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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−44 懺悔のお時間には早いよん(+番外編「グリちゃんの気欝」)

 マイハニーの独り言はまだまだ続くみたい。口を挟むのも我慢しつつ、ベルゼブブはルシフェルの話に珍しく真剣に耳を傾けていた。しかしいつの間にか、話がズレにズレ始めて……どうやら、彼女は更に手酷いセルフ懺悔モードに入ってしまったらしい。そんな彼女を前にして、「記憶の温存」のカラクリを確認したいと、焦ったい気分にさせられる一方で、ベルゼブブは別方向の好機にもすぐに気づく。

 これは間違いなく、絶好のチャンス。傷心の彼女をビシッとジェントルに慰めれば、自分の胸に飛び込んできてくれるに違いない。「好感度ゲット」の材料提供をみすみす逃すのは、極めて勿体ないと……ベルゼブブはこっそりと悪知恵を働かせていた。


「私は神界のルールを認識していたのにも関わらず、ただ、妹達を形だけでも救いたいと……後先考えずに、リンカネートを行使したのだ。罪人でもあった彼女達に、私的な理由で転生の優遇を行ってしまった。それは紛れもなく人為的な過失であり、重大な規則違反に過ぎない……!」


 弱々しく、萎れて……小さく背を丸める彼女がとうとう、涙をこぼし始める。きっと今まで、後悔を吐き出す相手すら持てなかったのだろう。そんな弱り切ったルシフェルの様子に、ここぞとばかりにポイント稼ぎをしようと誠心誠意、慰めてみるベルゼブブ。半分打算、半分本音。含みをひた隠しながらも、グロテスクな黄色と茶色のマーブル模様のハンカチを取り出して、彼女の涙を優しく掬えば。差し出されたハンカチの悪趣味さえも、あっという間に乗り越えて。……ルシフェルがいよいよ、号泣し始めた。


「おぉ〜、よしよし……ハニーは頑張り屋さんだからねぇ。今はトコトン泣いて、スッキリしちゃって頂戴ッ」

「ぐすッ……! 私は本当に……愚かだった……! 自分の願望を優先させたばっかりに……!」

「もぅ……愚かなのは、何も君だけじゃないでしょうに。誰だって失敗はするし、後悔もするさ。いい? みーんなまとめて、この世界はお間抜けさんばっかりなの。完璧な奴なんて、誰1人いないよ。それに、君は後悔したくないから妹ちゃん達を助けたんだろ? だったら、昔やらかした事は自分が納得するためだったんだって……開き直っちゃいなよ。僕が思うに、まだ懺悔のお時間には早いよん」


 独り言だった呟きが、いつの間にか人生相談になっているけど。それも悪くないかと、ベルゼブブは嗚咽を堪えるのに必死なルシフェルの背を飽きずに摩り続ける。そうして、その掌が程よく温まる頃……ベルゼブブの軽口をズシリと腹に落とし込んで、ルシフェルがようやく顔を上げた。


「どう? どう? ちょっとは落ち着いたかな?」

「グズッ……あ、あぁ……すまない。何だろうな。思い切り泣いてみると……スッキリするものだな」


 差し出された悪趣味なハンカチでズビビッと、遠慮なく鼻をかめば。何かを吐き出したついでに、気分も晴れるらしい。緋色の瞳を更に充血させながらも、話の筋は見失っていなかったルシフェルが「記憶の温存」について呟き始める。それなのに、やっぱり変な方向にそっぽを向き始めたので……独り言スタイルは継続中なんだと、ベルゼブブは安心したようにやれやれと肩を竦めた。


「……記憶の温存の方法は疑いようもない不正であると同時に、神界の転生システムの詰めの甘さともいうべき、我らの怠慢だと言っていい。その詰めの甘さは……かつての共鳴魂への認識不足が、そもそもの原因だ」


 認識不足と、ルシフェルがさも情けないと呟くところによると。

 かつての神界の転生システムは、現代のそれに比較しても不備が多く、動作も不安定な部分が多かったそうだ。今でこそ、転生部隊の専門員複数名による共鳴魂の完全分離と補填アシスト、記憶消去の二重確認というプロセスを踏んでいるが……かつてのルシフェル達が神界で幅を利かせていた時代には、そんな業務形態は存在していなかった。


「かつての神界には、システム以外の部分でも色々と問題があってな……中級天使以下の要員には、必要な情報さえ与えられていなかった。故に、当時は共鳴魂として融和した魂同士の記憶が共有される事を知っているのは、上級天使クラス以上と天使長のみに限られていたはずなのだ。現代では共鳴魂の処理法自体は共有・確立されてはいるものの、つい最近までの神界には、和気藹々とした空気も存在していなくてな……」


