羽目になるのが、目に見えている。ダンタリオンは何かと教えたがりな上に、元々教授だったせいもあって、論述や発表が得意らしい。だけど、お話が妙に周りクドイ上に、興奮し出すとオープン(自己陶酔)モードに入ってくれちゃうもんだから、こちらの知識量に歩み寄る配慮はない。だから、少しでもややこしい話を吹っかける場合は、それなりに神経を削られる覚悟が必要だ。


「グリード様にも、知らないことがあるんですねぇ……」

「あい……グリード様はなんでも知っていると、思ってたでヤンす」

「お前ら、俺を何だと思ってるんだ。学者でもなければ、賢者でもないぞ。んな、ちょっと長生きだからって、何でもかんでも知ってる訳ねーだろうが」

「そうなんでヤンすね……まぁ、おいら達は基本的に引きこもりでヤンすからね。だから……アフフフ。グリード様もおいらと一緒でヤンす!」


 これは……あれか? 引きこもりって、悪魔は魔界から滅多に出てこない的な意味で言っているのか?

 情けない見た目の割に、意外と図々しくも鋭い事を言い始めては……変な笑い声と一緒に悦に入りだす、コンタロー。……何だ、その笑い方は。ハーヴェンはこれ、気にならないんだろうか?


「何だか、違う気がするが……。この場合は、それでもいいか……」

「ほらほら、コンタローにダウジャも。こんな所でグリード様を困らせないの。折角来たのだから、2人もマフラーでも選んだら?」

「それもそうですね。マスターも選ぶんですか? 何色にするんです?」

「う〜ん、どうしようかな。私は特に必要がない気がするけど……あっ、でも。それこそハーヴェンとお揃いにしようかな……。だとすると……やっぱり、青とか紺色がいいかな……」

「あい。お頭、きっと喜ぶでヤンす」


 横で話を聞いてくれていたルシエルちゃんがしっかりと気を回して、ウコバクと黒猫にもマフラー選びを提案し始めるついでに、普段の様子からは想像もできない赤面でモジモジし始めた。……何ですか、その妙な乙女加減は。あのヨルムンガルドを「ド腐れ龍神」と罵りながら、成敗した大天使様と同一人物には、とても思えないんですけど。

 有り難くも、複雑な気分にさせられる配慮を頂きつつ……曲者人口密度が超高めの濃厚な空間から逃げ出そうと、ひっそりとその場を離れる。何だか、それぞれの変な一面を見せつけられた気がするが。余計な豆知識を得た所で、何の役にも立たないし……このままご一緒してたら、色んな意味で逆上せちまいそうだ。ここはひとまずクールダウンがてら、外で待機するに限る。

 あぁ、それにしても。こういう時こそ、ホーテンさんみたいに葉巻でも蒸せば、大人っぽく見えるんだろうか。今度、挑戦してみようかな……。

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