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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第14章】後始末の醍醐味
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14−6 狂気じみた幸せ(5)

「主人に会わせてください! お願い……!」

「……今日もいらっしゃったのですか、アンナ様。いい加減、諦めたらどうなのです」


 そんな事を言われた程度で諦められるのなら、連日、恥も外聞もかなぐり捨てて醜態を晒す必要もないだろう。

 ティーダが連れ去られてからというもの、私は毎日のように帝都の郊外にある「収容所」に足を運んでは、看守に彼との面会を懇願する日々を送っていた。彼は残された私の身の上自体は、従兄弟に託していたようなのだが……私が愛していたのはティーダであって、貴族の生活でも、家柄でもない。

 新しい当主には見向きもせず、「こんな場所」に足を運ぶ私が新しいグレゴール家当主から見限られるのにも、さして時間は掛からなかった。だけど……そんな事はどうでもいい。何せ、ティーダの処刑執行日は刻々と近づいていて。私はもう……その日まで生き延びられれば、他の事はどうでも良くなっていたのだから。


 そうしていよいよ、僅かなパンと水で飢えを凌ぐまでに落ちぶれた頃。振り出しに戻っただけだと言うのに、いつしか空腹は耐え難いものとなっていた。昔は空腹なのが当たり前だったはずなのに……と、自身に染み付いた贅沢さえも嘲笑っては振り払いつつ、今日こそはと一縷の望みをかけて収容所へ出向く。

 今日も会えないに違いない。でも、少しでも可能性があるのなら……と、諦め半分でいつもの様に懇願してみれば。その日はどういう訳か、アッサリと中に通してもらえた挙句に、丁重にティーダの所までご案内して下さるというではないか。もしかしたら、私の願いが通じたのかしらと、都合よくありもしない信仰心を引っ張り出して、ティーダに会いたい一心で収容所の長い廊下を進む。


「……さ、この先ですよ。どうぞ。看守長が最後の最後に、貴方様には面会していただいてもと、ご容赦くださいました。お時間の制限もありませんから……フフフ、お気の済むまでごゆっくり」

「えぇ、ありがとうございます。……看守長様にも、アンナがお礼を申しておりましたと、重々お伝えください」


 もちろんですよ……と、気さくな感じで私を案内してくれた看守に、お願いが叶った高揚感も手伝って心からのお礼を述べるが。今となっては、あまりに間抜けすぎる自分を怒鳴りつけてやりたい。看守長が最後の最後に、私に面通りさせたのには……多分、ただの意地悪だ。それでも当時の私には、ティーダに会うという選択肢を選ぶしかなかった。


「あなた、どこにいるの? それに……ここは一体?」


 この先です、と言われて踏み出した場所は収容所の「個室」にしては、ただただ広いだけの円形の空間。広間の中央では、鎖で繋がれた真っ赤な怪物が哮り狂いながら、向かってくる何かを手当たり次第に薙ぎ払っているのが目に入る。向かっていく何かも、化け物。だけど、それを屠っている方も紛れもなく、化け物。しかし……その化け物の中に間違いなく愛しい相手の面影を認めては、いよいよ、絶叫する。そう……中央で他の「無敵兵」を屠っている一際大きな赤い怪物こそが、ティーダその人だと……私が瞬時に気づけないはず、ないではないか。


「こ、これはどういうことなのですか⁉︎ あなた達は……主人に一体、何をしたのッ⁉︎」


 何やら、彼を観察しているらしい女性職員に詰め寄る。意外な程にアッサリと、彼女が淡々と語るところによると……ティーダには天使様達が納得する化け物になってもらわなければ困るから、最終調整の仕上げをしているのだ……と、乾き切った答えが返ってきた。


「そ、そんな……主人はそんな事のために、自分を犠牲にしてきたわけでは……」

「えぇ、存じてますよ。本当は女性だったのを誤魔化すため……延いてはグレゴール家を守るため、ですよね。大丈夫です。グレゴール家はきちんと残してくださると、帝王様もおっしゃっていますから。それさえ叶えば……彼、おっと。違いますね。彼女もきっと満足でしょう」

「……あなた、何も分かっていないのね」

「おや? そうですか?」

「えぇ。本当に……何も分かっていなさ過ぎて、反吐が出るわ」


 そうしてさも憎たらしいと、吐き捨ててやれば。目の前で冷たい笑みを浮かべる彼女の顔が、一瞬歪むのを……私は見逃さなかった。多分、この女は実験自体を楽しんでいる。きっと彼女こそが、実験の責任者でもあるのだろう。だからこそ……私が馬鹿にしたように分かっていないと否定したのが、面白くなかったのだ。


「……もちろん、始めはそうだったのでしょう。生まれた時から、自分を偽る事を強要されて、生きている実感さえ持てないまま、毎日を過ごして。だけど……彼は必死に自分を探して、生きようとしていたの。きっと、男の子になれたところで、報われないのも分かっていたわ。だけど、彼にだって、自分らしく幸せになる権利はあったはずなの……!」


 そこまで言葉を絞り出すと、私は居ても立っても居られず、中央の舞台で泣き叫ぶ彼の元に走り出していた。そう、あなたがあなたらしく幸せでありたいがために。私はあの日から……ずっとずっと、あなたの側に寄り添ってきたじゃない。だから、最後の最後にあなたがいなくなってしまう前に……!


