14−19 大船に乗った気でいてくださいッ
「……リッテル。そう言や、昨日の衣装のことだけど」
「あら? どうしたの? 何かご不満でも、あるのかしら?」
呼ばれて飛び出したは、いいものの。仮面はともかく、動きづらい衣装で登場する羽目になったもんだから、商い道中、悔しさも絶頂とリッテルにぶつけてみれば。さも当然といった空気で、非常に強気なお答えを返しちゃってくれる嫁さん。……すみません、契約は罰ゲームじゃありません。そこんとこ、分かってる?
「こっちは不満タラタラ、大アリだ、こん畜生! 呼びかけに応じるのはいいとして、なんだよ、衣装オプションって! まさか、毎回あんな格好で呼び出されないといけないのか、俺は⁉︎」
「もぅ! 登場してもらうのなら、素敵な方がいいに決まっているじゃない! そんな事でいちいち、文句言わないの! 旦那様を格好よくプロデュースするのも、嫁のお役目ですッ!」
「お役目って。俺は着せ替え人形じゃないんですけど……?」
これ以上のお願いは無駄らしい。リッテルは「真祖のお仕事(仮面込み)」の意味を取り違えている気がするが……。妙に誇らしげな彼女曰く、自分の精霊にベストな姿で頑張ってもらうのは、天使のお仕事の一環なのだそうで。だが、そのベストな姿の判断基準が向こう持ちである以上、俺にとっては完全に理不尽な追加条件でしかない。……ここに来て、そんな事も諦めないといけないのか。
「……って、話しているうちに着いたな。ここがジャーノンさん宅か……」
「そうみたいですね。まぁ、なんて立派なお屋敷なんでしょう?」
約束通り、商材を一通り揃えてノコノコとやってきてみれば。目の前には、それはそれは立派なお屋敷が聳えていた。確か……ジャーノンは商会会長の補佐をしていて、そんでもって護衛も兼任している、だったな。だとすれば、護衛対象はそれなりに荒事に巻き込まれる立場にあるんだろうな。それに、オトメキンモクセイを扱っている時点で、擦った揉んだの1つや2つ、あってもおかしくない。
「御免くださーい。どなたかいませんか〜?」
前庭を突っ切り、ドアにぶら下がっているノッカーをカンカンと鳴らしてみれば。すかさずメイドらしき女の子が出迎えてくれる。彼女の申し合わせたような様子を見るに……ジャーノンも抜かりなく俺の訪問について、周知してくれていたらしい。それとはなしに、名前と用件を伝えてみれば心得ておりますと、すんなりとメイドさんが屋敷内に案内してくれた。
「すぐにご隠居様とジャーノン様を呼んで参りますので、お時間を頂戴できませんでしょうか?」
「はいはーい。ここで、待たせて頂きまーす」
お茶もご用意します……なんて、終始丁寧な調子でメイドさんが応じてくれるけど。俺としては、こういう雰囲気はちょっと苦手だったりする。別に居心地が悪いわけじゃないんだけど、妙にムズムズするというか。
「あなた、大丈夫? もしかして、緊張しているの?」
「別に、そういう訳じゃないんだけど。ただ漠然と落ち着かなくて、だな」
大体、部屋が広すぎんだよ、部屋が。俺は無駄にだだっ広いのは、嫌いなんだよ。死角が多すぎて、落ち着きゃしない。
「うふふふ、大丈夫ですよ? 今日の商談、私もしっかりサポートしますから! 大船に乗った気でいてくださいッ」
「……緊張って、そっちじゃねーし。しかも……それ、どう考えても泥舟じゃね?」
「まぁっ!」
リッテルは変なところは世間知らずな上に、天使補正で色々とズレてるからな……。サポートどころか、トラップを発動してくれちゃう時もあるから、却ってタチが悪い。
「お待たせ致しました。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
情けなさ一杯で、俺が戦々恐々としていると。こちらさんはこちらさんで、緊張した面持ちのジャーノンがやってくる。
「はいよ、お邪魔してますよ。商談相手はお前さん1人か?」