 しかも、共鳴魂は発生自体がレアケース。故に、発生プロセスの解明にもそれなりに時間がかかったと……やや言い訳まじりを自覚しながら、言葉を続けるルシフェル。しかしそんな中で、レアケースであるはずの共鳴魂を意図的に発生させる方法があると、嘆息する。


「共鳴魂はそもそも、2つの魂が単純に結合する事象でもなくてな。……何かしらの理由で傷ついた魂同士が、不足分を埋めるために融合する現象なのだ。共鳴魂の重さは2人分だと誤解されることが多いが、実際は、傷ついた分だけ目減りはしているため、2人分にはなり得ない。しかし、当時の転生システムは魂の質量を0か1かしか認識できなくて……だからこそ、魂の重みも“およそ1人分”として誤認識されては、結果的に“小数点以下切り捨ての1人分”の魂として扱われ、輪廻の輪にそのまま戻されていた」


 冷徹でシステマティックな転生システムで消去されるのは、あくまでキッチリ1人分の記憶のみ。今でこそ、人為的なチェックが入るため記憶の消去も完璧に行われているが、かつての神界にシステムの欠陥を認められるような大天使は、唯の1人としていなかった。神界……延いては天使に欠陥など、あり得ない。そんな根拠も穴だらけのプライドが邁進した結果。全ての管理者権限がミシェルの手に委ねられるまで、システム更改・改良は放置されたままだったのだ。


「転生システムのボロ隠しについては、この際、どうでもいい。問題は共鳴魂の発生について、だな。共鳴魂として呼び合う魂には、完全な優劣が存在し……傷が浅い魂がより深く傷ついた魂を表層に取り込む形になってな。2つの魂が完全に対等な存在としてくっつく事はあまりない。……ここまで喋ると、転生そのものに不公平が目立って嫌気が差してしまうが。何れにしても、魂の傷つき方を意図的に調整できるのなら、記憶を残したい方の魂の傷を浅くすれば、“記憶の温存”も可能だろう」

「……なるへそ。だとすると……ここから先は悪魔の領分も含むだろうから、そろそろ口を挟んでもいい?」


 互いにいよいよ、不自然な独り言ゴッコも飽きた。茶々を入れる事を我慢していたベルゼブブが待ってましたとばかりに口を開けば、彼の提案にすんなりと同意するルシフェル。ここから先は彼の言う通り、「悪魔側の習性」も絡んでくるのだから、独白から対話に切り替える頃合いでもあるだろう。


「そうだな。その方法は……間違いなく、お前達側の“悪戯”だ。天使には、そんな芸当はハナからできん」

「だよねぇ。天使ちゃん達はそんな意地汚ったない事、しないよねぇ。だって、その方法って……悪魔が魂を啜ることでしょ? 魂に狙って傷をつけるなんて、僕にはその程度しか思いつかないよん」

「その通りだ。それは天使側だけでは決して、なし得ないはずの手法だった。そもそも肉体を離れた魂に名前はない。そんな中で都合よく共鳴魂の相方を探すなど、ウリエル1人ではできぬはずだった。


 しかし、傷ついた魂はそのままでは転生はできないため、傷が深ければ深いほど……質量を1人分以上に満たせるまで、輪廻の輪の中で停滞し続ける。今でこそ、魂の補填アシスト方法も確立してはいるが。当時はそんな現象は想定外でしかなく、傷ついた魂はそのまま放置され、成り行きに任せられていた。


「だから、この場合は……ウリエルの魂に予めかすり傷をつけておけば、共鳴魂の相方と“再会”するのも不可能ではないはずだ。先ほどの映像を見ていても、彼女にはそれを満たす要件が揃っていたと考えていいだろう。悪魔に滅ぼされたヴァンダートという舞台と、悪魔らしき存在の影。だから……」

「あのハインリヒとかいうのがウリエルちゃんを唆して、共鳴魂発生のお手伝いをした……と」


 なぜハインリヒと名乗った悪魔が共鳴魂の発生メカニズムを知っているのかは、依然として分からないが。それでも、彼もまた自分と同じ方法で知識を得る事ができていたのであれば、知識の密輸ルートを持っている可能性は高いとベルゼブブは考える。何せ……。


(彼はアケーディア……憂鬱の真祖。初めはなり損ないだったとしても、同じ境遇だったはずのバビロンを一方的にバカにできる程の力はあるという事……)