「ティーダッ! 私よ、アンナ! お願い、もうやめて……!」

「グルルルル……ッ! フシュルルルアァァァッ‼︎」

「おっと、ドウドウ……ティーダ様、落ち着いて。その方は殺しちゃダメです。そう、良い子ですね。あぁ、やっぱり……ここまで適合性がある素材を手放すのは、勿体無いなぁ……」

「ティーダ? ティーダ、大丈夫? すぐに傷を……」


 何故か私ではなく、背後からゆっくりやってきた女の言う事を聞きながら……赤い肌に直接埋まっているような瞳で訝しげに私を見つめるティーダ。無機質な瞳に彼の気持ちを探り出そうにも、そこには感情らしい感情は見当たらない。それでも……彼の方はやや遅れて何かを思い出した様子で、「自分を取り戻すための仕草」をしながら首を傾げた。


「……無駄ですよ。ティーダ様は既に無敵兵として完成間近なのです。こんなに素晴らしいプロトタイプを天使共にくれてやるのは、非常に惜しいのですけど……こればかりは、仕方ありませんね。天使を前にしたら、どんな存在も大抵は屈するしかありません。それに……クージェは少々、派手にやり過ぎました。次は、もう少し大人しくするように言わないといけませんね?」

「あっ、そう……。正直、そんな事はどうでも良いわ。私はただ、主人に最後まで自分らしくいて欲しいだけ。ただ……それだけよ」

「へぇ、それはまた……とっても素敵で、どこまでも陳腐ですねぇ!」


 結局、何も分かろうとしないままの研究者の存在を金輪際、無視する事に決め込んで。こうなったら、とことん計画を邪魔してやると興奮し出した頭に、最高に滑稽な悪巧みが浮かぶ。そうして、気づけば……私は話を聞いてくれそうなティーダに、巻き添え込みの思いの丈をぶつけていた。


「ティーダ。あなたは……最後の最後まで、正気を取り戻すために自分を傷つけるのを、やめられなかったのね。こうなってから……どれだけ、頬を引っ掻いてしまったの。本当に、本当に馬鹿な人なんだから。だけど……だからって! 自分だけ傷ついていれば良いなんて、思い上がるのも、いい加減にしなさいよッ⁉︎」

「グル……グルル? ア……アン……ナ……なのかい? ……ゴメン……よ、ワタシは……」

「そう、まだ……あなたはそこにいるのね。だったら……最期くらいは、自分のままでいたいわよね?」

「ソウ、だね……さいごの最期にキミ会えて……本当に良かったよ……!」


 “だから、お願い。私が私であるために”


 声にならない、悲しい断末魔。その無音の訴えに、私は狂気じみた幸せに終止符を打とうと、足掻くように醒めていく冷静さを押し戻して……覚悟を決める。


「お、おい! ちょっと待て! お前、何をする気……」


 ティーダの確かな了承を受け取って、足元に転がっていた一振りの剣を手に取り……彼が化け物として、生涯を終える前に。終焉をこの手で、確かに、間違いなく……彼を狂った日常から解放するために……!

 そんな決意に応えるように、鎖をジャラリと鳴らしながらティーダは手を広げて、無防備に私の剣戟を迎え撃つ。心臓一突き……どう頑張っても致命傷にしかなり得ない、最悪の一手。そんな一撃を下した後。愛しい相手の血で自分の身さえも真っ赤に染めながら、全てをやり切りましたと……あまりにお粗末な達成感と一緒に、この世界の全てに唾を吐くように、人生最後の言い訳をしてみる。


「……見ての通り、無理心中ですけど? お生憎様。主人も私も……自分の散り際くらいは、自分で選ぶ事に決めました」


 だから……グッバイ、クソッタレの狂った日常共。こうなったら……とことん、自分らしく散ってやる。

 それはあまりに、ちっぽけな抵抗。それはあまりに……無様な感情論。それでも。私は自分の人生の意義を確かに見つけられたのだと思っては……満足げに自分の首を、手に残された剣で掻っ切った。

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