表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
584/1100

14−7 モーニングコールのご褒美

「フンフフフ〜ン♪」

「ハーヴェン、朝から妙にご機嫌だな……。何がそんなに嬉しいんだ?」

「だってさ。そりゃ、もう。可愛い嫁さんに優しく起こされて、朝ごはんをおねだりされたら、ご機嫌になるしかないだろ〜」


 そういうもの……なのか? どうしても朝のお茶と甘い物が欲しくて、旦那を強制的に起こしただけなんだが。しかしいくら私とて、身勝手な理由で乱暴な真似をするつもりもないだけで。だから、ちょっと優しくしてみた……だけなのだけど。


「嫁さんに起きて♡ ……なーんて、いじらしく肩を揺らされれば、飛び起きるしかないだろ〜。あぁ、俺。今まで一生懸命、おやつ作りに精を出してよかったなぁ……」


 ハーヴェンの上機嫌の理由があまりに寛大すぎて、こちらは情けないあまりにいよいよ涙が出そうだ。標準仕様のお嫁さんであれば、おそらく当たり前にできるはずの芸当ができただけで……ここまで感動されてしまうなんて。


「はい、これ」

「……これは? 何のおやつだ? さっき、パンケーキを食べたばっかりだぞ?」


 しかし、ハーヴェンは私の自責と憂慮をカラリと洗い流すように、何やらチョコレート菓子らしいものを袋に詰めて渡してくる。もちろん、チョコレートは嬉しいが……さっき、朝食を頂いたばかりなんだが? いくら絶妙に「食いしん坊キャラ」に転職しつつあるらしい私とて、そこまで無尽蔵に甘いものが入るわけではない。


「こいつはお仕事用のおやつです! 昨晩の話だと、向こうで歴史のお勉強するんだろ? だから、遠慮せずに持っていけよ。シュトーレンで使わなかったドライフルーツを、チョコがけにしてみただけだけど。頭の糖分補給にはバッチリだと思うぞ」

「お仕事用のおやつ……?」


 なんだ、その贅沢な響きは。確かに今までも「お持たせ」と称して、神界メンバーと一緒におやつを堪能したこともあったが。しかし、神界では魔力補給も存分にできてしまう以上、向こうでのおやつは贅沢もいいところの非日常でしかない。故に……仕事用のおやつというパワーワードは、私の辞書には存在していなかった。


「……ハーヴェン」

「うん?」

「……ありがとう。これがあれば……今まで以上に頑張れる気がする」

「おぉ、そうか? だったら……ふっふっふ。今度からモーニングコールのご褒美も用意しなきゃ、だな」

「う、うん……。そうしてくれると、嬉しい……かも。それじゃ、そろそろ……行ってきます」

「おぅ。行ってらっしゃい。今晩もバッチリ旨いもん用意して、お帰りを待っているからな〜」


 だから、頑張ってこいよ……なんて、言われれば。ちょっと照れ臭くても、ちゃんと優しく彼を起こして良かったと、しみじみ思ってしまう。そして……打算的過ぎる自分が、もの凄く格好悪く思えるが。それでも、格好悪いなりに、今は満ち足りているのだと割り切れば。ちょっとくらい、不格好でもいいではないか。


***

(神界の暦で言うと……ふむふむ、なるほど?)


 そう言えば、神界書庫には久しぶりに足を踏み入れた気がする。それこそ……ハミュエル様がいなくなって、翼を取り上げられたときに、がむしゃらに魔法を勉強していた時期以来か? しかし、それもハーヴェンに出会う寸前までは私のルーチンとして組み込まれていたのだから、そこまで期間が空いているわけでもない。

 そんな事を考えながら魔法書のコーナーを素通りし、史実書を保管している書架へと辿り着く。今の形で神界が誕生してから、約3000年。資料をなぞるように見つめれば……今更ながらに、私自身が神界のことをあまりに知らな過ぎたと反省してしまう。


マナ暦 0000(約3000年前) マナツリー生誕

マナ暦 0400(約2600年前) 始まりの天使生誕

マナ暦 0500(約2500年前) 霊樹の創生・芽吹き、各精霊誕生

マナ暦 1000(約2000年前) 魔界の次元転換

    1677(1323年前) ヴァンダート崩落

マナ暦 2000(約1000年前) 大天使4名の粛清、天使長殉職

マナ暦 2026(974年前) 転生部門 2代目大天使就任

マナ暦 2243(757年前) 排除部門 2代目大天使就任

    2257(743年前) 旧・カンバラ、クージェ間 戦争開戦

    2296(704年前) 旧・カンバラ、クージェ間 戦争終戦

マナ暦 2520(480年前) 調和部門・救済部門 2代目大天使就任

    2688(312年前) ユグドラシル焼失

マナ暦 2697(303年前) 調和部門 2代目大天使殉職

    2725(275年前) ローヴェルズ建国

マナ暦 3000(0年前) 調和部門 3代目大天使就任


 大まかな変遷をざっと書き出せば、こんなものか。そこに人間界の出来事も追記してみればそれとなく、ある程度の流れを把握することはできそうか。しかし、数字が細かくなる以前の時代は、明確な記録さえも取られていなかったのだろう。そして、2026の転生部門・大天使就任の事柄から詳細な補足が並ぶようになったのを見ても、マナ暦は当のミシェル様が編集したものに違いない。彼女は神界の記録なんかも管理していると、聞いていはいたが。……こんな部分にまでしっかりと手を回しているのだから、恐れ入る。


(しかし……人間界の史実は抜けている以上、詳細までは見えてこない……。誰に聞けばいいのだろう?)