「いいえ? ただ……ご隠居も相手が大物商人とあれば、流石に緊張しているようでして。葉巻を蒸してから行くと申していました。ですので、もう少しお待ちいただけないでしょうか」
「別に構わないぞ。それに……お前さんには、個別にチィっと話をせにゃならん事があるし」
「……そう、でしょうね。クレア。お茶をお出ししたら、下がっていいよ」
「かしこまりました。それでは……私は一旦、こちらで失礼いたします」
終始聞き分けもいい感じのクレアさんを下がらせるジャーノン。そうして俺達にソファを勧めながら、自身も向かい側に腰を下ろした。彼の疑るような顔を見るに……うん。やっぱり俺達の正体もバレているな、これは。
「単刀直入に聞きますが、お2人って……」
「あれだけ派手にドンパチやらかしたら、気づくよな。ハイハイ……包み隠さず、種明かしをしてしまいますと。俺は一応、真祖って呼ばれる最上位悪魔でな。魔界では、ちょっとした悪魔の元締めをやってますよ……っと。で、リッテルはそんな大物悪魔を尻に敷いては、コキ使ってる天使様なんだけど。でも、夫婦なのは間違いないぞ。お前らの概念とはかけ離れてるけど、普段は魔界で仲睦まじく暮らしていまーす」
「大物悪魔に、天使様のお嫁さん……ですか?」
「そうなのです! 因みに主人は悪魔さん達の中でも、とっても強いんですよ! 私、その強さに昨日も惚れ直しちゃいました!」
左様ですか。惚れ直していただけたようで、何よりですけど。でも……それ、例の衣装込みの判定なんだろうか?
「そ、そうだったのですね。だと、すると……」
「うん、まぁ。そういう訳で、俺が持ち込んでいる魔法道具は正真正銘魔界産の商材だ。あ、変な心配はしなくていいぞ。知り合ったのも何かのご縁だろうから、取引はしてやるし、悪魔的セオリーで生贄を寄越せなんて無茶を言うつもりもないから。で、代わりと言っては何だが。お前、この事をバラしたりしたら……どうなるか、分かってるよな?」
「フフフフ……! ジャーノンさん! 主人を裏切るような事をしたら、グリグリのお仕置きが待っていますからね!」
一通りの安心材料を並べた上で、最後に凄みを利かせて、ジャーノンを脅して縮み上がらせる。多分、今までの様子からしてもジャーノンは口も固そうだし、ここまで怖がらせる必要もないと思うが。念のため、真祖様の威厳を醸し出そうと俺が頑張っているのに……何故か、隣から嫁さんが余計な補足をしてくれるんですけど。
……あのぅ、あなたが用意した大船の材料はマッド的なもので間違いありませんか? もちろん、馬鹿げている方の意味で。
「グリグリのお仕置きですか? リッテル様」
「えぇ! うちの子達も恐怖に慄く、パパのお仕置きです! えっと、こうしてコメカミを……グリグリグリグリ〜!」
「リッテール! ストップ、ストップ! それ、折角の脅しが台無しだから! 大体、どうして俺がお前にグリグリされなきゃならん! コラ、やめろって!」
「あっ、言われればそうね……」
言われる前に気付けよ、このすっとぼけ天使が! 相手が可愛い嫁さんだから、許しちゃうけど⁉︎ これはサポートじゃなくて、立派な営・業・妨・害ッ!
「アッハハハハ。そうですか、グリード様のお仕置きとなれば、秘密は守らないといけませんね。それに……ハハ、お2人の姿を見て安心してしまいました。アーニャも自分は悪魔だなんて、言っていましたし。私には悪魔が邪悪だとか、恐ろしいだなんて概念はもうないんです。それにしても……天使と悪魔って、仲が悪い訳じゃないんですね」
「うーんと……ま、今のご時世はそういうこったな。というか……これで安心できるのか、お前さんは」
これは間違いなく、ジャーノンにも情けない真祖様認定された気がする。俺、どうすれば真祖らしい威厳を取り戻せるんだろう。主人は悪魔さん達の中でも、とっても強いんですよ……なんて、褒められてみても。とっても強いはずの真祖様がこのザマじゃ、説得力もゼロじゃん……。




