13−41 小さいようで大きな悩み(+番外編「悪魔とヒム」)
「ただいま〜……」
今日も何だかんだで、帰りが遅くなってしまった。疲労感と一緒に、重たい体を引きずってリビングに辿り着けば。相変わらず、陽気な笑顔でハーヴェンが出迎えてくれる。しかも……。
「お帰りなさいでヤンす、姐さん」
「お帰りなさいませ、マスター」
「ど、どうしたの? コンタロー達まで。普段だったら、とっくに眠っている時間だろうに……」
「今夜は聖夜祭……って事で、俺達も夜更かしする事にしたんですよ。ま、お嬢様はいつも通りにおネムですけど」
ダウジャがあってないような肩を竦めながら呟くと、コンタローとハンナも嬉しそうに笑いを溢す。口ではそんな事を言いつつも……彼らは聖夜祭というイベントに託けて、私の帰りを待っていてくれたようだ。その健気な気遣いにホロリと来そうになりながら席に着くと、ハーヴェンがお待ちかねとばかりに夕食を運んできてくれる。
「はい、お疲れ様でした。今夜のメインはガチョウのロースト。サイドは3色テリーヌに、付け合わせはクラウトザラート。そんで、クリームシチューとブリオッシュはお代わりもあるから、ご遠慮なくどうぞ」
「い、いただきます……! あっ……このガチョウにかかっているのは、もしかして……」
「ふっふっふ……よくぞ気づいてくれました! 普通、ここはクランベリーソースなんだけど、今回は特別にレモンとアプリコットのソースにしてみたんだ。酸味がやや強めだが……意外と合うだろ?」
パリッとした皮の下から覗く、柔らかいガチョウ肉に特別仕様のソースを絡めれば。ジューシーな肉汁と一緒に広がる甘酸っぱい香りに、幸せすぎて頭がクラクラしそうだ。
「アフ……姐さん幸せそうでヤンす。やっぱり美味しい物を食べるのは、幸せでヤンす」
「それはそうだろ。旨いもので不幸になる奴なんか、いないだろ」
「そうかもしれないわね。そうね。美味しいものがみんなを幸せにするのは、間違いないわ」
私の食事風景にモフモフ達が嬉しそうに茶々を入れ始めるが。美味しいものがみんなを幸せにするのは、疑いようのない事実だろう。彼らのお喋りに、満ち足りた気分になる反面……化石女神に対してあんなに怒ったのは大人気なかったかなと、今更ながらに反省してしまう。最近、食べ物のことになると暴走気味なのは自覚しているし……今度から気をつけよう。
「さてさて。そろそろ、デザートの時間かな?」
「あぁ……! 今日のデサートは、どんなお菓子かな……」
密かにちょっとした反省を胸に抱きながら、食事を進めていると。タイミングを見計らってデザートを用意しにハーヴェンが厨房に引っ込む。そんな彼の再登場を今か今かとソワソワ待ちわびる私を、いつもの特別席からコンタローがどこか嬉しそうな表情でこちらを見つめていた。
「姐さんもデザート、気になるでヤンす?」
「そりゃ、もちろん気になるよ。私にとって、デザートを食べる事は頑張って良かったと、実感できる瞬間だもの」
「へぇ〜。普段はクールなマスターも虜にするなんて……やりますね、悪魔の旦那のお菓子は」
「ク、クール? 私が……?」
「ありゃ? マスターのツンツン加減は、クールキャラを狙ってたんじゃないんですかい?」
「……そんなつもりは全くないんだけど……」
ツンツン加減に、クールキャラ狙い……? まさかダウジャにまでそんな風に思われているなんて、思いもしなかった。……私はそんなにも冷たく見えるのか? 魔界でも、悪魔達に散々怯えられたし……まさか、見た目が原因なのか? そうなのか⁇
「ダウジャが変な事を言うから、マスターが困っているじゃない……。全く、覚えた言葉をすぐに使いたがるんだから……」
「あはは、すみません」
軽く謝られてもな。どの部分がどう、ツンツンしているのか具体的に教えて欲しいのだが。
小さいようで大きな悩みを、グルグルと考えていると……私の思考を一時停止させるかのように、ハーヴェンがお茶のお代わりと一緒にデザートを持ち帰ってくる。とにかく、今はデザートが先だ。細かいことは後で考えよう。
「は〜い、お待たせ。今夜のデザートはお待ちかね、シュトーレンの登場です。本当は長期間で少しずつ食べるもんなんだけど……」
「そうなのか?」
「こいつは本来、ドライフルーツが馴染むにつれて、変化する風味を楽しみながら食べるのが、お作法ってヤツなんだ。……とは言え、今年初めて作ったからなぁ。どんな感じになるか、自信もなかったし。肝心の変化は楽しめなかったな……」
まぁ、そんなことはいいか……なんて、差し出された焼き菓子は表面に粉砂糖の真っ白な雪化粧をしながらも、断面を覗けば、フルーツがゴロゴロと所狭しと寝そべっているのが、否応なく目に入る。その賑やかさに……思わず、私の喉が鳴った。
「あぁ、そうそう。ルシエルにはちゃんと、アプリコット多めのところを残しておいたぞ。お好みでサワークリームをたっぷり付けて召し上がれ」
「ほ、本当⁉︎ それじゃ早速、いただきます!」
私の好みを知り尽くしているらしい旦那から、そんな一言をいただきつつ……見た目とは裏腹に、しっとりとしたケーキを頬張れば。ナッツ類の香りに、ドライフルーツの酸味が遺憾無く調和されて……今度は幸福味に頭が痺れてきた。しかし、それにしても……。
「……ところで、ハーヴェン」
「お?」
「どうして、去年はこのケーキを作ってくれなかったんだ?」