 天使は人間界を傍観してきただけ。悪魔は天使が怖くて、人間界に積極的に出てこれなかった。出てきていたとしても、その場で抹殺されていたとなれば……人間界で何が起こっていたかを、具に知っている者はいないだろう。だとすると……。


「あぁ、ルシエル。こんな所にいたか。随分と探したぞ……。それにしてもお前程の者が今更、魔法の勉強か?」

「いいえ? 少々気になることがありまして、こうして書庫に足を運んでみたのですが。ところで……私に何かご用でしょうか?」

「う、うむ……その」


 綱渡りのターニングポイントを見つけようと、史書と睨めっこをしていると……私の背後にはいつの間にか、昨日はお目通り叶わなかった天使長様の姿がある。あからさまに紅潮している頬を見る限り、私を必死に探してくれていたようだ。あぁ、そう言えば。大天使用のデバイスを自室に置きっぱなしだったか。私としたことが、連絡手段を置き去りにするなんて。これでは緊急時の対応ができないではないか。


「申し訳ございません。連絡手段を持ち歩かずに、勝手に持ち場を離れていまして。それで……いかが致しましたか? 何か、お困りごとでも?」

「あぁ、実は……とある事で、非常に困っている」

「とある……事?」

「ルシエル、済まぬが……今日も若造を借りてもいいだろうか⁉︎」

「へっ?」


 若造……って、ハーヴェンの事か? 借りる、借りないも何も……ハーヴェンは今日も、ギノの様子を見るために自宅待機の予定だったはずだが。そのハーヴェンを借りたいとは、一体何事だろう?

 そんな事を思い倦ねながらも、目の前で手を合わせて「お願いします」ポーズを取っているルシフェル様にいつまでもそんな真似をさせる訳にもいかないので、事と次第を尋ねてみれば。彼女は本腰を入れて旦那様改造計画を敢行したいそうで。それで、急遽彼の洋服を買いに人間界に繰り出そう……という事らしいのだが。しかし、こんな状況で急いでしなければならないことなのだろうか? 他にするべきことが、山積みなのでは?


「ルシフェル様……それは今日じゃなくても良いのでは? それでなくとも、昨日の騒動の情報共有に、今後の対策についても話し合わなければなりませんし……」

「そ、それは……無論、私も重々理解はしている。だがな……ベルゼブブに情報収集の褒美をやると約束してしまった手前、反故にもできなんだ」

「……勢いで約束するから、いけないんですよ。一応、申し上げておきますが。ハーヴェンは今日もギノに付きっきりですから、買い物のエスコートはまず、無理でしょう。……そうですね。他のメンバーでも対応可能でしょうか。特にエルノアはお出かけも喜ぶでしょうし……コンタロー達がいれば、あの子のフォローも問題ないでしょうし」

「……それ、本当に大丈夫か? ベルゼブブに加え、エルノアまでいたら……ウコバクでは抑えが効かない気がするのだが」

「……あぁ、確かに。ベルゼブブとエルノアのコンビを押さえ込むとなると、コンタローには厳しいか……」


 別に買い物のご案内程度であれば、ハーヴェンでなくても十分に可能だろう。しかし、今回はあの暴食の真祖様もご一緒となれば……ハーヴェン抜きでは、制御諸々も考えるとかなり心細い。一方で、生憎と私は私で「歴史の勉強を頑張る」と宣言してしまったし……ん? ちょっと待て。一緒に同行して、本屋で歴史の本を調達すればいいのではなかろうか? 神界で調べようにも、人間界の情報は情けないまでに歯抜けの状態だ。だとすれば……人間界で直接、情報を調達するのも一考か?


「でしたら、今日は私がお供しましょう。丁度、本屋に用事がございますし……」

「ほ、本当か?」

「えぇ。ですので、そうですね……あちらの屋敷で待ち合わせにしましょう。ベルゼブブと一緒に、ご準備ができたらお越しください」


 なんだか妙な流れになったが。「功績を上げたものには褒美をやるのは当然のこと」……と、かつてカーヴェラに初めて買い物に行こうとなった時に、私も偉そうにハーヴェンに宣言したっけ。だとすれば、ベルゼブブにも褒美を用意するのは、こちら側の責務でもあるだろう。

 ちょっとばかり懐かしい事を思い起こしながら、「お仕事用のおやつ」はまたの機会に食べようと、こっそり決意する。神界で籠もっていても、情報収集には限界がある。だったらば……現地調査も有効な手段だと、定義するのも悪くない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