 誰かから存在を奪わなければ、存在を維持できないという性質は同じはずなのに……映像を見る限り、彼はしっかりとした姿を有していた。銀髪と誰かから継承したとしか思えない深い紫の瞳を持つ、ある意味で作り物のような中性的な姿。そして、紫の瞳が意味するところを逡巡しては……ひっそりとため息をつく。

 その色は間違いなく、最上位の真祖として生み出された意図の顕れ。出来損ないと言われながらも、最もその存在に近しかった原初の真祖であれば、ダークラビリンスを行使できる可能性もないとは言い切れないだろう。きっと彼もベルゼブブと同じように、都合の悪い相手の存在そのものを、その場凌ぎで取り込んできたに違いない。


「……どうした、ベルゼブブ。お前がそんなに真剣な顔をするなんて……まさか、食あたりか?」

「んなワケ、ないでしょッ! 僕は胃袋以外は繊細なのッ! それなりに考えちゃう事だって、あるんだから!」

「ふぅ〜ん……まぁ、お前のあってないような繊細さはどうでもいいか。兎にも角にも、色々と迷惑をかけたな。今回はお前のお陰でかなりの情報を得られたのも、事実だろう。だから……」

「あっ! もしかして、ご褒美くれちゃう感じ? ご褒美、もらえちゃう感じかな⁇」

「無論だ。だから手始めに……」

「手始めに……?」

「明日は早速、人間界に出かけるぞ! それでお前の悪趣味な服装を丸ごと、更新してやる!」

「……えっと。それ、ちっともご褒美にならないんだけど……?」


 先ほどまでの萎れ具合は、どこへやら。鮮やかに気分を立ち直らせたついでに、別方向にもやる気を漲らせているらしいルシフェル。人間界へのお出かけを宣言しながらも、事細かに「本日のファッションチェック」をしでかしては、全否定もいいところのダメ出しをバンバン浴びせ始めた。

 そんな彼女の剣幕に耐える事、数十分。結局、好感度を稼ぐには隠れ要素だけじゃなくて、目に見える要素も必要不可欠らしいと……ベルゼブブは触覚を忙しなく動かしては、疲れたようにため息をつくのだった。

【番外編「グリちゃんの気欝」】


「ウワァァァン! グリちゃぁぁぁん!」

「いきなりやって来て、何の用だよ。と言うか、グリちゃんはやめろ、グリちゃんは」


 嫁さんがクソガキ共を寝かしつけ終わるのを、今か今かと待っている夜更過ぎ。それなのに……ベルゼブブはどうして、俺の都合を完全に無視するんだろうな?


「……まぁ、いいや。で? 珍しく、腹でも下したか?」

「って、グリちゃんまで! んなワケ、ないでしょッ!」


 あぁ、そうだよな。ベルゼブブの胃袋の頑丈さは魔界最硬度を誇る、アダマンクロサイト以上だもんな。それはあり得ないか。


「じゃぁ……一体、何があったんだよ……」

「グスッ……ハニーが神界に帰っちゃったの……。今日こそは僕も、ハニーとムフフな事をしたかったのに」


 大騒ぎして、やって来たと思ったら。下らな過ぎる理由にいよいよ、俺も呆れるしかない。それ……俺に泣きつく事じゃねーだろ。


「お前、さ……そんな事でいちいち騒ぐんじゃねーし。そりゃ、嫁さんのご機嫌次第だろうよ。連れない時は我慢しとけ。にしても……そのハニーって誰だ? 俺はお相手、まだ知らないんだけど」

「ハニーの紹介、まだしてなかったっけ★ ……フフフ、聞いて驚いて頂戴! 僕のハニーは恐れ多くも、神界の天使長様なんだからー! どうどう? 欲張りなグリちゃんには、羨まし過ぎるんじゃない?」


 天使長って……まさか、あいつのことか? 悪魔の天敵としか言いようのない、あの元・傲慢の真祖様か⁉︎


「あぁ、そいつはお気の毒に……」

「……グリちゃん。それ、どーゆー意味?」

「別に? 他意も意味もない。あまり気にすんな」


 そうして俺が呆れているのも、意に介さず……迷惑にもベルゼブブが恋心も絶頂とばかりに、彼女のツンツン加減がいかに素晴らしいかを愚痴り始めた。ヤツの下らないお喋りも含めて、ただただ自分の境遇が遣る瀬ない。


 羨ましがるどころか、それ……俺にはペナルティでしかないんですけど。持てる全智全霊を傾けても、1ミリたりとも理解できません。


 本当に……本当にありがとうございました……。

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