「どうして……って。いや、だって。去年の今頃はお前、距離感があって俺が付け入る隙もなかったし……」
「ゔ……でも! 食事は美味しい、って……ちゃんと言ってたろ⁉︎」
「それ、俺が怒られなきゃいけないとこか? とてもじゃないが、一緒に聖夜祭でラブラブ〜って雰囲気じゃなかっただろ?」
「ラブラブが必須条件だったのか? デザートにはラブラブが必要なんだな⁉︎ ……はっ! もしかして、去年まで食事にデザートがなかったのは、ラブラブが足りなかったからなのか? ど、どうなんだ⁉︎」
もはや自分でも何を言っているのか、分からない。必死すぎるついでに、変な事を口走った後で……その場の全員が目を丸くして私を凝視している。大体……ラブラブって、何だ。ラブラブって。
「姐さんはよっぽど、お頭のおやつにラブラブなんでヤンすね……」
「え、えぇ……マスターがこんなに必死になるなんて。流石はハーヴェン様のお料理ですね……」
呆れた空気を醸し出しながら、コンタローとハンナが素直に驚いている横で、ダウジャがなんだか意地悪な顔をしている。そうして、彼は彼で妙な事を言い出した。
「なるほど〜。マスターは愛に飢えていたんですねぇ。だからラブラブが足りなくて、悪魔の旦那にデザート作ってもらえなかったんですね」
「あ、愛に……飢えていた?」
「もぅ! だから、小説のセリフを無駄に引用するのはやめないと! マスターを困らせちゃ、ダメでしょ⁉︎」
「でも、姫様。マスターのツンツン加減は愛が足りないからだと、思いません? これ……相手が悪魔の旦那じゃなかったら結構、厳しいと思いますよ?」
「また、そんな事を……! あっ、でも……。それは確かに、あるかも……?」
「あい?」
そこをハンナにまで肯定されてしまうと、私の立つ瀬がないのだが。確かに、私の理不尽はハーヴェンが相手だから許されている部分は大いにあるだろう。そこを否定するつもりは、もちろんない。しかし……それを改めて指摘されると、結構傷つくんだ。私でも。
「そうかそうか。お前達もそう思うか?」
「あ、やっぱり旦那もそうなんですね⁉︎」
「うん、まぁな〜。でも、ルシエルに愛を注ぐのは俺のお仕事であり、ご褒美なのだ! だから……そろそろ、モフモフちゃん達は明日に備えて寝る準備をしなさい。この先はラブラブ聖夜祭のお時間です!」
「おぉ〜!」
(ラブラブ聖夜祭……? 一体、何をする気だ……?)
妙なフレーズにちょっとムズムズしている私を置き去りにして、盛り上がり始める悪魔の旦那とモフモフ達。これは……満場一致の共通認識というやつか? この場の全員が私にはラブラブが足りなくて、愛に飢えていると認識したということか⁉︎
(げ、解せぬ……!)
結局、誤解も解けないまま。最後は納得したように、「おやすみなさい」と退散していくモフモフ達。彼らの視線に、温かな憐憫を感じては……なんだか、とっても切ないのだけど。
「……責任、取れよ?」
「もちろん、責任はちゃんと取るさ。これからも……ずっとデザートと愛をあげちゃう予定だから、そんな顔するなって」
「約束、だからな? ……絶対だぞ?」
愛……か。それをもらえれば、私はもっと愛想よくできるようになるのだろうか。だとすれば、まだ無愛想でツンツンしていると言われるからには……注がれた愛が足りないのだろうか?
そんな他人任せの情けない事を考えながら、愛が欲しいと、ハーヴェンにお願いしたのも俄かに思い出す。あの時は懇願にも近い状況でそんな事を言ったが……愛をもらうことに、対価は必要ないのだろうか?
【番外編「悪魔とヒム」】
「ところで、ハーヴェン」
「お?」
「その鼻歌……一体、何の歌なんだ?」
ラブラブ聖夜祭に向けて、意気揚々と夕食の後片付けをしていると。遠慮がちに俺の腰に抱きつきつつ、ルシエルが上目遣いでそんな事を聞いてくる。
それにしても……天使様はいつから、そんなに可愛らしい表情をされるようになったのでしょう。俺、既に色々と我慢できなくなりそう。
「あぁ、これか。うん……とな。一応、ヒム……つまりは賛美歌なんだけど」
「賛美歌?」
「おぅ。俺自身は育ちが教会だったもんだから、いつも流れているメロディが染みついちまっていてな。歌詞の意味はともかく、曲調は気に入っててさ。そんな訳で、歌詞抜きの鼻歌を鳴らしているんだな」
「……そっか。何だ……ラブソングじゃなかったんだな……」
「ラ、ラブソング⁇」
ラブ繋がりなのか、そんなことをおっしゃり出したルシエル様によると。どうも、お仲間のリッテル様は旦那様のラブソングらしき物をお聞きになっているのだとか。
(マモンが……ラブソング⁇ いや、何かの間違いじゃ……?)
内心でそんな事を思いながらも、こちらを見上げるブルーの視線が痛い気がする。あっ、これは要するに……俺にもラブソングを歌えというリクエストなのでしょうか。でしたら……ふっふっふ。仕方ないな〜、もぅ。
「君と一緒にぃ〜♫ いつま〜でも、どこま〜でもぉ〜、君の瞳にぃ……」
「おぉっ! ハーヴェン! それがラブソング? ラブソングなんだな⁉︎」
コンタロー顔負けでピョコピョコ跳ねながら、ルシエルが嬉しそうに顔を真っ赤にし始める。白状すれば、これは一時期魔界で流行したらしい口説き文句の早覚え歌なんだけど。歌詞からしてそれっぽいし、ルシエルがご満足なら……これはこれで問題ないか。




